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[推し本]続きと始まり(柴崎友香)/今は未来でもあり過去でもある

久々の長編は、これまでの作品をさらに凌いで深みが増す作品でした。

最初の一行目を読むだけで、あの日あの時どこで何をしていたか、個人的な情景がぐわ〜っと記憶の底から立ち上り、心象風景に流れ込んできます。
誰もがその日を覚えていて、同じ映像を記憶して、忘れられないほどの体験をしたはずの震災でも、十数年たつとあの時急激に日常化した非日常も徐々に元に戻り、普段思い返すこともあまりなかったのに。

題名からうすうすそうかなと思っていましたが、ヴィスワヴァ・シンボルスカの「終わりと始まり」が通奏低音になっています。

現在進行形のコロナ渦中にあるそれぞれ別の場所で暮らす3人の主人公は、遡って東日本大震災、さらには阪神大震災にまつわる経験を直接、もしくは間接的に見聞きしています。
あの出来事の前と後の移り変わりや、今もどこかで何か引っかかる記憶を紐解くオムニバス。何の関係もなさそうな3人の物語の中でシンボルスカが効果的に引用されます。
その時々の世相の中で、どちらかというと組織にも制度にも守られていない人たち(多分本当のマジョリティ)が、良くも悪くもなんで今がこうなのか、それはどこから繋がってそうなのか、が深層テーマなのでしょう。

半世紀生きていると、好まずとも経験してしまう災厄も一度ならずあります。
そのたびに、日常化した非日常があり、それも徐々に元に戻り、、、いや、本当は元に戻っているわけではなく、別の形に移行しているだけであの日の前に戻ることはできません。
最終章は東日本大震災が起きる前の2月、そしてウクライナ戦争が起こった2月とその一年後の2月が重なります。過去から見れば今は未来で、未来から見れば今は過去、ここから何に続いていくのか今は分からなくても何かに続いていく。

柴崎友香と同い年で、大阪で育ち、その後上京し、人生の同じ時期に似たような場所で似たような風景を見ていたこともあるせいで、この作家の本を読むと自分を(というよりも、こうじゃなかったかもしれない在り方を)生き直す感があります。

他の著作についてはこちらにも書きました。

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