『いつ咲く』読了
いらしてくださって、ありがとうございます。
連載二回目から読みはじめた小説(村山由佳『PRIZE─プライズ─』)にハマり、どうしても初回を読んでおきたくて、ご近所書店さまに掲載誌のバックナンバー(オール讀物9・10月合併号)取り寄せをお願いしました。
早速読んだ『PRIZE─プライズ─』連載初回。
直木賞を渇望する女性作家である主人公は、冒頭からサイコパス的恐ろしさ全開でございました。彼女にギチギチに詰められる出版社のお偉いさまたちが気の毒で気の毒で……。
もしやこの作品はサスペンス、あるいはホラーなのかと思ってしまうほど、主人公・天羽カインはかなり厄介な人物のようです。
もはや怖いもの見たさ的(ホラー系は苦手)楽しみも覚えつつ、直木賞を狙う彼女がどう動くのか、今後の展開から目が離せませぬ。
本誌オール讀物9・10月合併号は、第169回直木賞の特集号でもあり、受賞された垣根涼介さんと永井紗耶子さんを中心に据えたさまざまな読み物のほか、『直木賞作家傑作読切』として、七人の女性作家さまによる短編が掲載されております。
いずれも直木賞作家の名にふさわしい名品ぞろいで、今回はそこから四作品をご紹介いたします。
・朝井まかて『いつ咲く』
主人公は江戸の(寺嶋屋という屋号から、おそらくは現在の墨田区北辺に在するらしき)「種樹屋」の主人・伊織という男。
若い頃から女に不自由したことのない男ぶりで、女房の死に目を他所の女のもとで聞かされるほどの放蕩ゆえ、一人息子にも見限られた伊織ですが、彼には彼なりの鬱屈があり。
そんな伊織が、花好きの面々が集まる席で出た「将来を見る」という占い師の話に心揺さぶられ、彼女をたずねることになるのです。
そこまでの流れるような展開、回想と現実との行き来の妙もさることながら、終幕の1ページでは「そう来たか」と良い意味で裏切られ、じんと胸に沁みる読後感を味わった珠玉の短編でございました。
・中島京子『シスターフッドと鼠坂』
冒頭、母と娘との(ミルクボーイさんを彷彿とさせる)おかしみあふれる会話がつづき、ほのぼのしつつ読み進めるうち、母の出生にまつわる驚きの事実が明かされていきます。
親子、友情、夫婦。母娘を取り巻くそれらのつながりは、あたたかく。ほっこりやさしいお話だったなぁと思いつつ終盤の段落に入ったところで、軽く頭を殴られるような衝撃を受けました。
タイトルの『鼠坂』は、森鴎外の短編小説からとられたもの。恥ずかしながら未読でしたので(作中でストーリーは明かされているものの)、読後、その短編を読んでみずにはいられませんでした。
ほっこり心あたたまる「だけ」では終わらせない、目を背けてはならぬ事柄にもさりげなく(説教たらしくなく)触れつつ、物語に深みを与える。こちらも短編のお手本のような珠玉の作品でございました。
・島本理生『God breath you』
個人的な話で恐縮ですが、島本理生さんの作品には、これまであえて触れてきませんでした。お名前を認識した最初の小説が『ナラタージュ』(角川文庫)で、たしか『王様のブランチ』での特集だったと記憶していますが、若者の恋愛を描いた作品と紹介されており、恋愛や性愛を主軸においた物語が苦手な私にとって「読まないジャンルの作家さま」という位置づけに。
今回、はじめてお作品に触れましたが、なんと素晴らしい書き手さまだと(いまさらながら)感じ入りつつ読了しました。
主人公は、女子大でキリスト教をベースに近現代の文学を教える40代の女性。15歳年下の青年との出逢いから、ふたりの関係が発展していく様を描きつつ、並行して彼女のこれまでの恋愛事情も語られます。
苦手なジャンルでありながら読み進められたのは、一つには宗教二世という青年の出自を物語でどう扱っていくのかを見届けたかったこと、もう一つは、とにかく文章がよどみなく描写も美しく、ところどころにクイッと引っかかる一行が置かれることで、「これどういう意味?」と先を読まずにいられぬよう仕向けられていたため。110枚という長さを感じさせぬ、一度もダレるところのない密度濃い作品でした。
ちょうどBSテレ東『あの本、読みました?』の島本理生さんゲスト回を視聴したところで、ご自身が年齢を重ねられたこともあり「これまでは若者を描いてきたけれど、今後はそこに囚われぬ世代の物語も書いていきたい」と仰せだったことを思い出し、本作はまさにその一環でもあったようです。
年をとってくると、若者同士のわちゃわちゃ(とくに恋愛・性愛もの)はさすがにもう読めないなぁと感じておりまして(かといって玄冬小説へはまだシフトしたくもなく)。そうした意味では、ちょうどよい時期に島本理生さんに出逢えたことがうれしくもありました。
・桜木紫乃『谷で生まれた女』
桜木紫乃さんもこれまで敬して遠ざけてきた作家さまでしたが、先日読んだ短編『ほら、見て』(『Seven Stories星が流れた夜の車窓から』:文春文庫所収)が素敵で、本誌の作品もワクワクしながら読み進めました。
