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ザ ボディ

 2028年9月5日、国会参議院において新臓器移植法案は先立って通過した衆議員に続き、いとも簡単に可決され、即日施行された。即日施行は珍しいことである。
 一刻も待てない議員がいるからだ。新しい臓器さえ有れば生きながらえる高齢議員が多い老害国会所以であろう。しかも全身が一気に新しい臓器となる。
 これほどの大きな案件ならば一揉めも二揉めもありそうだが、成立により誰も損がない、どころか、利益に預かる業界が多い。
 個人も同様である。当たり前だが基本的に団体は個人の集合である。構成員個人の意見よりも総意が空気となって個人の意見は封殺されていると思われがちだが、権力者の場合は少し違う。
 まさに、阿吽の呼吸であった法案の可決である。老若男女、貴賤貧富にいたるまでが、阿吽の呼吸により乗っかったがためか新聞・テレビ・週刊誌に批判的記事は無かったのである。ただネット上には批判意見はあったが、ええかっこしいだの、黙れだの圧倒的な法案賛成派の前にはなす術もないがごときであった。
 みんながドナーになるよりもドナーを得られると考えていたのだろう。戦闘場面において敵に向かって強力なマシンガンを打ちまくり、自らは被弾しても死なないし痛くもない戦闘ゲームの中の心境と同様なものである。

 銀座の裏通り、法案通過後の一か月後のある土曜日午後9時、場末の雰囲気もただよわせたバーの店内はカウンターに8人の椅子しかない。客はまばらだった。
 銀座は華やかな店ばかりじゃない。外れ街は若い綺麗なホステスが揃っていない。しかし気の利いたバーテンダーのいる店なら有る。それこそが銀座ならではだろう。
 田舎では探してもまずは無い店である。カラオケが五月蝿いスナックならどんな田舎でも見つけられるだろう。
 磨き抜かれた渋い光沢を発するマホガニーのカウンターのスツールに並んで腰をおろし、オンザロックをちびちび飲みながら新聞記者の丸山は言った。
「なんでも遅い政府や官僚だが、これはえらく早かったな。」
 高校時代からの友人で内科医をやっている真鍋はにやりと答えた。
「そりゃそうだろ、政治家もキャリア官僚も一番欲しいものを手に入れられない年齢層だ。なんとしても早く成立させないと自分の番に間に合わない。そうなっては一貫の終わりだからな。それこそ迅速に前向きに努力いたしました、ってとこだろ」
「法案成立後もう一か月が経過している。随分と参入者も増えたもんだな、そりゃそうだ命が買えるとなりゃ人の目の色は変わる。」
 丸山が言うと怪訝な顔で真鍋が問うた。
「どうやって命を買う。参入とはどういう意味なの」
「ドナーを買うってことさ。その代理業務を行うことが合法になった。中国で臓器売買が行われている情報は周知のことだろ。権力者や富裕層は臓器を買って命を永らえている、海外にも売られている情報もある。それが臓器だけじゃなく全身をそっくり買って自分の脳を移植して再生するってことさ。もうドナーどころじゃないボディそのものだ。そのボディを供給するビジネスだよ。生きている間に毎月の契約金を貰える」
「臓器を盗む話は聞くがボディとなると殺人が起きないか。もっとも法輪功信者は生体解剖で臓器を抜かれ結局は殺されるらしいが真偽の程はどうなんだろう」
「そこだよ、国会議員は老人も多く自分もその恩恵に預かりたいから危ない部分には目をつぶり見切り発車したと思う。なんと言っても金も権力も女にも貪欲で手に入れても、若さと健康はどうにもならない。中国はもっとえげつないよ。俺は中国駐在時代は臓器売買を取材する過程で知ることになったが、限界を感じた。深入りをするとまず投獄拷問を覚悟し生きて帰れる保証もない。正義と真実の追求なんて言うほど立派なジャーナリストじゃないよ」
「自分を卑下する必要はないよ、人道的な部分は他国を批判する義務まではない」
 真鍋の慰めにも似た意見に少し笑いを取り戻しては丸山は続けた。
「毎月のお手当てはいくらになるかわかったもんじゃない。日本が世界初だから訪日希望者殺到だろう。これでついに男も、娼婦のように体だけで大金を稼げる時代になった。しかも何もしないで。自然死するまでは生きていられる」
 さらに真鍋は訊いた。医者といえど、いや医者だけに金のことは気になる。看護師、受付の人件費に高額の医療機器のリース代金、医者一人の開業医は健康を害し働けなくなったら破産の道しかない。高額な保険に入るのは当然である。
「それはそうと、今は月額いくらの相場だね」
「今は20歳の男で身長175センチ以上体重70キロ標準で月額50万円から200万円だな。やはり顔や体しだいで数倍の開きはあるが、女の場合は10倍以上も差があるらしい。全額一度払いもあるようだ。最高の女だったらそうだろうな、女は美貌にこだわるからな。しかしボディになると巧妙な殺しを仕掛けられるだろ」
 丸山の説明に真鍋は相槌を打った。
「まあそうだな、その覚悟がボディには必要かもしれない。どうにも医者としての倫理観とかそんなもの超越しちゃってるよ。ま、不審死ではないことを証明するだけなんだが、薬物でもわかりやすいのは良いがまだ検出の難しいものとか新薬だとな疑わしきは罰せずと判断するしかない」
 それを聞いて丸山は気が付いて言った。
「自殺者の多くは金に困って追いつめられて決行するんだから、自殺者は減るってことだな。しかしボディになると殺人のターゲットになる宿命からは逃れられない。金を得ても命の保証は無い。」

