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◆怖い体験 備忘録╱第13話 祖父が来た話

あれは、実家を出て間もなくの頃でした。
その頃わたしは寮暮らしで、親の目を気にせず同年代の子たちと遊べる環境は目新しいことばかりで、それこそ毎日のように寝る間も惜しんで遊び歩いていました。

しかしだいぶ昔の話ですし、田舎暮らしのことでしたから、若者が遊ぶ場所など限られています。
せいぜいカラオケボックスか、ゲームセンターか、行きつけの飲み屋さんか。
そんな中、付き合った人の影響で、わたしは一時期いわゆる【走り屋】の集まりにのめり込んだことがありました。

今にして思えば若気の至りで恥ずかしいのですが、まだ恋愛経験もそれほどなかった頃のこと、少し悪そうな走り屋の彼氏には随分と熱を上げたものです。
だから、頭の片隅にはいつも「危険だ」というシグナルが鳴り響いていたのに、彼らがことあるごとに繰り広げる危険運転には、これと言って口を挟めずにいました。

週末ともなれば、近場の都市の駅前に集って危険運転に溺れる生活。
それが数週間も続いたでしょうか。
わたしは用事で実家に帰っていました。
久しぶりの実家で母が作ってくれたご馳走を食べ、なくなってしまった自分の部屋の隣にあった妹の部屋に布団を敷き、一度は寝静まった真夜中のこと。
わたしは「アサ、アサ」と自分の名を呼ぶ男性の声に目を覚ましました。
その声は、頭の上から聞こえてきます。
わたしは妹の部屋のドアの真ん前に布団を敷いていたので、その声が頭の上から聞こえていたのだとしたら、きっと何か用事があってわたしを起こしている父のものだと思いました。

「アサ、アサ」

更に呼ばれたので返事をしようとしたところで、わたしは馴染みのあの感覚に気がつきます。
はい。金縛りですね。
返事をしようにも指1本動かせない重い空気に気づいて、そこでわたしはやっとこの来訪が父のものではないことに気づきました。

金縛りにかかったことがある方なら、多分ほとんどの方にお解り頂けると思うのですが、あの時って、不思議と目が開いているか瞑っているかも判然としないのに、周りの景色は見えていますよね。
その時もはっきりと、廊下の薄明るい電灯の光を背に、ドアの前に立っている誰かの足が見えました。

浅黒くて細い、裸足の誰か。
その人は膝くらいの長さの黄色みがかった布衣のようなものを着ているようでした。
そこでわたしは気づきます。
これは、病院でよく患者に貸し出す服だと。
そしてどこかで聞き覚えのあるこの声と、細くなってしまった足は、もう何年か前に亡くなった祖父のものに違いないと。

─じいちゃん?

心の中で念じると、呼ぶ声は止まりました。
そして、その声はこう続けました。

アサ、おまえ、免許持っとるからって調子に乗って、道路飛ばして歩くんじゃないぞ。
運転は気をつけないと、じいちゃん怒るからな。

わかった、と、わたしは必死で心の中で頷きました。
すると、点いていたはずの廊下の電気がすうっと消えると共に、わたしの金縛りも解けたのです。

慌てて起き上がって辺りを見回しましたが、そこには誰もおらず、しかしドアだけはまるで本当に誰かの来訪があったかのように、少しだけ開いていたのでした。

結局、それから幾分も経たずにわたしは当時の彼氏と別れることになりました。
何が原因だったかはもう思い出せませんが、もしかすると危険運転を心配した祖父が別れさせてくれたのかも知れません。

しかし、よく漫画などで描かれるオバケには足がない表現も多いですね。
でも、わたしのところにやってくる人たちは結構な確率で足が、もしくは足だけがはっきり見えていることが多かったです。

それにしても、亡くなってからも心配して来てくれる祖父には今も感謝しかありません。
みなさんの元にも、誰かが来てくれたことはありますか?

それでは、このたびはこの辺で。

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