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ゴングを鳴らした。新たな地。(離婚編)

むおおおおおおおー
お久しぶりです。

2023年になったんだよなぁ…
私は名字も変わり職場での
氏の認知度もやっとこあがり…
皆慣れてきてくれ、私も慣れた。

そして茨の道すぎたが
とりあえず…新しい地へ。 

もう虐待養父とのバッティングに
びくびくすることからの減少現象
マジ最高ー!とも思うが…

大人になるほど
ヒヨコの悲しみや悔しさの念は強く  
今になって聞く新しい虐待を知る…
今になって我が身の意味を
問いかけるヒヨコ……

そして新しい地へきても変わらない
ヒヨコの不登校。

私の中で受け止め続けると
決心したものの、
ヒヨコが家にいるなら
仕事以外、私も外にでることもなく

気分転換しに出かけようよー
と、ヒヨコに言う私自身が

不転換大人とでも呼ぶのかな…
外に出る力がない…
不登校の親あるあるなのかな。

そして離婚。
ゴングを鳴らした。
やっと終わった
見えないこれからを手にしなきゃ…
全部私から挑んだ事なんだから。

去年の秋

裁判官により離婚成立。 

裁判により離婚成立した日とは
裁判官によって決められた日。

区役所に離婚届けを出す日は

後日届く裁判所からの書類を2週間程度待ち、その書類を持って
行政に離婚届を出す。


へ???
えっと…
じゃあ…
へ??
今どんな状態なんですか?
私とヒヨコ?

え?

離婚成立したけれど
離婚届を受理される訳でもなく
名前が変わる訳でもない事を…
初めて知った…。

ああ………

裁判所の手違いがあり
書類が届かず…かなり長く…
いや、ほんと長かった…………
困るのは氏を変えたい私側だ。

これは後日知ったことだけど

養父はどうやら会社に
裁判や離婚の事も隠していたらしい…

厚生年金保険喪失証明書の
手続きを本当に本当に本当に
やってくれず。年末までかかった。

「相手との連絡がなかなか取れなくなっているらしいと相手の代理人が困ってる感じ」と煉󠄁獄先生から聞いた…。

まじで勘弁して下さいよ

泣いても変わらないけど
本当に泣きたい気分より
泣きたかった。

人生…待ってる事が多いな………

離婚成立した日から
1ヶ月以上して届いた書類… 

まままままってました!!!!

こんなに私って行動力あった?!
そう!私はマッハで区役所へ!

区役所の全部の階でお世話になったんじゃなかろうか…ぐらいの記憶…

区役所の方に今思えば
なぜあんなに堂々と

「裁判で離婚しました。書類が届きました。必要なものは書いてきました。あとは何かできることありますか?」

私はあの日
何人の職員の方にお世話になり、
あれ程エレベーターを使いこなし…
優しさを感じつつも 
マイナンバーカードの
予約ブースが賑わっていた事を
今も思い出す。

私の1日の使い方なら
史上最強の満点かも…

昼の11時20分から
「今からママ区役所入るねー。
終わったら連絡するねー。」

とヒヨコに送ったメール。

「今から帰る…」との私の
カエルコールは
16時半を過ぎていた。

そしてその日は
私の誕生日の前日だった……

やりきった…
アイツの名字じゃない自分

オババ再始動!!
ヒヨコ再生への祈り!

と思っていたのに…

ヒヨコは私と同じ戸籍に入籍できず
一瞬空白になった。

区役所でこぼした涙はその時だけ。

離婚裁判は大変だった。

申し立てをした私からすると
心が折れるほどの感情なんて
無用なことである。 

裁判って制度は絶対的に必要…
だけどある意味最低だと思った。

そして、私の弁護士は最高だった。

それでも養父のしたこと
それが、たった数人でもいい…
大人達が書面として認めたこと。

ここだけが今、
私が生きていられる細い繋ぎ。

そして裁判ってものを
ママは煉獄先生と一緒にしてる…
と、ずっと朧気に見てたヒヨコ…

長かった… 
長かったよね…ごめんね…
ごめんね…
終わった時にはヒヨコは
もう中学生になっていたのだから。

もうちゅう、やん…

どうしよう…
どうしてあげたらいいんだろう…

また、桜が咲きだしてしまう…
ヒヨコを何度でも外の空気へ誘おう。

ご飯をきちんと食べて
たくさん笑ってる
その中で不安の渦の中にいる
ヒヨコを私はどうしてあげられる…




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