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奈良本屋めぐり

 昨年9月に近鉄奈良駅の南側を、一昨日には北側を歩いて回ったので、その記録をここに記しておく。


昨年南側


ふうせんかずら


 まずは昨年の南側から。そもそも、ならまちにできた「ふうせんかずら」という無人のシェア型書店がお目当てであった。オープン当初メンバー登録だけして長く訪れていなかった。昨年、9月に重い腰を上げてたずねてみた。ところが、入手していたIDはもう使えなくなっており、その場でまた登録し直して店内に入った。人は誰もいない。1つ1つの棚をじっくり見て回って、志賀直哉とモームの2冊を購入。自分でいろいろと手続きをして支払いを済ませる。そしてセルフサービスのインスタントコーヒーをカウンターで一杯いただいた。そこで、奈良の書店マップを見つけたので、ついでに近くを見て回ることにした。
   

 

智林堂・いかり文庫・柘榴ノ國


  実は、「ふうせんかずら」に到着するまでに、たまたま道沿いにあった「智林堂書店」をのぞき、梅原猛の上下巻を入手していた。その後、マップ片手に「十月書林」を見つけるが臨時休業との貼り紙。狭い道を通り「いかり文庫」に入る。コーヒーのいい匂いをさせながら店主がくつろいでいらっしゃった。建物の一室を借りているという感じ。棚を一通り眺めるが欲しいと思えるものは見つからず外に出る。このあたりの細い道で鹿を発見。それから、大通りまで出て「柘榴ノ國」を探すもいったん見逃す。再度戻ってみるとコルゲンコーワのマスコット人形にかけられた古本の看板を発見。狭い階段を上がると2階はハードロックをバックミュージックにどっさりの本。一つの棚に三島由紀夫のオレンジのカバーを多数発見。その中からまだ手元になかった5冊をいただく。(1冊はダブっていた。)他にも興味をそそられるものはあったがぐっとこらえた。ここまではすべて古書店。最後に近鉄の駅前で「啓林堂書店」をのぞいて、専門書は減ったなあなどと思いながら、駅前の売店でお土産の奈良漬けを買って帰る。

今年北側


 まだまだ、回れていないお店もあったので、今回、第2弾を決行。実は、「ふうせんかずら」では朝7時半からおむすび屋さんが開店している。その評判がとてもいいので、そこで朝食をとるというのがもう一つの目的であった。ということで、人も多いし、ホテルの値も張るのだが、奈良観光もかねてゴールデンウイーク中に2泊した。初日は「光る君へ」にも登場した春日大社へ。
 


  2日目朝、9時半がラストオーダーということだったのでそれまでにと思って妻と2人で出かけるもすでに完売。残念。ということで、帰り道のパン屋でモーニングをいただいて、ホテルに戻る。妻は部屋でのんびりと日頃の疲れを癒し、私は一人本屋めぐりをした。
   
 

大学堂・カフェモカロン・ほんの入り口・ゆりゆり・ヌリタシ


   今回は駅の北側を中心に。いまマップを見比べると2つは数が増えている。パッと見に4つ増えている。「実験する本屋 ヌリタシ」「BO/OK」「桂雲堂 豊住書店」「カフェモカロン」ということは単純計算だと2つは減ったことになる。まあ、どこが消えたか探すのは良そう。そして、新しく名前が載った4つのうち「BO/OK」以外は訪れたことになる。商店街に入って近い方から、「大学堂古書店」。値打ちのありそうな書籍が雑然と並べられている。残念ながら自分に興味のあるものを発掘できず。少し進むと「豊住書店」シャッターは締まっている。試しに横のドアを押してみるがこちらも施錠中。さらに「ベニヤ書店」もお休み。仕方なく、奈良女子大の周りを右回りで「カフェモカロン」へ。本日イベント中とかで女性が外に立っていらっしゃった。声をかけて少し中を見せてもらうが、絵本と雑貨などで長居はせずに出て来る。次は「ほんの入り口」県立大のすぐ近くにあり、トークイベントなどもされているようす。新刊本を扱っているお店なので、清潔感があり、おしゃれな感じである。まだまだ空間には余裕があるようだった。「入り口」と名前をつけいらっしゃるだけあって岩波ジュニア新書、岩波ジュニアスタートブックス、ちくまプリマー新書、ちくまQブックス、NHK出版 学びのきほんなどが多めに並んでいた。できればもっと圧倒される数があると良いなと思った。佐保川沿い女子大北側を歩いて「ゆりゆりBooks」。狭い店舗に絵本が並べられている。安野光雅で持っていないものもあったが、思いとどまった。すぐ隣に、新刊を扱う「ヌリタシ」。ご夫妻で週末中心にオープンされている様子。うらやましい。こちらも、「ほんの入り口」と同じで空間をとても贅沢に使われている。私の町の本屋のイメージは壁一面に本棚があり、本がぎっしりと詰まった状態だったので全く雰囲気は違う。若い人たちには明るく清潔感があって良いのかもしれない。

