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「面倒くさいことを持ってくる人」は「問いをもたらす人」——YAU SALON vol. 13「『アーティスト・イン・デイサービス』から読み解く、福祉の現場とアート」レポート

2023年7月19日夜、有楽町ビル10階のYAU STUDIOにて、YAU SALON vol. 13「『アーティスト・イン・デイサービス』から読み解く、福祉の現場とアート」が開かれた。

「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホスト役となって、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わすトークシリーズ。

第13回のテーマは「福祉の現場とアート」について。YAUの活動に舞台芸術の領域から関わる一般社団法人ベンチが、埼玉県東松山市の医療法人保順会と協働して2022年からスタートした、アーティスト・イン・レジデンス「クロスプレイ東松山」。高齢者が日中を過ごすデイサービスの空間にアーティストが滞在し、作品制作などを通じて高齢者や職員と交流する過程から、「アート」と「福祉」双方に、さまざまな変化や気づきが生まれはじめている。今年1月にはそのひとつの成果として、アソシエイトアーティストである白神ももこ(振付家・演出家・ダンサー)による公演「どこ吹く風のあなた、ここに吹く風のまにまに」が開催された。

今回のYAU SALONでは、スタートから1年が経過した本企画を、ベンチの武田知也と藤原顕太が振り返りながら、「アーティストを“先生”にしない」関係性のデザインや、感じた手ごたえなどを紹介。また、白神がアーティストの視点で、福祉の現場からあぶり出された「アーティストという存在」に関する気づきを会場からの意見をまじえて語った。

イベント当日の模様を、福祉や文化芸術の記事制作に携わるライターの遠藤ジョバンニがレポートする。

文=遠藤ジョバンニ(ライター)
写真=Tokyo Tender Table


■アートの回路を埼玉の高齢者福祉施設へつなぐ「クロスプレイ東松山」


当日はまず、武田が、「一般社団法人ベンチ」の成り立ちと「クロスプレイ東松山」が始まった経緯について説明した。

武田知也氏

近年、アートの分野においても福祉や医療との関わりが深まっている。舞台芸術出身の武田もまた、高齢者と協働する舞台制作の経験から、福祉的なテーマを扱いたいと考えるようになり、2021年に障害者の芸術活動支援に携わっていた藤原を誘い、ベンチを立ち上げた。アートプロデューサー・コーディネーター・マネージャーのコレクティブとして「地域社会と芸術との関係性を更新する事業」を手掛けるべく、法人の立ち上げと並行して埼玉県東松山市の医療法人保順会とも協働のかたちを探っていた。

保順会が経営する「デイサービス楽らく」の施設長を務める武田奈都子はアートマネージャーの経歴があり、ケアの現場に文化的なことをインストールする機会をうかがっていた。2019年に楽らくの移転が決定したタイミングで、施設にアーティストが滞在して作品を制作できるレジデンス機能を新たに加える構想が持ち上がり、実現に向けてベンチとともに議論を重ねていった。

かくして2022年6月に、宿泊できる部屋や制作に使える多目的スペースを備えた「デイサービス楽らく」が竣工。翌7月からアーティストが定期的に滞在し、利用者やスタッフとともに日々を過ごしながら制作を行う「クロスプレイ東松山」が始まった。

藤原顕太氏

デイサービスは曜日ごとに利用者が異なり、月曜から金曜までの日中で、それぞれ25名程度の高齢者が、リハビリや入浴といった必要な介護サービスを受けながら、食事やレクリエーション活動などをして過ごしている。

「クロスプレイ東松山」の目的は、そうした利用者やスタッフとアーティストが、時間を共有し、作品制作などを通じて“文化的な交流”を図ること。

決まった人間関係のなかでどうしても閉じたコミュニティになりがちな利用者やスタッフも、プロジェクトが始まって以降、アーティストが素朴に投げかける「楽らくという居場所」への新鮮なまなざしによって、「この利用者さんってこんなことができるのか」や「介護ってじつはこういう意味合いがあるのかも」などといった発見が生まれ、関わり方の変化や思考の転換につながっているという。これまで6組のアーティストが楽らくを訪れ、一緒に日々を過ごしてきた。

