見出し画像

DCF法について

今回はDCF法についてである。DCF法とは、割引キャッシュフロー法(Discounted Cash flow Method)のことで、企業価値評価の実務で頻繁に使われる手法である。DCF法は大学のコーポレートファイナンスの講義や、各種資格試験(証券アナリストや公認会計士等)でも、簡単な計算は問われることが多い。

一方で実際に投資銀行(IBDのM&Aチーム等)でどのような実務で計算されているのかは、外からはややブラックボックスであるという印象である。ここでは実務をイメージしながら、順序だてて書いていこうと思う


事業計画の入手・シナリオ作成

DCF法は将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くという手法であるので、まずは将来の財務数値を入手しないといけない。初期的な段階では一定の仮定を置いた数字でもいいが、それだと現実味のない誰でも計算できる数値になってしまう

実務では売り手側のアドバイザーから送付されるインフォメーションメモランダムや、VDR(バーチャルデータルーム:Virtual Data Room)にて入手できるSeller's financial modelや事業計画をベースにすることが多い。

事業計画は売手目線で作成しているので、強気・楽観的なケースが多い。そのため買手としては、事業計画にいかにストレスをかけていくかが重要になる。

シナリオはマネジメントケース(もしくはCIMに記載されている事業計画を採用したCIMケースとも)・Stress case (ダウンサイドケース)・シナジーケースの3パターンが作成されることが多い。
マネジメントケースは売り手から提示された事業計画をベースにすることが多く、シナジーケースは事業会社が買手であれば買収後のシナジーを見込んだケースである。

ダウンサイドケースは文字通りプロジェクションの数値にストレスをかけたケースで、バリュエーションの下限をどの程度見るかといった際に参考にすることが多い。
なお、こうしたケース分類はDCFのみならずPEファンドが行うLBO(Leveraged Buy-out)モデルでも実施する。
ちなみに余談であるがファンド等ではDCFでバリュエーションを行うことは稀で基本的にLBOモデルとCompsモデル(類似会社比較)を用いることでエントリー時点のマルチプルや、リターンの水準を見ることが多い。
LBOモデル計算されるEVの数値との整合性を見るために、DCF法を参考に回すことがある程度である。

Operating Modelの作成

Operating Model(オペレーティングモデル)では、財務3表(損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書)を回すことにより、DCFで使用するフリーキャッシュフロー(FCF)の骨子となる売上高・マージン・運転資本・設備投資・償却費をシミュレーションする。

一般にOperating Modelではケースごとに数値がモデルに反映されるようにOffset関数やChoose関数を用いて作成することが多い。
例えば売上高・売上原価(COGS:Cost of Goods Sold) は売上債権・棚卸資産・仕入債務の計算にダイレクトに反映されるので、ケース別に売上高・売上原価・回転日数が選択されるように関数を組む。
営業利益や粗利はケース別にマージンを設定し、設備投資と償却費は有形・無形の固定資産スケジュールとセットにしてシミュレーションする。

利益率は過去のトレンドと著しく乖離していないかどうかチェックすることが肝要である。

フリーキャッシュフローの計算

フリーキャッシュフローは一般的に以下のように計算される(本記事ではアンレバードフリーキャッシュフロー:Unlevered Free Cash flowを想定)

税引後営業利益 (NOPAT) + 償却費(Depreciation and Amortization)̟±運転資本の増減額(⊿Working Capital)-設備投資(Capital expenditure)

ここで計算を誤りやすいところはD&Aであろう。これはD&Aが販管費(Selling, General and Administrative Expenses: SG&A)だけでなく売上原価にも含まれているケース(製造業等)があるので、キャッシュフロー計算書を合わせて作成しない場合はD&A(COGS)とD&A(SG&A)の合算した数値を把握する必要がある

初心者が間違いやすいのが、運転資本の増減だ。運転資本が前期に比べて増えたらキャッシュフロー上はマイナス、逆に前期に比べて減少したらキャッシュフロー上はプラスになる点に注意したい
設備投資の金額はOperating Modelの固定資産のスケジュールから数値をリンクさせれば大丈夫である。
上記の要素が正しく計算され、UFCFが計算される。この時、フリーキャッシュフローコンバージョン(EBITDAをUFCFで除した数値)も併せて表示することが望ましい。

割引率・永久成長率の設定

割引率は前回説明した通り、WACCを計算する際は、対象会社のセクターやサイズ・Geographyを考慮し類似会社(Trading Comparables:Comps)を選定する。
WACCの計算で必要な最適資本構成(Net D/E Ratio), Historical βの数値は選択したCompsを用いて計算する点に留意したい。

永久成長率(Perpetual Growth Rate: PGR)は継続価値(Terminal Value: TV) の計算のために算定するが、この数値も絶対的な正解はない。
とはいえ、DCFモデルでは必ず必要な項目なので、セクターの中長期的な市場成長率・国のインフレ率や消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)等を総合的に勘案して設定することが一般的であろう。
*理論的にはDCFでは計算される事業価値(Enterprise Value: EV)の70‐80%が継続価値になってしまうという欠点はある。

