ステートメント:非定住の練習に向けた宣言
ある定住者のメモ(2023年12月京都北山にて)
2つの大規模な国際的戦争が日常化してしまい、明らかに例年より高い平均気温の年末で不穏な日々を生きながら、私は企画展に向けたステートメントとしてこの文章を書いています。
私の住む京都の北山の家からは無数の一軒家と大文字が見え、仄かに香る野焼きの匂いからは1000年続いてきた都市の形が今も生きているかのように感じます。
一方で、この100年間で人類の環境は驚くほどの変化を遂げてきました。大加速とも呼ばれるように、地球上の人工物が全生物の重さを超えるほどの発展は明らかに人為的な影響を惑星に与え、地質的なレベルでの影響を与えるに至っています。
このような状況下で果たして安定したインフラと人口を集積する機能を持つこの空間は果たして次の1000年も形を保ち続けるのでしょうか。
今まさに海の底に沈もうとする国があり、また過去に例を見ないほどの火災によって生息地を奪われる生き物たちがいる世界の中で、私たちは未来のために何をつくり出していけるのでしょうか。
傷ついた惑星を生きる
非定住という耳慣れない言葉は、アルトゥーロ・エスコバルの『多元世界に向けたデザイン』の翻訳中にUnsettlementの訳出を検討する会話の中から生じてきたものです。
オーストラリアのタスマニア島にて「世界の果てのデザインスタジオ(Studio of the edge of the world)」を主宰するトニーフライはこの言葉を2011年の著作以降用いています。
これは完新世以降発達を続けてきた人類の定住と都市化という発展形式が持続不可能性を根源的にもたらしていることを指摘するものです。
実際に2022年にパキスタンで起きた大洪水は多くの居住可能な空間を沈めてしまい、多くの人々や生物がその生存環境を脅かされています。
一般的にも言われることですが、気候変動による被害は地球規模の問題ではありながらも、必ずしも平等に影響が及ぶわけではありません。むしろ、経済的弱者の国々やインフラが十分ではない地域にこそ甚大な被害が生じているのが現状です。
フライは、このような状況の常態化が食料やエネルギーの争奪戦を生み出し最終的には戦争までも引き起こしてしまうことを憂い、都市への集積と人口の再生産から離れ、定住不可能な世界を生き延びていくための新しい居住様式を発明することを求めています。
このような言説は、コロナ禍からロシア-ウクライナの戦争に端を発したエネルギーの高騰などを経験した私たちにとって、決して現実味のない予言ではないでしょう。
非定住(unsettlement)の練習と実践
このような様相となってしまった世界そして惑星に生きる私たちにとって、デザインすることとは無制限に使用可能な資源を用いた進歩ではなく、限りある資源と地政学的な条件の中で「どのように共に生きるかを考えること」に変化していく只中にあります。
本企画展では、デザイン・建築・情報・生態学という領域をこのような営みを支えるための基盤として位置付け、定住ではない何か別の居住形態を考える練習と実践を示すことを目的とします。
これらの領域は、都市的な定住を形成する居住空間や道具、インフラストラクチャーを形成する上で欠かせない要素となっています。冒頭で登場したエスコバルはフライの議論を援用しながら、デザイン、政治、教育、情報通信技術といった私たちの生活様式を形作るものが、近代的二元論に依拠した開発を推進し、環境の背後にある関係性を破壊していることを批判しています。
多元世界に向けたデザインにおいて、エスコバルは度々西洋的な建築のモードや居住空間がいかに我々の生活を相互依存性(Interdependence)から切り離しているのかを詳述しています。例えばアメリカ的な郊外の住宅と、マロカ(コロンビアなどに見られる集団で暮らすための家)を比較しそのどちらに住まう(dwelling)かで環境との人間の相互依存性が変化するだろうと述べます。
そしてエスコバルとフライを繋ぐ上で重要となるコンセプトの一つがオントロジカル・メトロフィッティングです。
オントロジカル・メトロフィッティングとは近代的な都市を構成してきた存在論(そのものが何であるかについての哲学的な議論)を解体し、生命を育み、関係的で持続可能な居住形態へと都市を作り変えていくことです。エスコバルにとって多元世界(多くの文化がある一つの世界)をつくることは、人間のみではなく生物と自然環境が同時に繁栄できる惑星そのものの持続可能性を意味します。
この記事の中でエスコバルは多元世界から/における/のためのデザイン行為が持つ17個(多い!)の命題を示しています。
この命題を端的にまとめるとすれば、産業革命以降続いてきたデザイン・建築の方法論や認識論を変革し非定住的な居住形態を人間以外も含めた存在たちと作るということになります。
私たちはこの命題を引き受けつつ、理論ではなく具体的な実践に挑み、いずれ来てしまうであろう非定住の条件に向けた練習/実践をあらゆる存在と共に始めることをここに宣言します。
執筆:合同会社Poietica 奥田宥聡
全ての引用記事の最終閲覧日:2024年5月9日
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