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お支払いは

illustrated by スミタ2024 @good_god_gold

 カフェに入ってきた治夫は、壁際の席でパフェを食べている俊哉をすぐに見つけて手を振った。近づいてきた店員に
「待ち合わせです」
と、俊哉を指差す。
 俊哉のいる席までゆっくりと歩いて向かいの椅子に腰を下ろすと、テーブルの上にセカンドバッグを置いた。黒い革製のバッグは小さなペットボトルが二本ほど入りそうな円柱形で、本体と同じ黒い革製の持ち手がつけられていた。
「どうこれ?」
「悪くないんじゃない?」
 食べ終えたパフェのグラスをテーブルの隅へ押しやりながら俊哉は答えた。
「もうちょっと褒めろよ。ほらこれだよ」
 治夫はバッグに刻印されたブランド名を指差す。
「あ、これって治夫が前から欲しがって探していたやつか」
 感心したように俊哉は刻印に顔を近づけた。
「よく見つけたな」
「もともと限定品だからね。中古でも手に入らない」
「それじゃけっこう高かっただろ?」
「そうでもないさ」
 治夫はニヤリと笑うとバッグを手に取ってファスナーを開けた。バッグの内側にもブランド名が黒いインクで押されている。
「もしかして偽物なのか?」
 俊哉は治夫に顔を近づけると、小声で聞いた。偽ブランド品の輸入は、たとえ個人使用が目的でも違法行為だ。悪質な場合は刑事罰の対象にもなる。
「先週、寺で月市があっただろ」
 そう言って治夫はまたニヤリと笑った。
「ああ。昔、丸古さんのリサイクルショップが出店してた市だな。なるほど。月市で買ったのか」
 俊哉がそう言うと、治夫はゆっくりと首を左右に振った。
「あれって表の市と裏の市があるって知ってるか?」
「裏? いや、知らないな」
「前の日の夜に境内へ行くんだ」
「深夜に? 何で?」
 裏市では、ありとあらゆるものが売られていて、強く望めば、そしてきちんと支払いさえすれば、たとえどんなものであろうとも必ず手に入れられるのだという。ただし裏市へ行くためには寺の境内で日付を超えなければならない。日が変わってから境内を訪れても表の市にしか入ることはできない。
「何をバカなこと言ってんだ。SFじゃあるまいし」
 俊哉は呆れた顔で鼻を鳴らした。
「本当の話だってば」
「じゃあ行ったのかよ?」
「これはそこで見つけたんだ」
 治夫は左手の人差し指と中指でバッグを滑らせて俊哉のほうへ押しやった。
「裏市で?」
 その質問には答えないまま、治夫は黙ってじっとバッグを見つめている。俊哉も口を閉じて同じようにバッグを見つめていたが、やがて顔を上げた。
「で、いくらだった?」
「それがさ」
 治夫の顔からすっと表情が消える。
「裏市での支払いは金じゃなかったんだ」
 そう言ってなぜか寂しそうに笑った。
「じゃあ何で払うのさ?」
 俊哉の眉がピョンと跳ねた。目が丸くなる。
「俺さ、ずっと前からこれが欲しかったんだよね」
 治夫は静かに腕を伸ばし、手のひらでバッグ表面の革に触れた。
「中古でも絶対に手に入らないんだよ、これだけは」
「そうらしいな」
 俊哉は水の入ったグラスを持ち上げた。
「それで、何で払ったんだ?」
 視線を治夫に向けたまま、ゴクゴクと水を飲んでから聞いた。グラスの水は半分ほどになっている。
「友だち」
 治夫はポツリと答えた。

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