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好きな本レビュー第8回目『桂望実/ワクチンX 性格変更、承ります。』

気に入ったものがあると、それに関連するものばかり選んだり見たり、どうしても心がそっちに向かっていく。

今日レビューを書こうとしているこの作家も、別の作品をきっかけに知ってから、自分の中で書店や図書館に行ったらつい棚を探してしまう作家となった。
新しく知った作家のファンになり、そこばかり巡るのは世界が広がったのかはたまた狭まったのか・・・?どっちなのでしょう。

こういう、好きなものができたらそこに固執してしまう自分や、好きなものをセリフを覚えるくらい、目を閉じていても観られるくらい(?)まで何度も観てしまう自分を恥ずかしい、とか、新しいものを知ろうとせず世界が狭い、内気だ、と思ってやめようと努力したこともあった。
そういう自己否定的な努力によって成長できた部分ももちろんあったので、個人的には、それが「よくないこと」とは思わない。でも、「観たい」という気持ちのまま素直に気に入ったものを観ることはとても楽しく、自分が喜んでいるのがわかる。
そしてそれは、否定的な努力を知ったからこそ得られた喜びかもしれなく、さらに、否定的な努力をするような真面目な性格や、その他の私の生まれ持ったすべての性格があって絡み合ったからこそ自分の中で生まれた喜び、であるかも知れないなと思った。



『桂望実/ワクチンX 性格変更、承ります。』



仕事の成功、円満な家庭ーー。ただ、幸せになりたいだけだった。
加藤翔子は、20年前にワクチン製造会社・ブリッジを起こし、会社は大きな成長を遂げた。ブリッジが製造する“ワクチン”は、「人生を変えたい」と願う人間によって必需品だったが、ある日突然、原材料が死に始める。原因は不明。ワクチンの効果は20年で切れるため、このままだと接種者がパニックに陥る可能性がある。だれよりもそれを恐れたのは、ワクチン接種者第一号である翔子だった。


この桂望実さんという作家は、「嫌な女」という作品をたまたま読んだことがきっかけで知るようになった。

人間模様や性格の鮮やかな変化がよく感じ取れる文章がとても気に入っている。
特色なのか、ところどころ会話劇のように会話だけで進む文章があって、そこに登場人物の性格や関係性、会話の情景が伝わるものがあってそこも読んでいて好きなポイントだ。


このご時世、“ワクチン”と見ただけで何かが反応するのは皆同じで、私も思わずといった感じで手に取ってしまった。
この本の内容では、病気の治癒や予防の「ワクチン」ではなく、「性格を変えることのできるワクチン」。
生きていくうちに、自分の性格の“足りなさ”を知り、「もっとこうだったら・・・」と思い、それが補えれば“幸せ”になれると思い、この物語の登場人物たちは“理想”とする性格を補いコントロールするためにワクチンを摂取し、自分を変える。

その内容が、文章で客観的に眺めてしまうとけっこう怖い。

例えば、「もっと社会で活躍できたら」といった思いを抱えているものの、決断力に欠けていて、迷っているうちに機を逃し、後悔をしてしまいがちな人の理想を叶えるために、「性格補強ワクチン」を入れる。「成功」できるために必要な(でも足りていない)性格の要素を補う。
『決断力』を4、『活力』を3、『心の強さ』を3セット。

穏やかな家庭の中での理想の母親であることと、教師という職業の中で生徒たちのために、その人が必要だと思う性格を補う。
『配慮力』を3、『優しさ』を3、『責任感』を4セット。

引っ込み思案で、自分を出せなかった女の子。見た目はキレイで自信があったのに、いざとなると、積極的に人前に出られず自分をアピールできない。
自分の見た目を使って私だってもっと目立ちたいという思いから、性格を補強する。
『挑戦力』を7、『決断力』を2、『自己肯定力』を1セット。

こうして性格を補強していった人々のバックグラウンドや、ワクチンの原材料が死滅したことによって起こる波紋。得るもの、変わるもの。壊れていくもの、再生していくもの。革命か詐欺か。性格を変えたその先に見た幸せはどういうものなのか。