「すでに百人のオーダーが来た。どうやら某国の石油関係者らしい。
五年契約で一人百万ドル払う契約だ。都合一億ドルになる。流石に中国共産党幹部の千人には及ばんな。なんせ人口が桁外れだ。十億ドルだ。腐敗汚職の凄さだ。幾ら金が有っても命が無ければ意味がないからな」
「凄いな、金への妄執が凄い奴は寿命にも貪欲なわけだ」
 真鍋はしみじみと言った。
「医者よりも月額200万円もらえればそのほうがいいかもしれん。医者はきつい仕事だからな。診察室から丸一日出られんし、次々に病原菌を持つかもしれん患者と会い続ける危険な労働より、何もしないでの稼ぎだからな」
 丸山は茶化して言った。
「ま、わからんでもない。俺なら月額100万円でもいいぞ、売る奴には事欠くまい。遊んで暮らせるからな」
 そこで丸山はブリーフケースから書面を取り出して真鍋に見せた。
「これはまだ誰にも見せてない、懇意な印刷屋で手に入れた版下のコピーだよ」
 保険業界は色々な商品を売り出した。他の業界からもいろいろな商品が出てきた。もちろん若返りたい、或いは死にたくない富裕層あての商品である。

■当社のゲンキデルバイは月々100万円から、3年以内に30歳未満の肉体(ボディ)を提供します。(登録するだけで発生する料金でありボロ儲けである)
弊社は「ボディ」の情報および在庫が業界一位です。WEB上から随時新しい「ボディ」をご覧になれます。一括払い価格は3千万円から2億円まで揃っています。新鮮な「ボディ」をご用意できます。■

