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言葉にする覚悟を持つ人と責任を持つ人のリアルトーク【さとゆみさん×シャープさんトークイベント】

 ギリギリ間に合った終電で、私はハンドクリームを取り出した。
 シャープさんの手が、とても美しかったから。

 一昨日、ライター/エッセイストのさとゆみさんと、シャープTwitter(現X)公式アカウントの“中の人”であるシャープさんこと山本隆博さんのトークイベント「こんな時代に『本』を出すということ」に参加した。
 先輩ライターさんと会場に一番乗りしたので、「せっかくだから」と一番前の席に座った。

 おふたりが話し始めてすぐに目に留まったのが、シャープさんの美しい手だった。「あの言葉たちに似合う手だ」そう、思った。

 シャープさんのご著書『スマホ片手に、しんどい夜に。』を読んだときに、「選び抜かれた精鋭たちがいる」と感じた。予備知識がほとんどなく手にしていたこともあって、軽やかなコラムが並んでいるのだと勝手に想像していた。なのに、繊細で、するどい言葉たちがそこにはあって、少し戸惑ってしまった。

こわだりを感じた言葉に付箋を貼ったらフサフサに

誠実に問う覚悟

 トークイベントでシャープさんは、「世の中のツイートは8割が『しんどい』でできている」とおっしゃった。Twitter(現X)のフォロワー83万人+αの「しんどい」に寄り添い続けるって、あんな繊細な言葉を発する人が正気でいられるのだろうか、と心配になった。

 「自分は『しんどい』の波打ち際に立っている地蔵のようなもの」と微笑んだシャープさんの顔が、慈愛に満ちた、それでいてなんとも切なげなお地蔵さんの表情とかぶった。


 「『しんどい』をふくらませて、シャープさんはどこへ行きたいのですか?」さとゆみさんが訊ねたとき、体の奥がチクッとした。

 シャープさんがこれだけ多くの「しんどい」に共感し、寄り添い続けきたことへの尊敬の気持ち、そのことで救われた人が多くいるという事実は揺るがない。それでも、寄り添い続けることでその人の自助力が育つチャンスがなくなってしまう可能性もあるのではないか。

 私の解釈が入ってしまっているかもしれないけれど、さとゆみさんは一言ずつ言葉を選びながらもシャープさんに問いかけた。

 これを問えるのがさとゆみさんなんだ。私ならきっと「そこまで共感できるのはなぜですか」「言葉で人に寄り添うために大切にしていることはなんですか」などと訊ねただろう。
 「共感し続けることで失うもの」なんて視点を持って問うことなんてできなかっただろうし、もし持てたとしても、それを本人に問う覚悟が私にあっただろうか。

 問うて書くことを本気でしているからこそ、誠実に相手と向き合う。柔らかな空気を纏いながら、でも目は真剣勝負なさとゆみさんに、問う人の覚悟を感じた。

言葉への責任と表現と

 とても開かれた、そして悪意も向けられやすいTwitter(現X)という場所で10年以上発信を続けているシャープさん。
 言葉の持つ力を知っているから、会社の名前がついたアカウントを運営しているから、発する言葉の強さに敏感にもなるし、言葉への責任感が強くなるのかもしれない。だからこそ、「しんどい」に寄り添い続けてきたのではないだろうか。

 トークイベントの最後の方、「なんでも『しんどい』で回収してしまう」とシャープさんは少し困ったような表情で言った。それに対して、「『しんどい』で終わらせていると、表現することができなくなる」と、さとゆみさんはまっすぐに返していた。シャープさんはその言葉に深く頷きながらじっくりと味わい、受け取っているように私は感じた。

 これ、トークイベントなんて軽やかなもんじゃない。信頼し合った、書くことに嘘偽りなく生きたいおふたりの、リアルで生々しい対話だ。私が聞いちゃって、いいの?てか、世界に配信しちゃっていいの?途中から、なんだかソワソワして、無意味にカメラの位置を確認してしまった。

本を書くということ

 「少しの人に真剣に届けるのが本」と、さとゆみさんは言う。さとゆみさんの著書『本を出したい』には、真剣に、がどれほどのものかがたっぷりと書かれている。

 自分のなかをどんどん潜って、息苦しさにも耐えて、そこで掴めた気がする“何か”を言葉として人に届けようとする。この言葉だろうか?いや、違う。そんなことを10万字分も繰り返すなんて、正気の沙汰とは思えない。

 本を書くことをさとゆみさんは楽しいと言い、シャープさんは苦しいと言った。きっとそれはどこの瞬間の気持ちを切り取っているかの違いなのだろう。その狂った恍惚の世界を一度味わうと、その甘美は手放せなくなることをおふたりの表情が語っているように見えた。なんとも羨ましい表情をしていた。

 おふたりは次にどんな本を出してくれるのだろう。その日を心待ちにしながら、私も私で書き続けようと思う。

 ビールでもワインでもなく、やっぱりウィスキーがしっくりくる、そんな時間だった。5月28日までアーカイブ視聴が可能だそう。

ぜひ、さとゆみさんとシャープさんの言葉を、ちょっと湿度高めの空気感を、堪能してほしい。

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