接種から20年経ち、ワクチンが切れかけたあとの人々の様々な変化が鮮やかで、そういう性格や年月の変化を鮮やかに感じるのは、私が知るきっかけとなった「嫌な女」と同様でさすがだな、好きなポイントだなと思った。

ワクチンが切れかけたことを実感し動揺する人もいれば、それがむしろ次の人生へ向けた良い変化となっていたり、次の幸せのあり方を見つける人もいる。
「変わりたい」と思い、「自分のここさえこう変われば幸せ」、「変われば幸せを掴める」、誰か、何かを基準として、それのために自分を変えようと思っていたものが、ワクチンが切れたことで崩れ、自分の幸せを見つける人がいるのは読んでいて爽やかな気持ちになった。

登場人物の中には、ワクチン接種により、堅実で優しく穏やかな家庭人として生きていたのが、ワクチンが切れたことで本来持っていたらしい奔放な性格に戻るという特に激しい変化をする人も出てくる。
この人はこの穏やかな性格で夫や子どもたち、家庭を支えてきた。夫や子どもからすれば、ワクチン接種後の妻、お母さんの姿しか知らなかったのだから、ある日の突然の変化には当然驚く。驚くし、怒る。どうしちゃったんだよ。何考えてるんだよ。

この家族はどうなってしまうんだろう、不安だろうな、大変だろうな。
と思った直後に少しゾッとした。

セリフにこそないけれど、この驚きとその怒りには「今までそうじゃなかったじゃないか」というその人に対する「クレーム」のような感情も含まれているように思う。
この妻は、家庭を築くために、周囲を基準に自分を変えた。
周囲のために性格を変えて得た「優しさ」や、甲斐甲斐しく働く姿は、周囲の人間には「当然のもの」なのだ。だから変わって怒る。「あなた、そんな感じじゃなかったじゃん」。
誰かを思いやって、誰かを基準に自分を犠牲にし変えたのだとしても、それは人には伝わらないし、人はあくまで結果のみ、“そういうものだ”として受け取る。ああ、この人はやってくれるんだ。何か言っても怒らないんだ。
そういう意味で、人に気持ちは伝わらない。
そう思う経験は私個人にもあったので、この小説のこの部分をこういう風に受け取って、少しゾッとした。

娘が言うセリフ。
「お母さんがおかしくなっちゃった。」
いや本当は、“おかしい”のは、ワクチンが入っていた今までの方なのだ。

自分の“足りなさ”を知り、それがあれば幸せだと思い描き、理想を手に入れようとする。
そういうコントロールで得られる成功や幸せもあるけれど、本来自分が持っていた、“足りなさ”も含めた性格や特徴で、掴めるものも実はある。
それは“誰か”やもしかしたら“自分にとって”の理想でもないかも知れないけれど、与えられた自分のカードで行動していく他にない。違うと思ったら今の自分のカードでどうにかする。
他人にはなれないし、それっぽいものになれたとしてもその自分にまた「こうだったら」という理想が表れてくる。
「そのままでいい」
というのはあまりに簡単な言葉だけれど大切な真理で、しかも様々な解釈ができる言葉だと思っていて、でもそれを実感として掴むには紆余曲折というか、自分を否定してしまったり、誰かに怒ったり、傷ついたり、悩んだり自分の体験を通して感覚で掴む必要があると思う。
変えたいと思うなら、変えたいと思う自分もそのままでいい。変えたいなら変えればいい。

散々変えようとして悩んだり、実際変えることができたりして、結局は自分に帰って来るものだと思った。


このワクチンこそないけれど、自分の見ている誰かのいつもの性格が、もし、本人がすごく頑張って補強していたものだとしたらどうだろう。
社会の中にいる限り多かれ少なかれみんな外に向けた演技をしているものだと思うけど、普段普通に感じている誰かの思いやりを、私は当然と思っていないか。

理想を言えば、それぞれが「そのまま」で、自分の言葉や気持ちで表現できるような、そういう関係性がみんなそれぞれにあってくれればいいと思うし、増えていけばいいなと思うのだ。

そしてそういう関係性を個人的にも増やしたい。
などと思った。


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