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◆怖い体験 備忘録╱第10話 霊感は伝染する?

若かりし頃、お付き合いした人がいました。
豪放な性格で、絵に描いたような体育会系、頭っからオバケなど信じない類いの人種です。
なので、わたしが多少そういう傾向があるということを打ち明けた時も、粛々と肉体的金縛りのメカニズムを説明されたあと、俺がいるから大丈夫だよ、と言われました。

さて、お付き合いを始めてどれくらい経った頃でしょうか。
ひょんなことから職場の仲間と肝試しに行く流れになってしまいました。
お察しの通り、わたしはあの手のイベントが苦手です。
何故好き好んでこの世ならざる者と遭遇しやすい状況を作ってまで飛び込んでゆくのか。それは、全くそういうものが見えなくなった今も変わらない疑問です。

しかしまぁ、この時は、出来たばかりの彼氏が行くと言って聞かないので、相当に嫌々ながらついて行くことになりました。

わたしが若かりし頃は、ポリティカルコレクトネスの概念なども、多分まだなかったんじゃないかと思います。
また、職場も競走馬の牧場だったため、男性職員が9割という環境は、まだマッチョイズムが厳然と息づいていました。
なので、こういうイベントになると傍らに女子を侍らせた男子たちが俄然わが男らしさを誇示しようと張り切ってしまう。
わたしの彼も多分に漏れず「俺の後ろに隠れてろよ」なんてカッコいいことを言いながら、目的地である慰霊碑に向かって、わたしの手を取り歩き出しました。

しかし、ですね。
街灯もほとんどない暗闇のバカ広い牧場の慰霊碑なんて夜中に近寄るものではないと言いたい。
行く途中からもう、何か黒いザワザワした影みたいなものがふと横切ったりしていました。
わたしはがっしりと彼の背に捕まって怖い怖いと騒いでいましたが、終いには怖さのあまり喋る気力もなくなってきました。
話しかけてもわたしがだんだんと返事もしなくなったことで、少し怖くなってきたのでしょうか。
慰霊碑につく前に彼は足を止め「そんなに怖いなら帰ろうか」と言いました。

結局、自分の足元さえ覚束ない暗闇の中でゴールまでたどり着いたのは、職場一怖がられていた先輩だけで、あとはみんなリタイア、という結果になったそうです。
そこまでは良かったのですが。
異変が起きたのは、次の日の夜でした。

その頃、彼とはひとつ布団で寝ていたのですが、夜中に妙な声がして目を開けると、また例のごとく金縛りにかかっていました。
わたしの経験上、起きた時にかかっている金縛りは大体あんまりよろしくないやつです。
昨日の肝試しで何か拾ったのだろうか…などと考えていると、また声がする。

うぅ……うぅうう……
と、この部屋ではあまり聞いたことのなかった苦しそうなその声は、どうやら隣の彼から発せられているようでした。

しばらくすると、わたしの方は起き抜けにかかった割には、結局何も起こらないまま徐々に金縛りは解けていきました。
ただ、彼の唸り声は続いていました。
霊感など皆無の人だったので、こんなタイミングでうなされてるのも不思議だな、と思いつつ、あまりに苦しそうなので身体を揺すると、途端に彼はカッと目を開き、わぁ!と叫びながら起きたのです。

いつでも泰然自若としている彼が、本気で何かの恐怖に慄く様子を、わたしはこの時初めて目にしました。
驚いて「どうしたの?」と尋ねると、彼はわたしにしがみつきながら
「生まれて初めて金縛りにかかった」
と言いました。
わたしたちは、どうやら同じタイミングで金縛りに遇っていたようなのです。

昨日の肝試しで何か拾ったのかも知れないね、と言うと彼は更に顔を強張らせ、やめてよ!と叫びました。
結構な剣幕に驚いていると、彼はわたしに ぎゅっと抱きつき、小さな声で「間に、誰か寝てたんだ…お前とおれの間に…」と言いました。
何と、日頃からそういう体験をしていたわたしは金縛り以外何も感じなかったのに、それまでオバケなど全く信じなかった彼の方が、金縛りにかかっているわたしたちの間に、何か別なものが横たわっていたと言い出したのです。

とりあえず夜中だったので、その時は再び間に何も入らないように、ぎゅっとくっついて寝ました。
彼は朝までほとんど寝つけなかったようです。
次の日の朝は、部屋の何ヵ所かに盛り塩をしました。

この事があってから、彼がわたしの体験を軽視することはなくなり、彼が肝試しに参加することもなくなりました。
ただ、これを境に彼は、それまで全くなかった様々な心霊体験に遭遇するようになったのです。

付き合ってる時、たまに彼に「おまえに霊感をうつされた」と言われることがありました。
風邪じゃあるまいし。
霊感って、伝染するものなんでしょうか?

本当のところは何ひとつ解りませんが、その後、今の旦那様と結婚してからまったく霊感がなくなったところを見ると、彼にも元々素養があったのではないかと思うわけです。

それでは、このたびはこの辺で。


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