個性的なお店たち


 ただ、各地で昔ながらの書店や大型書店などの閉店が続く中、新たに個性的なお店がオープンしているのは頼もしいのだが、割と品揃えが似通ってくるような気がしていて、そこに少し物足りなさを感じさている。いろいろと大人の事情はあると思うが、思いっきり振れ切って、ジャンルをしぼったりするのもいいような気がする。そういう点では、鈴木保奈美がBSテレビ東京でやっている「あの本読みましたか」で登場した旅の本屋などは面白そう。三島の話なんかで盛り上がっているときも、本当みんな楽しそうでうらやましい。それはともかく、商売として、継続していくのはなかなか大変なんだろうなあ。私も若いころから、京の町屋で本と雑貨を売りながら奥では読書会や勉強会、たまには音楽会や芝居、舞踊などのできる空間を作りたいと思ってきた。あと1年で定年退職すれば時間はたっぷりできる。あとはお金と場所と覚悟。まあ一番ないのは覚悟だなあ。
 

奈良女子大

 さて、結局、その日は収穫なしかと思いホテルへ戻ろうとしていると、奈良女子大正門が空いており、重要文化財の建物が一般公開されている。それで、ぶらぶら散歩がてら中に入ってみた。なかなか素敵な建物で、2階の窓から見る若草山の姿も大変美しかった。

桂雲堂豊住書店


再チャレンジ


 その後、商店街を南へ戻っていくのだが、行きに閉まっていたドアを念のためもう一度押してみた。中に人影が見えたからなのだが、そうしたらドアが開いたのだ。店にいたのは店主のようである。「まだ準備中なんですが、良かったらどうぞ」とのこと。私は図々しく棚を見せてもらうことにした。店舗も割と広く、しっかりした大きな棚が所狭しと並んでいる。準備中ということでまだ本が並んでいない棚もあるが、興味をそそられる本が多く見つけられる。「まだ値段がつけられていないものもありますが、聞いてもらったら言いますよ。お安くしておきます」とのこと。掘り出し物はないかとちょっとドキドキする(と言っても転売して儲けようとかそういう気はさらさらない)。どれをあきらめてどれを手にするか、そこが悩みどころなのだ。でもその時間が一番心躍るわけでもある。

