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◆怖い体験 備忘録╱第11話 ペンションにて

前回登場した彼とは、3年ほどお付き合いしました。
これは、その彼とF市にあるペンションに泊まった時のお話です。

F市は、数多くの映画やドラマの舞台にもなった景勝地で、以前から一度そこに行ってみたいね、とよく彼と話していたのです。
ちょうどお互いに時間の取れたある夏、張り切ってお洒落なペンションを予約し、出掛けて行きました。

そこは、本当に童話に出てくるような可愛い作りのログハウスで、一階は暖炉のついたリビング、二階はロフトにふたつのベッドを置いた寝室になっていました。
宿を確認すると、わたしたちは浮かれながら手を繋ぎ、観光と食事がてら街へ繰り出しました。

F市は一大観光地なので、それはもう大はしゃぎでそこらの店一軒一軒を見て回ったものです。
その頃、地元ではあまり見かけなかった素敵なカフェで食事をし、宿に戻ったのは夜の7時頃でした。
真夏のことだったので、一日中外ではしゃぎ回ったわたしたちは汗だくです。
彼がすぐに「風呂入るね」と言い、シャワーを使い始めました。

あれは、彼がバスルームに行ってすぐのことだったでしょうか。
確か、わたしはリビングに座って買い物した雑貨などを広げながら、テレビを見ていました。
大好きな彼と過ごす、楽しい非日常の時間。
まだ若かったもので、頭の中にはピンクの波動が満ちていたかも知れません。

しかし。
その時ふと気づいたのです。
リビングの窓から、人の気配がすることに。

窓は、細長い片開き式で、ブラインドがついていましたが、上げたままになっていました。
そこから誰かに覗かれているような気がしたのですが、誰も居ない。
気のせいかと、また視線をテレビに戻すと、何度か影のようなものが窓の辺りを横切るような感覚がありました。
居間には、わたし1人きり。
怖くなったので、一瞬シャワールームまで行こうかとも考えましたが、わたしは楽しい気分を壊したくなかった。
だから、勇気を出してブラインドを下げ、慌てて元いた場所に戻り、何も感じなかったことにしようと心に決めました。

さて、自分もシャワーを使って居間に戻ると、さっきまではしゃいでいた彼は、少し物静かになっていました。
しかし特にあの件については気づいている様子もなかったので、わたしたちは乾杯をして飲み始めることに。
結局、呑んでいるうちにだんだん楽しくなってきたわたしは、怖い気持ちもすっかり忘れかけていました。
いい加減に夜も更けて、話も弾み、大好きな彼ともいい雰囲気に……

と、思ったのも束の間。
突然、部屋の電気がフッ…と暗くなりました。
瞬間、わたしはさっき窓のところにあった気配のことを思い出し、息を呑みました。
彼は、どういう気持ちだったのでしょうか。
今となっては聞く術もありませんが、とにかく電気が消えたことに「お?」と驚いた彼は立ち上がり、それでも笑いながらライターの火を頼りに、電気のところまで行きました。
「なんだろ、接触不良かな?」と、明るい声が聞こえたので、わたしも些かホッとしたのです。
このペンションの電気は、スライド式で明るさ調節ができるタイプだったので、緩くなったスライド部分が勝手に下がってきてしまったのではないか、と結論づけ、わたしたちはまた飲み会を再開しました。

ところが。
ツマミを上げて点けたはずの電気が、またフッと消える。
おかしいなあ、とか何とか言いながら彼がまた電気を点けに行くのですが、しばらくすると、また消える。そんなことが3,4回続きました。
わたしはまた少し怖くなってきましたが、やはり楽しい気持ちを壊したくなかったため、引き続き窓の気配のことは黙っていることに決めたのです。

結局、あまりに埒があかないため、2階に移動して寝る準備を始めようということになりました。
2階はフォークロア調の可愛い寝室です。
ベッドは窓側と階段側にひとつずつあり、それぞれにギンガムチェックの可愛らしいカバーがかけてありました。
インテリアだけ見れば『これからここで彼とイチャイチャドゥフフwww』となるところだったのですが。

