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「ログイン」 第二話

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「ログイン」 第二話

操作して主人公の視点を動かすと、駅前の見慣れたハンバーガーチェーン店の店内が真っ暗になっていた。休業という雰囲気ではなく、随分前に閉店し、放置されてるようだ。

ハンバーガー屋だけではない。あちこちそんな状態で、ガラスが割れているテナントもある。

ゲームの主人公を動かし、駅の反対側に行ってみることにした。東口の方が開けているし繁華街もある。

駅の中のショップもすべてシャッターが下り、荒れ果てた様子だった。もちろん人は誰もいない。自動改札機は電気すら通っていないようだ。もちろん駅員も誰もおらず、駅全体が随分と古びて、汚い印象を受けた。

ここは圭吾の知っている赤羽駅ではない。

駅の通路を抜けて東口へ出ると、ロータリーの広場には大きなパワーショベルが倒れているのがまず目に付く。

石畳は壊され、一部土が掘られている。工事現場でよく見る金属製の柵があったようだが、それらはすべて倒れている。まるで爆風に薙ぎ倒されたかのように、同じ方向に。

静かだった。風の音と、ゲーム内の主人公を動かす時の足音しか聞こえない。

ゲームの映像があまりにもリアルに作られているので、圭吾はよく知る地元の街が廃墟になっていることに恐怖を抱いた。それほどリアルな質感がモニターの中に広がっている。

(なんだよこれ…)

圭吾はその街の様子を不気味に思いながら、商店街の方面に数人の人がいるのが見えたので、とりあえずそちらへ向かってみた。人を見つけて少しホッとした。

4人。3人は男で、女が1人。若者ではない。彼らは一斗缶で焚き火をし、その周りを囲んでいる。

缶の中で焚き火の爆ぜる音が聞こえた。他の季節は秋か冬なのだろうか?コートや長袖のシャツを着込て、一人は首にマフラーを巻いているが、全員浮浪者のように汚い。

一番手前にいた50代くらいの男に対して“話しかける”をコマンドすると、

「見ねえ顔だな」

しゃがれた声で男は答えた。しかし男の言葉より、奥に見える景色に驚いた。

向こうにあるはずのアーケードの商店街の入り口が崩れている。自分が普段よく歩く場所がボロボロになっている光景に、恐怖よりも腹立たしさが出てきた。

他の男に話しかける。

「みんな逃げたよ。俺は家族を探しているんだ。生きてはいないだろうけど、せめて亡骸だけでもな。あんたもまだこんなとこにいるってことは、南に行けなかったクチだろ?」

南?一体何が起きたのか?しかし、このゲームには質問する選択ができない。

今度は女に話しかける。

「あんた昔どっかで会ったことあるかい?」

何を言ってるんだ?と思いながら、圭吾は何か喉の奥に引っかかっていた。

(このおばさん、誰かに似ているよな…)

その女性は圭吾の知っている人にそっくりだった。見た目だけじゃ無い。声もだ。聞いたことのある声だ。ただ、親しい人ではないが…。

(コンビニ…)

そうだ。その女性は自宅近くのコンビニの、早朝勤務の女性そっくりだと気づく。夜勤明けによく立ち寄るので覚えている。

ただ現実のコンビニの女性よりも老けこんで見えた。白髪が多く、顔もシワが増えている。とはいえ、そっくりにも程があると思うくらい似ている。

「ここはもう誰もいないから安全よ。連中は人の多い場所でエキスを収集しているから。油断はできないけどね」

コンビニの店員そっくりの女性は訳のわからないことを言った。

もう一人の男にも話しかけてみる。

この中では一番若く見える背の低いその男は、いつも駅前で弾き語りをやっているストリートミュージシャンの男に瓜二つだとすぐ気づく。特徴的な顔をしているのだ。

しかしやはり彼も、赤羽の駅前にいる現実の姿よりも老けこんで見える。格好が汚いせいもあるが、明らかに10年以上老けこんでいる。

(これは、未来の設定なのか?未来の赤羽?)

「どこ行っても変わらねぇよ。この気候じゃ近いうちに食い物もなくなる」

 ストリートミュージシャンの男は力無くつぶやくと、

「9月にこの寒さだ。地球はもうダメだ」

最初に話した、しゃがれ声の男が横から言った。

9月?

圭吾はてっきり冬かと思っていたのだが、9月と聞いて驚く。9月に焚き火をして暖を取っているとは、破滅的な未来を描いたホラーなのか?

昨日このゲームを開いた時は2005年で、しかも成増。今回は未来?しかし現実に赤羽にいる人間がこうして登場しているのはおかしい。

おかしいに決まっている。

(ということは…)

もしこのゲームが現実に存在している人たちを忠実に模して作られているのなら、自分もいるのだろうか?甲府に行けば母がいるのか?

そして2005年の成増には、過去の自分達や、事故で死んだという父親がいたのだろうか?

