真夜中の洗濯物
23歳、家事手伝い。親のスネをかじって生きている。
両親は仕事の関係でフランスにいる。一緒にと言われてたけど、おばあちゃんが心配なのと、どうも外国というのは信用ならなくて日本に残っている。
おばあちゃんが心配で残ったんだけど、このおばあちゃん、なかなかハードで私を召し使いのように扱う。そんなおばあちゃんには、すぐに私の干物っぷりはバレてしまった。
「家事手伝いなんて嘘っぱちじゃないか!なんにもできん小娘が!一から叩き直してやる」ってことで、おばあちゃんの営むコインランドリーを引き継ぐために、修行中なのだ。
24時間営業ではあるものの、コインランドリーなんて、勝手に来て勝手に帰るんだから、時々掃除とメンテナンスとかでしょ?楽勝すぎ。そう思っていた。
まーおおむねそうなんだけど…
0時を過ぎてから2時までの間、おばあちゃんのコインランドリーはメンテナンス時間となる。1台だけ稼働させて、あとは全部この2時間でするらしい。特殊な機械でバックヤードみたいなところがあって、裏から作業ができるようになっている。基本的にはシステム化されてるので、機械がやってくれるんだけど、時々操作が必要なので人がいないとならないというわけ。多分、これを私に覚えさせてやらせようっていう作戦なんだろうな。
「いいか茜、この2時間をよく見ておくんだよ」
「ほーい」
「この2時間だけはな、1台しか稼働しない。誰か1人のための時間だ」
「なにそれ」笑
「見てればわかる。お客さん来るからだまって見とけ」
「はいはい」
お客さんがやって来た。男性、30代くらいで真面目そうな人。
ドラムに洗濯物を入れている。
「普通にただの洗濯じゃん」
「いいから、見とけ」
コインを入れて、回る洗濯機の前で話し始める。
「今日は、奥さんの命日なんだ。日が変わったから昨日か…仕事にかまけて忘れてしまって…お墓に花の一つも供えてやれなかったんです。死んだ時はあんなに悲しくて、あんなに大泣きして、仕事だってできなかったのに。たった4年でこれかよって、自分にがっかりですよ。誰かに責められたほうが楽なのに、責めてくれる人もいなくて、どうしようもないです。つくづく自分が嫌になってしまって。だから、ここでこうやってまたグチグチとすみません。洗濯終わる頃にまた来ます」
「どう思った?」
「独り言にしては、すごい喋るなって」
「まったく!そうじゃなくて、あの男の人の気持ちさ」
「うーん、奥さん亡くなって、命日忘れて、自己嫌悪?それかお酒飲んでセンチメンタル的な気持ち?あれ、おばあちゃん?何書いてるの?」
「あの人に贈る言葉さ。4年前だったな、さっきの人がこうやって来たんだよ。奥さんが亡くなった時にな。ちょうど1台しか稼働してないから一人きりだろ?それで、独り言のように懺悔してたんだよ。わたしゃ、いつものようにこうやって、仕事してたわけだけど、何か励ましてやりたくてな。それで、こうやって紙に書いて洗濯機のとこに貼っつけておいたのさ。それから、時々こうやって来ては、あそこで話すんだよ、奥さんのことを。つまり、まだ癒えてないんだよ。だからまたこうやって書いてってのが4年も続けてしまってるんだ」
「えーーーーー、そんなことある?なんでそんなことしてんの?」
「なんでだろうね、話したことはないけどでもな、人っていうのは時々こうやって不思議な縁で繋がってたりするもんなんだ」
「へーーー意外、おばあちゃんがそんな人だったなんてさ」
「だから、茜も家事手伝いはいいけども、ここで少し何かを感じてくれたら、おばあちゃんはそれでいいんだ。立派なことなんかじゃなくていいんだ。さ、おまえもなんか書け」
「むりむりむり、私なんか無理だよ」
「なんでもいいんだ、別にカウンセラー気取って金取ってるわけじゃないんだから。気持ちなんだよ」
紙とペンを渡された。
しばらく考えてこう書いた。
【大事なことでも時々忘れちゃうことってありますよね、私もそうです。私が奥さんなら、そんなこと忘れる?って笑ってますよ。きっと奥さんも笑ってくれると思います。私は笑いました。また洗いに来てください】
あの人がこれを読んでどう思うかはわからないけど、正直な感想を書いた。
少しして、あの人は洗濯物を取りに来て帰って行った。
紙…貼ったまま…
あれ、もしかして傷つけた?
はぁ…ダメだったか…
【笑ってくれてありがとう。夜が明けたらお墓参り行って来ます】
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