主人公は地方局のディレクターの男性。自信満々に手がけたドキュメンタリーが大コケでやさぐれかけていた主人公ですが、とある題材に出逢い、取材を進めるうちに仕事に没頭していきます。お仕事小説としても読めますが、こちらもある社会問題を軸に据えての物語でもあります。
すこし話が逸れますが、先日視聴した海外のある村に暮らす人々を追ったドキュメンタリー番組では、彼らの置かれた厳しい環境が細やかに描写されており、苦しみを吐露する人々の言葉に胸が締めつけられる思いでした。
しかし、番組の途中で「以降の取材は断られた」とナレーションが入り、どうやら取材されることで彼らの仕事がなくなる(当局の指導が入るなど)ことを恐れての拒否と思われました。
番組終盤には、村の少女がテレビ通話で将来の夢を語っていたのですが、映像は途中でブツリと切れ「映像はここで終わっている」とのナレーションで幕切れ。効果を狙ってのエンディングでありましょうが、少女の安否には触れられぬままで、なんと申しますか、制作サイドの独善を感じてしまうような後味の悪さでした。
社会問題を扱うノンフィクションは読みますが、小説は遠ざけてきました。かつて、それらを単に素材として扱っているような小説を読んでしまったがゆえのことですが、正直、この『谷で生まれた女』にそうした社会問題が登場したところで、少々不安も覚えたのですけれど。
桜木紫乃さんは、とても丁寧に誠実にそれらを描いておられることが伝わってきて、絶対の信頼感を覚えつつ読み終えることができました。読切の体ではありますが、本シリーズは来春刊行予定とのこと。続きが大変気になりますので発売を楽しみに待ちたいと思います。
これら四作品、読み終えてあらためて「さすが作家が認めた作家さま方」だなぁと、その素晴らしさを実感しております。
たとえばタイトルの付けかた。
先月から北日本文学賞の予備選考通過者がWEB上で発表されており、昨年(第57回)の宮本輝氏の選評をちょうど読み返していたところでして。
宮本輝氏はいくつかの作品に「どうしてこんなタイトルをつけたのか首をかしげてしまう」と苦言を呈しておられ、では、どういうタイトルが望ましいかと申さば。
恩田陸さんは『ミステリーの書き方』(幻冬舎)のなかで、「タイトルの付けかた」について以下のように語っておられます。
朝井まかてさんの『いつ咲く』というタイトルは、種樹屋という主人公・伊織の家業に絡められており、さらには伊織が、己のこれからを「どう咲かせたらよいか」迷っている、という物語の内容までが「いつ咲く」のわずか一語で端的に示されていました。
中島京子さんの『シスターフッドと鼠坂』というタイトルも、二つの言葉の不思議な組み合わせに興味をそそられるだけでなく、読み終えれば、タイトルは「シスターフッド(女性同士の連帯)でなければならない」理由がわかり、さらには森鴎外の『鼠坂』という作品をも読まずにいられなくなるという見事さで。
島本理生さんの『God breath you』も、登場人物たちの職業や生い立ちに絡められつつ、ラストシーンにつぶやくにふさわしいフレーズを冠したタイトルでした。
また、本誌に短編『チャーチャンテン』を寄せておられる大島真寿美さんの作品も含め、『シスターフッドと鼠坂』『God breath you』『谷で生まれた女』などは、社会問題をとても自然に作中に取り込んでおられます。
流行りに乗せるためとか、都合よく使うのでなく、真摯に誠実に(説教くさくなく)それらを描くことにより、読み手はそうした問題を身近に感じられる。
ただのちょっといい話で終わらせない、タイトルの妙も含め、さすがは「直木賞作家」さま方であらせられる……と大満足の傑作読切が掲載されている本誌『オール讀物9・10月号』。ご贔屓の作家さまのお作品はいずれ単行本にてお手にとられるかとは存じますが、さまざまな作品を一度にたくさん味わえる楽しみは小説誌ならではかと。
ご興味を持たれた方はぜひ、お手にとってみてくださいませ。
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最後までお読みくださり、ありがとうございます。
オレンジページの手作りパン特集以来となる(どうでもいい情報ですみません)「雑誌バックナンバーの取り寄せ」でしたが、読切や連載小説も面白く、渾身の直木賞特集もまた、とても興味深く読みまして。そちらはまた別記事にてご紹介したいと思います。
今日の当地は12月とは思えぬ気温で、日中は半袖で過ごせました。とはいえ日が落ちるとやはり、冷え込むもので。
どうぞみなさまもあたたかくお過ごしになれますように(´ー`)ノ
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