掌編小説「トレーニングジム」

こんな田舎にもトレーニングジムが出来た。なんでもウエイトリフティングをしていた地元出身の選手が、引退と同時にUターンしてきてジムを開いたみたいだ。ちょうど私もお腹周りが気になりだしたころ。この機会にジムの入会をしてみた。


やはりジムはいい。入会して1か月経つが、運動不足解消にもなるし、何だか体も引き締まって仕事の動きも軽くなった気がする。そんな感じで週3のペースで続け、今日も頑張ろうとジムに来て着替えていたところ、急に言い合う声が聞こえた。

「お前、ここは俺らの縄張りだぜ!お前みたいな真面目君が来るところじゃねーんだよ!」

振り向くと、髪の毛を逆立てた昔のロッカー風の男が叫んでいる。

「ジムに縄張りもくそもあるか!」

見た目は普通の大学生っぽい若者が口を尖らせて言い返した。眼鏡をかけた理屈屋っぽい印象。彼は続けて言う。

「やる気があるのに、真面目とか見た目と関係ねーし!」

確かにそう通りだ。ジムは誰でも入会してもいいはず。現に、私みたいな中年のメタボおじさんも来ているんだから。言い合いが徐々に激しくなり、思わず私は間に入った。

「君たち、元気がいいのはいいが。ここは静かに着替える場所だぞ。他の人にも迷惑がかかるし、少し落ち着こうか」

私の言葉に、ロッカーは睨み返した。

「なんだ?おっさん。俺には譲れないこだわりがあるんだよ。獲物を持ってないお前らに何が分かるんだよ!」

獲物?

「ああ、俺はこれに命をかけてるんだ。気合が違うんだよ」

そう言うと、彼は持参していたギターを誇らしげに見せた。彼の言う獲物とはギターのことらしい。楽器には詳しくないが、確かに値段の張りそうな代物だった。

「君の気持は分かったが、今はギターは関係ないだろう」

何を!

彼は叫び、何かを言おうとしたが、その前に大学生が入ってきた。

「何が獲物だ。俺はお前と違う。そんな獲物なしでも口一つでのし上がろうとしてるんだ。ブンブン、ハロー、ドビィドゥバ」

いきなりボイパを繰り出す。

何が起きてるのか一瞬分からなかった。

「ヒップホップは文化だ!生き方だ!この口一つでメイクマニーだ!道具に頼らなきゃ何もできないロックとは次元が違うぜ!」

その言葉にロッカーは表情を変える。

「馬鹿にすんじゃねー。そんな貧相なラップしやがって。俺のギターテクを見せてやる!」

ギュイーーーン

素早い指の動きで弦を弾く。それを聞いて、大学生も口を出す。

ブンブン

ギュイーーーン

ブンブン

ギュイーーーン


ギターとボイパのセッション。

何だこれ?

セッションは暫く続いた。

「なかなかやるじゃーねーかよ。ラップも大したものだ」

ロッカーはさっきまでとは表情をかえて言う。

「そっちこそ凄いギターテクだ。そうとう練習してるんだろうな」

二人の間に共通の何かが芽生え始めたようだ。

それを見ていたら、何だか私までばかばかしくなってきた。今日はトレーニングをする気になれずに、ここまま帰ろう。ちょうど明日は休みだ。ビールでも買って家で飲むか。

私は着替えてきたジャージからスーツに戻し、更衣室を後にした。

ドアを閉めて、帰り際、ふと振り向いてドアを見ると、そこには


「ロッカールーム」


と書かれた文字が見えた。




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