 そしてイラストではあるが人体の図があり他人の人体に脳を移植する様が一例として説明されている。

「これを見たときには驚いたよ、法律上許されるのか。近い将来にボディを提供するなんて保証するってことは万が一自然死の提供ができない場合は殺人してでも提供するってことかな」
 真鍋は笑って言った。
「おいおい、そんなことはさすがにできないし広告もできないよ。しかし施行後一か月でもうそんな商品カタログがあるのか」
「あ、これはまだ版下のコピーだよ、さすがに昨日の今日じゃ保険屋にも どんな批判が飛んでくるかわからんだろう。社名はまだ乗せてない。流通するのはまだ先だよ。しがない俺でも記者の端くれだからこんな裏情報も取れる。
 このカタログのコピーも手に入れるのにはそれなりの苦労と言うかこれまでの手間暇をかけた賜物だぜ。業界にはいろいろな業界からの参入があるが、お互いに睨みあいでどんな広告が出てくるか生唾を呑んで待っている状態だな。なんせ先物取引業界やFX業界も相当入ってきてるからな。さすがにいつの時代も目を付けるのは早い業界だ。産業廃棄物関係と老人介護業界も太陽光発電業者も来てるな。それより、3年以内に提供しますって書いてあるぜ、そんな人間の脳死のボディを確実に入手するには殺人しかないだろう、と思うだろ。実は世界は広い、海外に目を向ければ幾らでも有るのが現実だよ。注文に応じて揃えちゃうことは否定できないがね」
「免責条項があるだろ、小さめの字でな。どれどれ」
 真鍋は丸山から受け取りじっくりと目を通した。
「あるある、小さい字だなどれどれ、万が一該当の商品がない場合および ご希望の商品がない場合は別紙による規定に基づき計算された金額でご返金する場合があります。なお、当契約締結後は上記の商品該当がない場合にあたり、双方ともに債務および債権は発生せず訴訟等の権利も無いこととします。やはりそうだろ」
「なるほど医者だけにその辺はお見通しだな」
「そりゃそうだよ、医療過誤だのなんだの訴訟はたまらんからね、免責条項をつけてもすんなりそのとおりには行かないこともあるからな。そのあたりは敏感なのが医者だよ。しかし商品とは恐れ入った」
「まあ、肉体と言ってみたり商品と言ってみたり、単なるドナーじゃないからな、普通はドナーになると生前に意思表示しても金にはならんが、これは相当な収入となる。今回の臓器移植法改正の最大の要諦さ」
「始まったばかりだからどうなっていくのかわからんうちにカタログを出すんだから保険屋も凄いね。人の生死の情報を掴むノウハウが豊富だろうし、まあ、脳死移植法案に関して事前にかなり情報を掴んではいるんだろうがね」
 丸山は嘆息してつぶやいた。
「しかし通らないと思われていたのに通ってしまった凄い法案だ」
 国内外の富裕層から歓迎され、医療ツアーを仕組めば殺到してくるだろう。つまり多額な外貨も稼げるのだ。
 保険適用診療はとてもじゃないが当分どころか半永久的に無理であろう。
 自由診療になるので破格の高額医療費負担が当然予想される。
 だから貧乏人には関係ない法案ではあったが、なんとなく自分にもご利益が回って来ると 悲しい誤解をするのが世人の常だ。

 不老不死の儚い夢であったことが現実に可能になった以上、全財産を投げ打っても若さと健康を買うだろう。いや命そのものを買うだろう。
 多くの資産家が誰よりも強欲であり吝嗇であることを否定する人は少ない。
しかし吝嗇な資産家でも自分の脳移植には流石に出し惜しみせずに出すだろう。
 実際に施術できる優れた医者と肝心のドナーつまり”ボディ”の供給は限られている。
 生きてるうちに施術を受ける為には上位の順番を確保しなければならない。
 当然ながら事前に多くの支払いを現金で治める者の勝利である。
 そこでは値引き交渉などは無意味である。クライアントは無限にいる。
 なぜなら供給が需給を満たすことは永遠にないからだ。
 表面上損傷のない若いボディが自然死する場合は極稀である。そこには殺人を否定できない因子がある。
 しかし新臓器移植法には恐るべき内容が隠れていたのである。
 買い取り予約が可能となったのである。
 患者は移植を受けるのでは無い、自らの脳を他人のボディに移植するのである、外観は他人となるが中身は新しい肉体を得た本人である。
 ボディは脳に支配されている。脳こそが人間であり人格であり、主人である。
 ボディは物体に過ぎず脳に従属して初めて存在の意味を持つ。
 そして医者の発行する証明書を市役所に提出すれば、新しい風貌が登録できる。
 免許証は勿論パスポートの写真も変更できる。ここまでも、新法案は合法としたのである。
 表面上は臓器移植に見えるが、脳移植技術そのものがほぼ完成の域に達した故に成り立った法案である。
 ロボット技術が精密なオペを可能にしたのだ。あらゆる神経のどれがどの神経なのかをほぼ自動的に検出する技術こそが脳移植技術の要諦であった
まさにロボット大国日本の独壇場である。
 世界中の興味を惹き、とくにセレブの高齢者は早くも日本へ押し寄せている。観光を兼ねて専用ジェットで来る人々が激増している。
 もうバイアグラなんてものにこだわらなくても、すばらしいスタミナを取り戻せるのだ。もしもボディが美貌の青年ならば金なんか無くたって女に持てるじゃないか。
 また、叔父さんの脳をうら若い女性のボディへ移植できるのである。これも大きな需要があるだろう。美女のボディを入手するのは簡単でない。性同一性障害の人々にはこれほどの朗報はない。完璧な女として堂々と生きていける。
 戸籍上も全く不具合がない。
 医師と手術ロボットのセットを取り敢えず一千億円で買いたいと中東の石油算出国からオファーが来ている。
 中国共産党の幹部と納入第一号の取り合いになって、ブローカーまで暗躍して札束が舞っている、そんな噂がネット上に溢れている。
 安山電機、西芝、日向製作所の医療ロボット製造メーカーの株価はウナギのぼりである。連日のストップ高でもう一ヶ月で2倍越えで、まだ値がつかない。全世界の脳外科医は既に報酬が三倍にもなった。いやそれ以上の噂も多い。