実務上は計算されたEVとLTM EBITDAもしくは次期(CY+1)EBITDAに対するマルチプル(EV/EBITDA) を計算し、類似上場会社比較法 (Trading comps)で計算されたマルチプルとどの程度乖離しているかチェックすることもある。また逆計算でImplied PGRを計算し計算の整合性を見ることも多い。

Normalized FCF の計算

次に継続価値の計算基礎になるNormalized FCF  の計算を行う。
Normalized FCFが計算される時点では、DA=Capexとなっており、かつビジネスが安定している状況であり運転資本の増減はないと考えてchange in NWC=0となっていることに留意が必要である。

従い、Normalized FCF = NOPATとなる。

ネットデットの計算

ネットデットは事業価値(Enterprise Value : EV)から控除し、株式価値(Equity Value)を計算する際に必要な項目である。

ネットデット=有利子負債ー余剰現預金(BSの現金および現金同等物 - 必要最低現預金)という計算がなされるが、有利子負債にデットライクアイテム(有利子負債に準じる項目)をどの程度含めるかというのは重要になる。

DDレポートがない段階であれば退職給付債務・資産除去債務といった一般的に考慮されるデットライクアイテムを含める必要がある
なお、このようなデットライクアイテム(特に引当金項目)には税効果会計を適用し税効果後の数値を使用することに注意したい。

現金および現金同等物も、BSに乗っている現金・当座預金のほかに、売買目的有価証券等の換金可能性が高い資産を含める必要がある

ネットデットとEBITDA調整(応用論点)

ネットデットに関する応用論点として、デットライクアイテムとして取り扱う項目のうち、これらの項目に関連してPLに計上されている利息費用等を、DCFモデルのEBITDA計算上どのように調整するかという論点がある。

ここでは主たる項目を、資産除去債務・リース債務・退職給付債務とし、下記のような調整が必要になる。ポイントは本来金融費用なのに、会計基準の定めにより、SG&A(販管費)に計上されている費用を足し戻すことにある

資産除去債務
固定資産の取得原価に含めて減価償却費を計算する。資産除去債務に関連して発生する利息費用は、退職給付債務にかかる利息費用と同様の性質を持つと考え、販管費(SG&A)に計上される。
ゆえに利息費用相当額をEBITDAにadd backして調整する

リース債務
リース期間にわたり償却、利息費用は別建てでPL営業外費用なので、リース資産に係る減価償却費が考慮されていることを確認すれば良い。

退職給付債務
退職給付費用は販管費計上だが利息費用が含まれている→EBITDAに利息費用分をadd backして調整する

DCF Sheetの完成

以上のプロセスを経て、無事に正確に計算が出来たら、ファームによって違いはあるものの、下のような画像がアウトプットとして出来上がってくる(あくまで一例である)

DCF sheet sample

数字は右揃え、書式は全てのシートで統一させるのが基本である。なお、DCFの計算ではキャッシュフローは期中に平均的に発生するとして期央主義を採用(Mid-year convention)する。

バリュエーション日と、対象会社の決算期が同じ場合は期央主義の計算もそこまで難しくないが、バリュエーション基準日と決算期が異なる場合はキャッシュフローのDiscount factorの計算は間違いやすいので要注意である。
なお、配当割引モデル等では期末主義でキャッシュフローをみるのでそこまで複雑ではない)
このような調整を投資銀行等では、Stub year calculationという。実務では間違いを避けるためにも、Date of cash flowを計算する。

例えば3月末決算の会社を6月末で評価する場合は、初年度のPortion of CFは0.75になる(9か月/12か月)。一方で、6末で評価する場合は初年度のCFを期央主義で測定するとCFの発生日は11月14日になる。2年目以降は9月末がCFの発生日として測定される、といったものである

画像3
Stub year calculationの例

また、参考にバリュエーション日と直近決算日を一緒にした場合は以下のようになる。モデルで黄色くハイライトされている日付を調整するとstub year calculationが自動でできるモデルになっていることがわかる

画像4
Stub year calculationの例

感応度分析

感応度分析は主にEVに対して、WACCと永久成長率をとり実施することが多い。イメージは下記のようになる。

Exit multipleを採用している場合は、WACCとExit multipleを基礎に実施する。いずれの方法も、次で説明するバリュエーションのサマリー作成の際にレンジを計算する際に役立つのでこのような感応度分析を行う

サマリーの作成

バリュエーションのサマリーは、いわゆるフットボールチャート(Football Chart)を作成することが多い
DCF以外にも、類似上場会社比較法・類似取引比較法、案件によってはLBO等の手法によって計算されたEVのレンジが出されることが多い

プレゼンテーションでは、クライアントに対しアドバイザーが提示するバリュエーションのレンジを示し、初期的な分析結果を示したり、交渉時の価格のレンジを示すことに使われる(このような数値をBallpark figureという

実際に投資銀行が作成している資料を参考にしたい場合は、Googleで”XXX (検索したい投資銀行の名称), discussion material"と検索すると、EdgarのExhibitに添付されているバリュエーションの資料を見ることができる。
米国SECに提出される資料なのでもちろん全て英語であるが非常に参考になる

DCF法で気をつけたいこと

以下にDCFモデルを作成する際に気を付けたいことを箇条書きにしているので参考にされたい

ここから先は

370字 / 1ファイル
この記事のみ ¥ 2,980