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くわの擁齋

私は再婚しているのだが、最初の妻は実家が工場を経営していた。

田舎の零細企業で経営は厳しく、借金も抱えていた。
土地家屋を担保に銀行から借入しながらの綱渡りだった。

長男は保証人にされて逃げ道がなく、更なる保証人が必要だった。
当時の妻にその相談が来た時、妻の名前を鑑てもらう事になった。

私は、くわの擁齋に妻の名前だけを予め報せ、例の如く同行した。
到着すると 和室に通され、妻の顔を見るなり くわの擁齋は言った。

「近々、お父さんの身にね、
 大病、もしくは会社の倒産などの話が出るから」

妻は呆気に取られていた。

「その時、あなたに保証人になってくれという話が出るから」

そう告げ、更に言った。

「断りなさい」

正直、妻は半分 訝しんでいただけにショックを受けた。

驚いて固まっている妻の代わりに、私が事の経緯と状況を説明し、
実はもう、その話が出ていて、その事を相談に来た事を告げると、

「ああ、そうなの」

と言って、くわの擁齋は少し深く頷いた。

「あなたは絶対に、誰かの保証人になってはいけない人だからね」

と、彼は妻に言った。

だが それは 妻の実家が土地家屋と工場を失うという事でもある。

「本人を連れて来なさい。お父さんを」

と、くわの擁齋は言った。

「私が、あなたは保証人になってはいけないと言ってると、
 お父さんを連れて来るよう要求していると、言いなさい」

少々怯えている妻に、独特の優雅な口調で彼は言った。

「大丈夫」

このような度量を見せる人を、私はそれまで見た事がなかった。

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