中国,瀋陽
“莉莉,你来你就出租车迟到不就快了。我因为那司机是唯一的米,我安静的人牢牢地把你来过了。”
而“知道妈妈,我会较长。这些突然仁王雅先生虽然取得了行李,我给你的玩具熊,这是一个困难的时间把一个袋子里。”
并要沿着长长的楼梯是一个非常。我们已经降低重包为一个变化。南特没有电梯和假名七一束虽然不是以某种方式。莉莉但今天例外喃喃如常。我被你到达机场的时间耗尽。
朋友,当我到达机场等着不少。
“你好,莉莉,你终于”
“谢谢你,能来这么”
“也许司空见惯的朋友”
莉莉说,面带微笑,转向看家伙。
“这会是不再能满足甚至再过一年,你,我想有些人认为结了婚,如果你回来孤独。我想还有一个孩子。”
王说。
“是啊,因为不想生下一个孩子,直到莉莉回家,我来买纪念品给宝宝。”
在一个屋檐下顿时笑声出现了。每个人都是年轻女性。这是同学在高中。已经十分之七的十五人已经结婚。

登机开始。莉莉是走倾斜身体随身携带的行李。这是全粉是什么熏鸡的最喜欢吃的辣椒腿。由于化妆品的爱不能随身总是在日本无法使用偏好产品已被推到了行李。
最终,飞机加速,开始经常航空旅行到成田机场等待日本的未婚夫看起来与日本的期待是没有看到。
中国、瀋陽
「莉莉、早くしないと遅れるよ。タクシーは来てるよ。あの運転手は大人しい男だけどメーターだけはしっかり入れているからね」
「わかったママ、もうできたわ。荷物作ったのに急に王さんが大きなテディベアをくれるんだもの、カバンに入れるのに一苦労だわ」
 長い階段を下りるのは大変だった。
 いつもと違って重いカバンを下げている。なんとかならないのかな7階なのにエレベーターも無いなんて。
 莉莉はいつものようにつぶやいたが今日は格別だ。空港に着くころにはヘトヘトだな。
 空港に着いてみると友達が沢山待っていた。
「ニイハオ、莉莉、いよいよね」
「ありがとう、こんなに来てくれて」
「当り前よ友達だよ」
 莉莉は微笑んでみんなを見まわして言った。
「もう一年間も会えなくなるのね、寂しいわ。帰ってきたら結婚してる人もいるよね。ベビーもいるでしょうね」
 王が答えた。
「そうよ、莉莉が帰国するまでには赤ちゃんを産んでおくから、赤ちゃんにもお土産を買ってきてね」
 どっと一堂に笑いが巻き起こった。みんな若い女たちである。大学の同級生だ。15人のうちすでに9人が結婚している。
 搭乗が始まった。キャーキャーと派手な歓声に送られながら莉莉は機内持ち込みの重い荷物で体を傾けて歩いた。
 大好物の鶏の脚の燻製や唐辛子の粉末やらで一杯だった。
 愛用の化粧品は機内持ち込みできないので日本では入手できない嗜好品が手荷物に押し出された格好である。
 やがて機体は加速し、フィアンセの待つ成田空港へのしばしの空の旅が始まった。


