インタビュー「〝自閉症のアーティスト〟として」星先こずえ(切り絵作家)
ヘッダー写真)こずえさん(右)と母・薫さん(左)
これまでとは異なる制作のプロセス
――「Social Art Japanプロジェクト」は「アートの力で社会課題を発信する」とのコンセプトのもと、19名の障害者の方が在宅勤務で作品を制作されています。こずえさんは2020年に1人目の社員アーティストとして入社されました。在宅とはいえ、勤務として制作するようになって何が変わりましたか。
こずえ 月に2点の作品を会社に提出するんですが、そのうちの1点はSDGsに関わるものを描かなければなりません。これまでは何かのテーマをもって制作したことがなかったですし、SDGsのことを勉強しないと描けない。加えて、気候変動や貧困などの社会課題を芸術作品に落とし込むために試行錯誤をしないといけないので、一番大きな変化はそのあたりですかね。これまではただ自分が描きたい動物を描いていただけなので。
―― メッセージ性が強まったということですか。
こずえ そうですね……以前は画面のなかにさまざまなモチーフを詰め込んだりしていたんですが、テーマを与えられることでそういう制作の仕方をしなくなりました。何を伝えたいのかを言語化したり、キーワードを抽出したりして、いまはどちらかというとモチーフを削ぎ落としていく感じです。
例えば、メンバーズに入社してすぐの頃に〈Heavy Rain〉という作品を描きました。気候変動の影響から近年頻発している豪雨災害や土砂災害を、タコに見立てて描いた作品です。テレビで土砂災害の報道を見ていると、なぜか過去に図鑑で見たタコの写真を思い出したんです。谷筋に沿って流れる土石流と何本もあるタコの足が重なったんですかね。山を覆うタコの足が次々と街を飲み込む。そんな恐ろしさを表現しました。
―― 確かに恐怖心を抱く一方で、タコにはどことなく親近感を抱きます。
こずえ よく言われます。それはおそらく、恐怖心だけだと私自身が不安になってしまうからだと思いますね。SDGsの勉強をするなかで、17あるゴールの達成のために人々の恐怖心を煽るような風潮を感じたんです。それだと私のように不安感が強い人には届きませんよね。芸術によって社会課題を伝えることが目的なので、まずは純粋に絵を楽しんでもらって、「これは何だろう?」と思うところからSDGsに関心を抱いてもらえればよいと思ったんです。
―― こずえさんの作品には、いつもどこかにユーモアがあるように思います。ユーモアの基準みたいなものはあるんですか。
こずえ 切り絵を始めた頃は、母が笑ってくれるかどうかを基準にしていましたね。昔もいまも作品を最初に見てくれるのは母なので。
―― 社員になって他に変わったことは?
こずえ 絵の制作に直接は関係ないんですが、オンラインでの出退勤管理や業務報告、あとはセキュリティルールの研修なんかは初めて経験するので慣れるまで時間がかかりました。会社勤めの人は、こんなに面倒なことをやってるんだ……とも思いましたね(笑)。私にとってはすべてが勉強です。
富士山や桜を描こうと思えない
―― 過去にお母さまと受けられたインタビュー記事で、自閉症と診断された際に医師から「こずえさんの成長は諦めてください」と告げられたという話が紹介されていました。その医師の言葉を受けて、お母さまのこずえさんに対する療育のテーマが「成長」になったと。お母さまや城戸先生は、こずえさんについて「いまも一歩一歩成長を続けている」と言われますが、ご本人の自覚はどうですか。
こずえ 自分が成長しているかどうかは分かりません。ひとつ思っているのは、私の絵を見てくださった方に「前のほうがよかった」って言われたくはないということなんですよね。自分が歴史上の有名な絵師の展覧会に行って「この時期の作品よりも、少し前のほうが好きなんだよな」と思うことがあるんで、自分もそう思われているんじゃないかという不安感はいつもあります。切り絵以外に得意なことがないので、それを伸ばしたいという思いはありますけど。
あとは、強烈に記憶に残っている自分の作品がいくつもあるので、時系列に見返してみると成長というか、変化はしているのかもしれません。
―― 今年2月には新しい作品集『鳥獣魚画』(花乱社)を刊行されました。「鳥獣戯画」の「戯」を「魚」に置き換えたタイトルが印象的です。
こずえ 最近は魚をよく描くんです。特にお気に入りはカワハギです。すぼまった口元からなんとも言えない曲線で体が膨らみ、尻尾に向けてまたすぼまっていく。ちょうどいま描いているのもカワハギの仲間のモンガラカワハギという魚です。
こずえ 動物も魚も、基本は図鑑や写真集なんかでよく観察して描いています。だから、自宅のアトリエには古本屋で買った図鑑や写真集がたくさんありますよ。同じ魚でも難しいのはカサゴやオコゼなどのヒレが特徴的な魚です。過去に一度だけ描いたことがありますが、当分は描こうと思わないですね。そのうちまた描きたくなるかもしれませんけど。そういうのってあるんです。
富士山とか桜とか蓮とか、日本画の定番の画題を、なぜか私は描こうという気持ちになれません。美しさとか華やかさとか、皆のなかにポジティブな固定観念があるものって描くのが難しいんです。ただ、これも年齢と経験を重ねれば描いてみようかと思うときが来るのかもしれませんね。
北斎のように最期まで制作を続けたい
―― こずえさんは、障害者のグループ展に出品されるだけでなく、毎年、二科展や日本きりえ美術展などにも出品されています。芸術の世界における障害者と健常者の線引きについて、どんなことを思っていますか。
こずえ 純粋に絵を描くということに関して言えば、障害者も健常者もやっていることは同じですからね。あまり違いを意識することはありません。ただ、芸術の世界の側に線引きがある以上は、それをうまく活用するしかないと思っています。〝自閉症のアーティスト〟として注目されて、それで私の絵を見てくださる人が増えるのであれば、それも手段のひとつですから。とにかく1人でも多くの人に絵を見ていただけることが嬉しいので。
―― 最後に今後の展望についてお聞かせください。
こずえ まずは目の前の制作を無事に済ませることです。メンバーズの毎月の制作があり、今年の二科展に向けた制作があり、今年9月には福岡アジア美術館での個展があるので、その制作もあります。
―― 中長期の目標はありますか。
こずえ そうですね……特にこれといったものはありませんが、強いて言うなら「新美の巨人たち」や「日曜美術館」に取り上げられるような作家になりたいということは、時々思います。それはそれとして、明確な目標ではないんですが、葛飾北斎みたいに人生の最後の最後まで制作を続けたいですね。それでいて、北斎と同じく死に臨んで「天我をしてあと五年の命を保たしめは、真正の画工となるを得へし(天があと5年の命をくれたなら、本物の絵師になれる)」との言葉を残す。そんな人生を歩みたいです。
取材・文)大森貴久
写真)手島雅弘
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