東京横浜遠征②4/30

ゆっくり寝ようと思ったが起きたら8時ぐらいだった。

今回なんで遠征したかというと、平沢進のライブ参加のためである。羽田空港の手前のZepp HANEDAで行われる。

横浜から羽田までが24分ということに驚いた。首都圏はすごい!

ライブのために体力温存と思ってホテルでのんびりしようと思ったが、私はエスニック料理、特にタイ料理が大好き。ヤムウンセンが大好き。出かけた近くにタイ料理屋があると必ず行くことにしている。

昼食にとその店へ。横浜ビブレの斜向かいにあり、大変美味しいヤムウンセン。ビブレを冷やかしたあとホテルに戻り、化粧などして会場へ。

初めて乗った京急は、普段乗っている私鉄より体感で遥かにスピードが速い!蒲田でスイッチバックするのも楽しい。
会場最寄りの天空橋で降りると、明らかにヒラサワファンとわかる異様な人々(自分も含む)がホームに現れた。ガチ勢気合入ってる。いいんだか悪いんだか。

平沢ファンの男友達と合流。その友達の、同じくファンの女友達・フォロワーさんと初対面、だけど4人でお茶しながら好き勝手話してゲラゲラ笑う。みんなこの後ライブなのでわくわくしている。
お茶も飲んだし直前にトイレへと思ったらみんな考えることは同じ、女子トイレは長蛇の列。

整理番号2300。友達3人は1800台だったかな?と会場内で合流。バーの前だった。

ライブはもう、素晴らしかった。

BEACONのイントロでBEACONとわかった瞬間、感激して涙が吹き出した。

前回参加したのは息子を妊娠する前だから、余裕で12年以上経っていて、息子を産んでからの11年のつらさが一瞬で思い出された。死にたい時期は数え切れないほどあったし、鬱と躁の波もひどかった。BEACONのアルバムが出た2021年は息子2年生、今より100倍かんしゃくが頻回で脳が削られるような感覚、反射的に希死念慮、そんな日々を何度越えてきたか。そして昨年の不登校。地獄だった。

これまでのつらさを全部耐えて、越えて、今日がある。一人で平沢のライブに再び来ることができている。何もかもが更新された気分だった。私は一人の人間としてここにいて、かつてはいなかった友達と一緒にライブを観ている。

そんな記憶や感情が頭を駆け巡り、涙が出た。涙はだらだら流れた。首まで濡れた。でも涙を拭いたらその間平沢を見れなくなるので、まばたきで涙を絞り出して垂れ流しでライブを観続けた。そして息子(今更だが息子はかなりの、私を超える平沢ファンだ)と聴いてきた平沢の曲が流れるたびに、いつか息子も連れてきてやらないとなと思った。

ライブ最後の曲はQUIT。語りの「さようなら それだけです」を息子と練習したものだ。上手に真似できた方が勝ち。一緒にライブ配信を何度も観てきた。そんなふうに息子との関係には平沢が介在してきた。もう私の人生は息子との思い出が層になっているのだと痛感した。

ライブが終わっても涙が止まらないので、ロッカーから取り出したエコバッグで!涙を拭った。予約していたライブグッズを受け取り、4人のうち3人で蒲田へ行って飲み食いをした。店の対応はよろしくなかったが、料理はおいしかったので良しとする。

ホテルに戻る、まだライブは終わりじゃない、明日もあることがうれしい。

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