「もしもし丸山です。先生いますか、診療中なら後で連絡頂けるように伝言願えますか」
「少々お待ちください」
待機中の音楽が流れて曲名も思い出せないうちに真鍋の声が聞こえてきた。
「どうしたの朝から電話くれるなんて珍しいね」
「いや、仕事中にすまん。実はこれまで隠してきたんだが、実は結婚するつもりなんだ。」
「えー初耳だな。いつ誰と結婚するんだい、水臭いぞお前」
「いや、すまん。この歳まで独身で不甲斐ない俺だからな気後れしてね、実は相手は中国人なんだ。持てないおっさんが中国人が相手だと、金の力だと言われるんじゃないかと、いや直接言われなくてもね」
「何言ってんだ、国籍なんて気にする時代じゃないぞ、ダルビッシュの親父はアラブ系だぞ」
「すまん、なんか恥ずかしくて、実は歳が二十歳も違うせいもあってね」
「いやーでかした。お前、親父になれるぞ、医者として言うぞ、歳相応の妻なら四十歳超えるから子供は諦めろと言うところだった。五人はいけるぞ、少子化対策に貢献しろ、はは」
「そんな、お前みたいな金持ちじゃないぞ、大学まで行かせるなら一人がやっとだよ」
「しかしどこで知り合ったんだ。言葉は通じるのか、お前中国語なんてできたっけ」
「中国語なんて本当にチョットだけさ、中国で特派員を一年間やったくらいじゃ話せんよ、いつも社の通訳付きで取材してたんだ。実はその通訳が婚約者になったのさ。日本語科の大学生だったのさ。もう三年間スカイプでチャットしてきた」
「なーに案ずるには及ばんだろう。外国人妻の患者さんも来るがほとんど問題ない、何たって愛する夫がいるんだ、夫を大事にするのは今や大和撫子より外人さんだ。日本男性は優しくて思いやりがあると言うよ」
「俺も普通に接しただけだが、俺が女は苦手なのは知ってるだろ、何故か会った時からウマが合うというのか、説明は難しいんだが」
「それだよ、それが男女の仲ってやつさ、
日本の女は贅沢になり過ぎたよ、半ば冗談にせよちょっと前まで三高とか言っただろ、今は具体的に年収七百万以上なんてアンケートに答える」
「ハハそうだな、俺は今でも達してないし、一生無理だろうな。莉莉は、大丈夫足りなければ私が働きますと言ってくれた」
「リリと言うのか彼女は、どんな字なの」
「莉莉は草冠に利益の利さ、莉莉は愛称なんだ、本名はフアなんだ、フアは元々は中華の華なんだ、しかし簡体字なんで化学の化けるの下に十と書く。」
「ふーん、愛称の方が言いやすいな、苗字は何」
「苗字は、笑うなよ、ヘって言うんだ」
「いやどんな名前でも外国人だからあり得る、しかし漢字は何」
「何だよ、なんでもできる何なんだ、だからへフアが本名さ。あ、そうそう実は中国人だけど漢民族じゃない。イスラム教徒だよ」
「え、どういう事」
「少数民族の回族、回る族と書いて回族なんだ。見た目は中国人と変わらない、日本人にも見える。他の国から見たら日本と中国と朝鮮系は区別がつかんだろう。その中で回族なんて日本人なら知らないだろう。でもねよく観察すると漢民族よりも顔だちが優しい」
「ハハハ、それはお前の惚れた目にそう見えるんだろう」
「う、うん、そうかも知れん」
「ハハハご馳走様、さもなきゃお前一生独身だったかもな。良かったよ、俺が紹介した女性とは全部うまくいかなかったもの、いつも俺はダメな男ですなんて言うから相手が引いてしまったよな、まさか会話が難しいはずの異国の女性と恋するとはハハハ」
「いやその節は済まんかった」
「謝る必要なんか無い、縁がなかっただけだ、
ところでイスラム教徒は豚肉を食べないだろ、お前大丈夫なの」
「そこだよ初めは聞いて驚いた、宗教は禁じられていると思っていたが回族の自治区になったのは古いからか容認されている。中国東北部は回族だけじゃなく朝鮮族もモンゴリアンもいるし人種は様々だよ。それよりもナンチャッテイスラム教徒で戒律なんてほとんど守ってないからじゃないかな。日本人の仏教みたいなものだな。一緒に火鍋料理店などにも行ったが豚肉はガンガン食べていたよ」
「そうか、それは知らなかったな。ところで俺が中華料理、特に餃子が好きなのは知ってるよな」
 丸山は急にわざとらしく丁寧な口調になった。
「ハイ覚えとります。家庭を構えましたら自宅に招待しますので沢山召し上がってください」
元の調子に戻って
「俺はもう彼女の餃子は食べたよ。莉莉がママと一緒に作ってくれたが、兎に角、皮が美味い、のし棒を使ってクルクル回して器用なものさ、大半の女性は餃子の皮作りができるようだ。日本と違ってオカズじゃなく主食だもの、作る量が半端じゃない」
「それは楽しみにしとります。で、いつ結婚するの?仲人さんは決まってるの」
「いや、それよ、君に頼みたいのよ、駄目かな」
「おお、そうか、喜んで引き受けるよ、友人から頼まれるなんて本当に名誉だよ。しかし、なんだな俺の女房が早速新しい着物作らなくちゃとか騒ぎそうだハハハ」
「助かる、俺も先では出版社に転職も考えないでも無い、だから今の会社関係には頼みたく無いのさ」
「あ、そうなんだ、今日は随分驚かせるね、また相談にも乗るよ」
(先生患者さん見えましたよ)
電話に聞こえる看護師らしき声で丸山は慌てて言った。
「忙しいところ長々済まんかった。詳しくはメール送るんでよろしく、奥様にもよろしく」
「ああ、よく電話くれたよ、今日は愉快な1日の始まりだ、メール待ってるよ、それじゃ」
「ありがとう、じゃあこれで」
 電話を切り丸山はホッとした。とりあえずこれで順調に進むだろう。早めに成田に行こう。すでに花束は用意してある。
 どんな大きなカバンを持ってくるかも知れないのでレンタカーもクラウンを予約してある。トランクに入らないなら後部座席に積める。
フィアンセを迎える至福に浸っていた。


