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フィリピンタンゴ見聞録

書き手:Haruna
昨年、2023年から東南アジアはインドネシア、フィリピン、そしてマレーシアへ訪れ出張タンゴレッスンを始め、現地のダンスシーンを体験してきました。アルゼンチンタンゴは世界中で踊られているのですが、やはり国ごとに色があり、土地によって色んなシステムがあります。現地でミロンガに参加し、レッスンをして、ローカルと仲良くなって色んな面白い体験ができたので記録を残しておきます。

タンゴシーンの主役は女性

インドネシアやフィリピンのタンゴシーンでは、主役は女性。ミロンガへ遊びに行く人も、プライベートレッスンを受ける人も9割が女性。それではペアダンスが成り立たない!と思ってしまうが、ここには大勢の男性プロダンサーがいて、女性は一人(ときには複数)の男性を雇ってミロンガやレッスンへでかける。リーダーにお金を払って身体を動かしてもらうので、「タクシーダンサー」とも呼ばれるが、現地では一般的にDI(ダンス・インストラクターの略)と呼ばれている。そのため、私のようなタンゴダンサー/講師が現地で仕事をする際の顧客は全て女性で、ショーのあるイベントなども必ず主催者またはスポンサーは女性なのだ。


50代のひいおばあちゃん

ここでタンゴを踊る女性の殆どは50歳以上で、既に孫を持つ人もいる。「17歳で初産、34歳で初孫、57歳でひ孫が生まれたわ」という女性にも出会った。近代化が進み初婚年齢が上がってきているとはいえ、日本に比べるとまだまだ世代間の年齢差が小さい。それ故、結婚、出産、育児という人生のイベントを若いうちに一通りこなした女性が趣味を謳歌している。配偶者はもっぱらゴルフや海外出張ばかり、という声もよく聞く。かたや20~30代の男女で趣味としてタンゴを始めてみたという人もちらほらと見かけたので、女性の社会進出に伴いタンゴの開始年齢が若くなり、若い女性がふえれば若い(DIではないアマチュアの)男性も始めやすい、という循環ができ始めている。


専属雇用

日本で生まれ育った私がまず驚いたのは、一家族または一個人のために専属で働く人の数だ。家の掃除や洗濯をする家政婦、料理人、乳母、庭師、運転手等、一人が生活を営むために多くの労働者が雇用されており、さらに彼らにも休暇が必要なため、それぞれの役職に複数人が雇われている。ここでは雇う側と雇われる側がはっきり分かれているし、「階級」がよく見える。時間単価の高い人たちは自分でコーヒーを淹れたり買いに行ったりせず、運転手に買ってきてもらうのだ。UBERやGRABのような配車・配送サービスも、既に習慣として根付いていた東南アジアでは極自然に受け入れられている。だから、ソーシャルダンスの世界でDIが活躍するのも自然な流れで、予算に応じて自分の専属DIを雇うか、時間毎や日毎の単発契約をする。そしてDI達はダンスフロアの外でも女性の荷物を持ち、扉を開け、軽快なトークで顧客を楽しませる。ちなみに写真や動画を撮るのも非常にスマートで、食事やミロンガの席ですばやくスマホを準備して、絶妙なフィルター付き且つ完璧な角度で思い出を残してくれる。女性たちとDIは単なる雇用ー被雇用の関係を超えて、一緒に旅行や買い物へ出かける親子のような関係で、DI同士は兄弟のよう、タンゴコミュニティ全体が大きな家族みたいな雰囲気だ。


フィリピンのタンゴレベル


フィリピンのタンゴレベルは高い。10代のころからボールルーム、ラテン、サルサ、バチャータ、キゾンバ、あらゆるジャンルのトレーニングを積んだ叩き上げのダンサーばかりだ。現在アジア圏のコンペティションでは韓国勢が最強と言われているけれど、男性だけならばフィリピンが一番だと思う。「アルゼンチンタンゴがこの国に入ってくるよりもずっと前からDIの歴史は始まっているんだ。第二次大戦後くらいからずっと、ある種の輸出産業だよ」と友人のフィリピン人がおしえてくれた。実際、優秀なDIの殆どは年中アジアを周り、北米他でも活躍している。さらにスペイン統治が長かったため、遺伝的にも文化的にもラテン寄りなのでタンゴとの親和性が高い。DIのレベルが高いのはもちろん、女性たちにも踊り心があり、音楽に合わせて身体を動かすというダンスの本質が脊髄に流れているのが傍からも見える。

マレーシア小話


現在私はマレーシアに滞在中で、現地のソーシャルパーティのシステムが面白かったのでこれも記録。カウンターで1枚250円程度のチケットをたくさん購入しておき、会場でDI達がダンスに誘ってくれるので踊り終わればチケットを1枚渡す。固定のDIがいない人や予算の無い人でも楽しく踊れるシステムと聞いたが、DIにとっても便利な営業チャンスで、安価で「お試し」ができる。私はタンゴ以外のダンスはからきしなのだけれど、優しいDIが基礎のステップを教えながら丁寧にリードしてくれるので気軽に楽しめる。日本にも昔同じようなシステムがあって、ダンスホールの衰退とともに消えていったんだよなぁ、とかつて大学院の卒論関係で盛り場の歴史を漁っていたころの記憶が蘇った。

怠け者なフィリピーノたち


「DIも玉石混交なの。だめな奴は全然練習しないし、偶然予約が入ればラッキーって感じで昼過ぎまで寝て夜に数時間踊るだけ。次の予約がなけりゃ2~3日寝てるんじゃない?」と友人がこぼしていたのには思わず笑ってしまった。もちろん単価は需給バランスで決まるので低レベルなDIは単価も低いのだけれど、それでも国内の他の労働者と比べれば圧倒的に効率がよいので上記のような怠けDIでも家族をもって生活していける。一方で東京のコンペにくるようなDIはかなり上位層で単価も高い。航空券も宿泊費も全て女性持ちなので、真面目で技術のあるDIだけが仕事を勝ち取ることができる。


フィリピンミロンガ体験


ほとんどのDIはフリーランスなので、観光客でも単発予約ができる。フィリピンには男前が多いしDIは特に清潔感があって紳士で気の利く人ばかりなので、女性がミロンガに行く際はぜひDIを予約することをおすすめする。コルティナ中にお願いすればサルサやバチャータも軽くおしえてくれる。そしてミロンガ会場でのポイントは、必ずローカルの女性と仲良くなること。おすすめのDIをおしえてくれるし、場合によっては1タンダだけDIを交代したりもできる。女性たちにとっては地元のタンゴが盛り上がれば楽しいわけで、基本的には地元のDIを支えたい、できるだけたくさん仕事を得てタンゴを盛り上げてほしいという気持ちがある。男性が遊びに行く場合は女性DIを予約してもいいし、予約しなくても楽しめる。前述のとおりフィリピン人の血管には踊り魂が流れているので、日本ではできないミロンガ体験ができる。アマチュア男性が少ないので珍しがってくれるし、男性にとっても女性にとっても楽しめるダンスの国、フィリピン最高。


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