藤原は「どうやったらアーティストと利用者、スタッフが対等な関係で関われるのか考えた」と述べ、アーティストを“レクリエーションの先生”として扱うのではなく、あくまで“施設で過ごすアプローチ”を重要視したとコメント。そうすることで、アーティストと施設にいる人たちのなかで関わりが自然と生まれ、さまざまな現象が巻き起こっていると、日々の様子を紹介した。

■アーティストが見つけた福祉の現場に宿るクリエイティビティ


続いて、2022年1月から7月にかけて断続的に楽らくへ滞在した白神が、最初の滞在で抱いた驚きや当時の印象をこう振り返った。

白神ももこ氏

「楽らくの空間に入っていちばんに、『ちょっとこれはいつもの感じでは太刀打ちできないぞ』と思いました。なぜなら、スタッフがもうすでに立派なパフォーマーだったから。利用者の前で堂々と歌って踊れて、演奏もできて、ユーモアたっぷりに面白いことを毎回言える。毎日のレクリエーションで日替わりの利用者を相手に、同じプログラムを寸分違わずこなしている。そこで、“ここのデイサービスは舞台と同じだ”と気づいたんです」(白神)。

デイサービスのスケジュール自体は同じでも、その日に寄っている人間が違えば、毎回異なる出来事が巻き起こっていく。そこへ即興的に対応していく「クリエイティビティ」が福祉の現場に宿っていることを知った白神は、「楽らくの日常」を舞台上で再現した公演「どこ吹く風のあなた、ここに吹く風のまにまに」(2023)を制作するに思い至った。

左は進行役を務めたYAU運営メンバーの深井厚志氏

■どこ吹く風のあなた、ここに吹く風のまにまに


公演は、楽らくと東松山市民文化センターの2回にわたって行われた。楽らくの机と椅子が置かれた舞台には、白神をはじめデイサービスの利用者やその家族、スタッフが上がって、観客はその様子を囲むように見守る。公演中は、実際の楽らくと同様に、みながその場で過ごしていく。朝の会や塗り絵、それぞれの十八番を披露する「一芸発表会」、観客を巻き込み会場全体で行われるレクリエーションなど、「歳を取ったらこんな施設に入りたい」と会場の観客から声が上がるほど、デイサービス楽らくの一日を追体験する内容となった。

イメージギャラリー観客にとっては誰がアーティストで、誰がスタッフなのかわからない。武田は、この状況によって「舞台上でケアをしながらも、ケアを受ける人が主役となり表現となっていく。その反転した状態が素晴らしかった」と語った。

東松山市民文化センター公演では、公演参加を希望する利用者の会場への送迎など、楽らく側にも大幅かつイレギュラーな業務が発生した。武田は、そうした状況を乗りこえるなかで「固定されがちな日常範囲の業務を飛びこえて、デイサービス自体がまるでひとつの劇団のようになった」と福祉施設側の変化について言及。

それに対して白神も、「普段何気なく使っている舞台や施設だったが、楽らくスタッフの視点を借りながら、車椅子の動線やスペースの確保など、配慮のかたちに気がついた」と、アーティストとしての自分の感覚がアップデートされたことを共有した。

■さまざまな人と作品づくりをするうえで、アートに問われた「対応力」


アーティストやパフォーマーではない人々と協働して公演を作るなかで、対応力が問われる場面も多く発生した。藤原は、とくに「劇場に入ってからの時間の使い方が独特だった」と前置きし、本番同様のリハーサル(ゲネプロ)をあえて行わず、利用者の会場入り時間もなるべく開演に近い時間にしたと話した。

「舞台公演の一般的な考えにとらわれすぎず、出演者(利用者)がどうすれば良いコンディションで公演に参加できるのかを考えながらつくることで、作品づくりのプロセスのうえでも面白いことが起こっていました」と、一般的な舞台作品の制作とは違う力点が働いていたことを説明した。

白神も、「ご高齢の方は体や記憶のコンディションがそのときどきで変動するから、リハーサルもあくまで仮定でしかなかった。なかには一緒に踊ってくれるか、公演中に目を覚ましているかすら分からない方もいて、複数の想定を用意しておく必要がありました」と協働するうえで対応力が求められたことに言及。