 莉莉は眼下に富士山を認めた。下手くそだが意味の分かる中国語と日本語でパイロットのアナウンスが教えてくれた。両方を聞き取れる莉莉は日本語を学んで良かったとつくづく思った。
 憧れの日本の婚約者まで見つけた。中国人の男には滅多に見たこともない謙虚で優しい日本人フィアンセだ。
 丸山が左の窓側に座りなさいと教えたとおりに座った莉莉は壮大な富士山の歓迎を受けたわけだ。

 成田空港国際線Arived出口、まだ莉莉の乗る便は到着してない。30分の遅れが案内モニターに出ている。
 久しぶりに成田まで来たのみならず、車を運転してきたのは初めてで疲れてしまった。。
 丸山は漸く成田空港へたどり着き初めて来日者を迎える緊張を味わった。
到着ゲートの出口の柵には大勢の出迎えがもたれかかって今か今かと待ち構えている。
 中国からの便が間もなく到着するので出迎え陣には中国語が飛び交っている。丸山が分け入る隙間も無かった。
 しかも到着は30分遅れるサインが有る。
丸山は少し離れた長椅子の端っこに腰を下ろすことにした。
 到着しても30分はイミグレーションで足止めを食うだろう。そう思ったのは誤算だった。
 やがて到着サインが出て30分も経つ頃腰を上げた。と、そこに特大のカートに特大のカバンを三つも積み上げて丸山を怒りの目で見つめる莉利が立っていた。
「どうして歓迎しない」
 莉利はストレートに怒りを表した。
 丸山は狼狽した。
「いや、ごめんごめんこんなに早く出てくるとは思いもしなくて」
「みんな柵のところで歓迎する。あなたはそんなところに座って、私を歓迎しないね」
「ごめんごめん、今行くところだった」
丸山は冷や汗をかいてしまった。
 もう破れかぶれで莉利を抱擁した。
 強い力で莉利は抱き返した。
 そして莉利は笑顔を見せて、丸山もまた顔面一杯に笑顔を満たした。
「よく来てくれました莉莉」
「よく来たよ旦那さん」

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