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宮沢賢治の宇宙(6)  「ケンタウル」は露を降らせますか?

「ケンタウル露を降らせ」の謎

『銀河鉄道の夜』に出てくる謎の言葉

『銀河鉄道の夜』の第九節によく意味のわからない文章が出てくる。

「ケンタウル露を降らせ」 (【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1995年、164頁)

ここでは、この文章の意味を考えてみよう。

『星めぐりの歌』にも出てくる

その前に、もうひとつ賢治の詩・歌『星めぐりの歌』を見ておこう。


あかいめだまのさそり

ひろげた鷲の つばさ

あをいめだまのこいぬ、

ひかりのへびのとぐろ。


オリオンは高く うたひ

つゆとしもとを おとす、

アンドロメダの くもは

さかなのくちの かたち。


大ぐまのあしを きたに

五つのばした  ところ。

小熊のひたいの うへは

そらのめぐりの めあて。  (【新】校本 宮澤賢治全集』第六巻、筑摩書房、322頁)


夜空を眺めたくなる詩だが、この詩の中で、最初に紹介した文章と同じような言い回しが出てくる。


オリオンは高くうたひ

つゆとしもとをおとす


ここに出てくる “つゆとしも”は、普通に漢字を当てはめれば“露と霜”になる。オリオン座は冬の夜空を彩る星座なので、季節柄、露と霜は馴染む。

「露」の正体

天文現象で“露”といえば、流星のことを指す。オリオン座と流星。これら二つを繋げると、“オリオン座流星群”が思い浮かぶ。この流星群は10月上旬から11月初旬に見ることができる(流星の出現のピークは例年10月21日)。流星が雨のように降ってくる現象は「流星雨」と呼ばれている(図1)。

図1  流星雨として観測された「しし座流星群」の様子。(左)1833年、(右)1866年。 https://ja.wikipedia.org/wiki/流星群#/media/File:Leonidas_sigloXIX.jpg

“オリオン座流星群”はハレー彗星が撒き散らしたダスト(塵粒子)の中に、地球が突っ込んでいくときに見られる流星群だ。流星はダストが地球大気の分子・イオン・原子を励起して、大気が光る現象である。ハレー彗星は76年の周期で太陽に近づく彗星である。賢治が生きている時代にも、その雄大な姿を見せた。1910年のことだが、不思議なことに賢治は見なかったという。

なぜ星座名の「ケンタウルス」ではないのか?

 さて、ここで『銀河鉄道の夜』に出てきた謎の文章に戻ろう。


「ケンタウル露を降らせ」 (第十一巻、164頁)


まず、最初の謎は、なぜ星座名の「ケンタウルス」ではなく、「ケンタウル」という言葉が使われているのかということである。次の謎は、ケンタウルはどうやって露を降らせるのかということである。

とりあえず、「ケンタウル」は「ケンタウルス」と読み替えてみる。

露は流れ星のことを意味するので、ケンタウルス座流星群のことだと思えばよい。

“夏祭の夜だ。空よ、流れ星を降らしてくれ” こういう願いを表現したのだろう。祭の夜には、流星群が似合いそうだ。


実際、ケンタウルス座流星群はある。しかも、三つもある。ケンタウルス座α流星群、ケンタウルス座ο(オミクロン)流星群、そしてケンタウルス座θ流星群だ。ただ、三つとも流星出現のピークは2月なので、夏には見えない。したがって、残念ながら、ケンタウルをケンタウルス座と解釈するのはよくないことがわかる。

「ケンタウル」は「ペルセウス」だった?

では、本当はなんだったのか? 

真夏に見える最も華々しい流星群はペルセウス座流星群だ。このことは寺門和夫の『[銀河鉄道の夜] フィールド・ノート』でも指摘されている(18-22頁)。天文好きの賢治も知っていただろう。そうすると、「ケンタウル露を降らせ」は、実際には「ペルセウス露を降らせ」だった可能性が高い。


ペルセウスはカタカナで五文字。

ケンタウルスはカタカナで六文字。一文字多いので、最後の「ス」を削除する。これで、ケンタウルとペルセウスはいずれも五文字になる。五文字目の“ル”と“ス”は五十音では「ウ段」のカタカナだ。つまり、きちんと韻が踏まれている。完璧だ。


 つまり、賢治はケンタウルスの“ス”を捨てて、敢えてカタカナの五文字にしたうえで、ペルセウスをケンタウルに置き換えたのだ。

『銀河鉄道の夜』に出てくる夏祭りの名前は、こうした事情で「ケンタウル祭」になったというアイデアである。


主人公のジョバンニと親友のカムパネルラは銀河鉄道に乗って「みなみじゅうじ座」の南十字に向かった。そこには「空の孔」と称された暗黒星雲の石炭袋も見える。南の空は賢治の憧れであった(図2)。夏祭りの名前を「ペルセウス祭」にはしたくなかったのだろう。


ただ、心の中では次のように言っていたのだ。


「ペルセウス露を降らせ」 


賢治さん、どうでしょうか?

図2 賢治が憧れた南の空。銀河鉄道に乗って向かった「みなみじゅうじ座」の南十字と、暗黒星雲の石炭袋が見える。「ケンタウルス座」の明るい星も左側に2個見えている。なお、天文学者は「ケンタウルス座」ではなく「センタウルス座」と呼んでいる。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ケンタウルス座#/media/ファイル:The_brilliant_southern_Milky_Way.jpg

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