岩波新書と岩波文庫


 岩波新書と岩波文庫、岩波現代文庫などがびっしりと詰まった棚に私は足を止めた。私は端から端まで2回眺めまわす。店主は「岩波は全部半額です」とおっしゃっている。なるほどこれはいわゆる新古本なのだ。岩波は買い取りだから返品が効かない。少しお話を聞くと過去には新刊本の本屋として営業されていたが数年前に閉じてしまった。残ったままの在庫を売りさばくために古本屋として再開するための準備をされているとのこと。私が「マップに出ていたもので」というと「準備中とは言ってるんですけどね」と苦笑いされていた。岩波は半額、少しホコリはかぶっているものの、そんなに焼けていないし、状態は悪くない。私はもう岩波から何冊かを選ぶことに決めていた。現代文庫が割とある。いつも欲しいなあと思うのだが、文庫の割に値が張るのでなかなか手が出せないでいる。河合隼雄や上野千鶴子で読みたいけれど入手できていないものがある。とても悩んで悩んで悩んだあげく、結局手にしたのは山口昌男の「道化の民俗学」。シェークスピアを読み、河合隼雄の「影の現象学」を最近読んだので道化に興味を持っていた。その流れで読んでみようと思った。中身を数行読んでみて、何とか読めそうかなと自信が持てたので購入を決める。後は新書から。まず手にしたのは網野善彦の「日本社会の歴史」上中下が各2冊ずつある。それぞれきれいな方を抜き取った。これは早い段階で買うと決めていた。そしてもう1冊、宮田登「神の民俗誌」。一度見つけて、候補には上げていた。もともと宮田先生の本はあまり読めていないので、どこかで見つけたら読んでみたいとは思っていた。けれど、梅棹忠夫とか梅原猛とかに比べると優先度が低めで、なかなか入手していなかった。よし、今日はここまでと決めて店主に申し出る。電卓をたたいてお支払金額が決まる。ざっと2300円ほど。大収穫である。私はリュックに本を入れ、足早にホテルに向かう。しばらくして、写真を取り忘れたことに気付き、戻って外観を写す。1つはかなり古い木でできた看板で、字は読めなかった。新しく作った金属製の看板には「豊住書店」とある。

創業慶應三年


 私はホテルの部屋に戻ると、今日の収穫はこれだけだと妻に見せた。そして、その5冊の本が入っていた紙袋を見て驚いた。そこには創業慶應三年とある。

   ここで私はことの重大さに気付く。ネットで調べ始める。3年前に店主ご夫妻が亡くなられ、江戸時代から続く書店の歴史に幕を閉じられたとのこと。閉店間際には相当多くのファンが集まった様子だ。店主ご自身が相当本好きだったようで、救急車に運ばれるときも文庫本を2冊ポシェットに入れて行ったとか。タイトルが分からなくても、お客さんから話を聞きその内容から本を探し出すとか。そういうエピソードに胸が熱くなる。司書でもそうだけれど、そういうプロフェッショナルがどんどんいなくなっていくのだろうなあ。さびしい限りだ。

現在の豊住書店


 さて、私が出会ったのは、その店主の息子さんのようだ。いまは残った在庫と、お父様やおじい様が残された本を古本として売り出す準備をされているようだ。相当古い雑誌類もあったし、研究者にはたまらないだろうなあと思う。そんな中に、なんにも知らない私なんかが紛れ込んでしまったわけだ。ファンの皆さんには本当に申し訳ない思いでいっぱいだ。古本屋としてちゃんと再開されたらまた訪れたいと思います。
 帰り際、「長居をしてしまってすみませんでした。」と言うと、「在庫が減って助かります。」とのお言葉。もっとも、うちは在庫が増えて増えて、読むよりも買うスピードの方が早いものだから、我が家は困った状態になっている。といったようなお話をTwitter(X)で、書店のアカウントをフォローした上でつぶやいてみると、現店主さんから、「棚を増設してください(冗談です)」とのご返信。私も「本棚ほしいです。」と書くと、今度は家具屋の店長さんがそれにいいねをつけてくださる。なんともまあ、このSNSというのは不思議なものだ。まあまあ、こういう不思議なご縁で、私も新参者ながら「豊住書店」さんのファンにならせていただければと存じます。

お父様と私の父


 個人的な話をすると(ずっと個人的な話だが)、私の両親も5年前に相次いで亡くなった。母が亡くなって、2週間後に追いかけるように父が亡くなった。そして、父は町屋大工として50年、その後は趣味で10年五重塔の模型などを作り続けた。正真正銘のプロフェッショナルだった。そんなこともあり、親近感が持てたのだった。

翌朝


おはなさんのおむすび屋さん


 次の日の朝、おむすびはテイクアウトして食べた。おいしくいただきました。ごちそうさま。 
   

                                                       
     2024年5月6日


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