そして、「出演予定の利用者が来られなかったり、気が変わってしまったときは、そのつど別の利用者に交渉して出演してもらった」と、一見ただケアされる立場だと捉えられがちな利用者に助けられた経験に対し、「アーティストとしてより、人間として得るものが多かったです」と結んだ。

■アーティストは「面倒くさいことを持ってくる人」


3人のトークを受け、サロン後半では会場に集まった参加者との質疑応答が行なわれた。

「一番大変だったこと」という質問に対して、武田は、アーティストの希望する制作体制を施設側と調整する難しさを挙げた。

「施設側も人員的な部分や、日々の業務的な部分から急な対応は難しい。そこにアーティストをどうアサインして、どんな制作を可能にするのか。福祉施設とアーティスト、それぞれの目的が交差する部分には、つねに対峙する瞬間がありました。そうしたせめぎ合いは大切だけど、折り合いをつけることには大変な労力がいるし、なおかつそこを一歩間違えると大事故につながってしまう可能性もあり、注視し続けています」(武田)。

藤原も、「デイサービスは利用者にとってひとつの“社会”。クロスプレイ東松山に対しても、みながフラットに同じ感覚ではないし、意欲にもグラデーションがあるため、そのなかでなにかをやろうとすれば必ずさざ波が起きる。そうしたなかでは、大変なことの連続であったことが、とても重要な意味を持つと思います」と、利用者やスタッフとも丁寧に向き合い、コミュニケーションをとることの大切さを説いた。

一方、白神は、「私たちアーティストは、“面倒くさいことを持ってくる人”という役割を担っている。自分が本当に必要とされているかどうかもわからず、でも『必要です』と言い切りながら生きている身。自分でも、アーティストが不必要だと思えてしまうときがあって、それは効率化された“業務”のなかでのことです」と、アーティストとして福祉施設に入ることの難しさについてコメント。

そのうえで、「アーティストはどちらかといえば周りの人々にとって仕事を増やしてしまう面倒くさい存在だと思うけど、それによって何気ない日々が豊かな時間に変わったり、見えなかった人や作業が見えるようになったりするのではないか」と、活動を通じての所感を述べた。

この白神の発言に対し、武田は「“面倒くさい問題ごとを持ってくる人”は、見方を変えると“問いをもたらす人”でもある。アーティストによるまなざしによって日常的な時間やルーティンが崩れたときにこそ、その人の魅力や可能性に気づける。でもそのことで、日々を支えるスタッフに負担がかかることも事実。白神さんをはじめ制作に入ったアーティスト側もまた、その必然性をずっと問われてきたのではないかと思う」と応じた。

質疑では、デイサービス楽らくの施設長・武田奈都子が「文化的な営みを通して豊かに生きる」という保順会の理念を紹介する場面もあった。

武田は、「日々の業務に追われるなかで、支援業務にアート的な要素を取り入れていくという余裕が内部にないのが正直なところ」と現場のリアリティに触れたうえで、「だがこの活動を1年間続けてきて、白神さんをはじめとするさまざまなアーティストが関わることで、利用者の反応やスタッフの受け止め方が確実に変化してきました。そして、法人内にアートの効能が共有されるようになってきたと感じています」と、芽が出始めたこの1年間の印象を語った。

デイサービスから始まるアーティスト・イン・レジデンス「クロスプレイ東松山」。その1年間の歩みから、アートと福祉の両者の関係性を紐解き、これからの可能性について探求した今回のYAU SALON。効率化された“業務”のなかにもう一度、アート的な手立てをもって「問い」を投げ込むことで、新しい角度からの発見や価値観の転換が生み出され、デイサービスという社会へと浸透していく。その「さざ波」の豊かさの一端を、トークのなかから感じることのできた時間となった。

クロスプレイ東松山では、現在有償インターンシップを募集している。応募は9月21日まで。また、滞在アーティストも毎年定期的な募集が予定されているため、気になる方はぜひ一般社団法人ベンチ公式サイトを参照してほしい。

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