2階に上がった途端、昼間は感じなかった寒気がぞくりと背中に這い上がってきました。
さっき気配を感じたのは窓だったのに、どうにも手前の階段側が怖くてたまらない。
わたしは何気なく「わたし、窓側のベッドがいいなあ」と言いました。
すると、何故か彼も「いや、俺が窓側で寝るよ」と言います。
「いや、わたしが」「いや、俺が」のターンが何度か続いたでしょうか。結局、窓側にふたつのベッドをくっつけて寝ようということになりました。

まぁ、若かったのでそれからの時間はご想像にお任せしますが、とにかく、異変が起きたのは深夜の2時過ぎでした。

わたしは「おい、おい」と呼ぶ彼の声で目を覚ましました。
何かと思って起きてみると、彼は半分寝ているかのように目を閉じています。
「どうしたの?」と尋ねると、彼は恐るべきことを口にしました。

「おい…足 つかむなよ…」

ゾッとしたわたしは半ば悲鳴を上げて彼を揺さぶり起こしました。もちろん、わたしは彼の足なんか掴んでいません。
わたしに起こされた彼はむしろ驚いた様子で
「何!? さっきから!」と少し怒りながら起き上がりました。

そこから、わたしが足など掴んでいないことを説明すると、彼は「嘘でしょ」と真っ青になってしまいました。
聞けば、さっきから何度も両足首を掴んで引っ張られるので、わたしがイタズラをしているのだと思ったのだそうです。
そこからはもう、ろくに眠ることができませんでした。
わたしたちは互いに身を寄せ合い、外が明るくなるまで、そうしていました。
明け方に少しだけ睡眠を取れただけマシだと思うより他ありません。
聞くと、実は彼も到着した時からただならぬ気配を感じていたのだそうです。
お互い、この宿は何かがおかしいと気づいていたのに、楽しい気持ちに水を差されるのが嫌で黙っていたんですね。

朝食を取る際、この宿のご主人らしき方と対面したので、昨夜あったことを話してみようか迷いましたが、結局話すのはやめにしました。
もし、本気でいわくつきの宿だったりなんかした日には、もうここから先の旅行など楽しむ気分にはなれそうになかったからです。

最後に、ドッと疲れたけれど「せっかく思い出のひとつなんだし」ということで、彼が宿の写真を撮りました。
当時はまだスマホがなかったので、カメラで。

そして、帰り道にわたしが運転する車の助手席で、彼が現像した写真を見ていた時のことです。
突然彼が「うわ!!」と叫んだので、わたしは驚いて「何!?」と尋ねました。
彼は真っ青になってわたしの方を見ながら一枚の写真を差し出し「見てよ…これ見てよ…」と言い出しました。
嫌な予感はしましたが、仕方なくわたしはパーキングに車を停め、彼の差し出しす写真を手に取りました。

そこに写っていたのは、あの宿の外観です。
「これが何?」と尋ねたわたしに向かい、彼は顔を覆ったまま「窓、窓」と繰り返しました。
えぇ?ともう一度写真を見直すと、わたしたちが泊まった既に誰もいないはずの部屋の2階の窓には、はっきりとスーツを着た男の人がこっちを見ている姿が写っていたのです。
半透明のそれは、もうどこからどう見てもこの世の方ではないのでした。

せっかくの思い出だから、と撮ったこの写真は、結局処分する運びになりました。
後日、霊感の強い知り合いに見せたところ
「ここだけじゃないよ。ここにも、ここにも」と、複数のおかしなものが写っているのが判明したからです。
しっかり彼の知り合いのお寺でご供養してもらい、とりあえずその後は何も起きませんでした。

彼とはその後1年くらいでお別れしてしまいましたが、今でもF市に行くと彼のことを思い出します。
わたしがすっかり霊感がなくなった今も、彼は相変わらず霊感に悩まされたりしているのでしょうか?
だとしたら、本当に申し訳ないです。

それでは、このたびはこの辺で。


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