圭吾はそんなことを考えつつ、ゲームの設定に気味悪さを感じて、背中に悪寒が走った。店内の冷房が効いているから震えたのかと思ったが、額はやや汗が滲んでいた。

(このゲーム、なんかやべぇ…)

そもそもカラオケに来た男からして明らかにおかしいと冷静に思い始める。

しかし圭吾はそんな戦慄に怯えながらも、こんなことを思う。

(父親に会えるのかもな…)

家には父親の写真があまりない。母親はあまり写真を撮らないタイプで、死んだ親父もそうだったらしい。そしてそれと言って特徴のある顔ではないし、圭吾自身、父親がいなくて寂しい思いを認めるのが嫌で、逆に父親という存在を意識的に無視していた。だから写真をまじまじ眺めたこともないので、はっきりと顔を覚えてはいない。

しかし、東京に来て一人暮らしをしてから、不意に死んだ父親のことを思ったりする。やはり父親がいないことで惨めな思いがあったのは事実だし、その感情を母のために抑圧してきたのだ。以前一人で成増に行ったのも、そんな奇妙な郷愁のような思いに駆られたからだ。

(このゲームに親父がいるのかな…)

デスクに置いてあったスマートフォンがなった。チャットが入った。確認すると板尾だった。

〈東武線の人身事故、まだ帰れないっすよ~〉

時間を見ると、圭吾もそろそろ出ないとならない時刻になっていた。終電を逃すとこのまま始発まで粘る羽目になりそうだったので、一旦ゲームはやめることにした。

しかし、ゲームの終わらせ方がわからなかった。

昨日は車で事故を起こして、主人公が死んでしまったから強制的に終わったようだったが…。

強制終了のショートカットキーを押したが、ゲームもPCは何も反応しなかった。

ゲームの中では、変わらず四人が焚き火を囲んで暗い顔をしている。あたりを見回しても、ただ廃墟のような赤羽駅前の不穏な風景が広がっている。

(死ねば終わるのか?それとも強制的にUSBを引っこ抜くか?)

そう思った時にゲームに進展があった。ヘリコプターのプロペラ音のような機械音が、遠くから聞こえてきた。

「う、うそだろ…」

ストリートミュージシャンの男が空を見上げて、ぼそっとつぶやく。表情は青ざめている。

「やばい!逃げるぞ!」

最初に話しかけた男がそう言って走り出す。

「あんたも早く逃げな!脳みそ食われちまうよ!まさかここにまで来るなんて!」

コンビニの女性はそういうと、慌てた様子で駅の方向へ走り出した。その時にはモーター音のような唸り声はかなり大きな音になっていた。

脳みそ食われるよという言葉と、切羽詰まった声に響きで、圭吾の心臓が跳ね上がった。

ゲームの視点を変えて上空を見上げると、ドローンが数台こちらへ向かって飛行していた。ズームすると、6ヶ所にプロペラをつけている真っ黒なドローンで、それはまるで空飛ぶゴキブリのようだった。

とにかく圭吾も逃げた。ゲームとはいえ、緊迫感があり、本当に怖くなった。

逃げた方向の先には先ほど見た崩れたアーケードがあり、ミュージシャンの男もそちらに向かって走っている背中が見える。

ひゅんっ

という鋭い音と同時に、空から男の背中に向かって一直線の光が放たれた。槍のような光が男の胸のあたりを突き抜け、そのまま男はその光の矢に貫かれたかと思うと、しばらく手足をバタバタさせていたが、すぐに動きを止めた糸人形のようにだらりとなった。

(死んだ、のか?)

圭吾の操作する視点はそちらに向かっていたので、だんだんと男に近づいていく。

画面上で、すぐ横をドローンが追い越して行ったのが見えた。そして光が途切れ、ミュージシャンの男がどさっと音を立てて地面に崩れ落ちる。

ドローンはまさしくゴキブリのように、地面スレスレを飛び、男の頭部に飛び乗った。そしてドローンの中央部から透明なガラス製の太い針のようなものが出て、ミュージシャンの男の頭部に差し込まれたのが見えた。圭吾は動きを止めて、少し離れた場所からその様子を観察した。

それはかなりグロテスクな映像だった。注射針のようなものらしく、血なのか、脳みそなのか、ピンク色と真っ赤ゼリーが入り混じったようなものが、ゴキブリの中に吸い込まれていくのだ。

ひゅんっ。

さっきと同じ音が聞こえたと同時に、画面が一瞬ぐらりと揺れた。

(やべぇ、逃げないと!)

と思ったが、ゲームの主人公を操作が効かない。

何事かと思い、視点だけを動かし真下を見ると、やや青みを帯びた白い光の筋が、大地に向かって斜めに走っているのが見え、それは主人公の下腹部の辺りを貫いていることをすぐに理解した。圭吾はPCの前で、思わず臍のあたりを抑え身を屈めてしまった。

画面は数秒間かけてブラックアウトした。その時初めて、今回のゲームでは主人公の人間が、圭吾が普段よく着ているブランドのパーカーを着ていたと気づいた。

音が消えて、真っ暗なモニター。

(死んだ、だよな…。ログアウトか?)

圭吾はようやく息を吐き出し、激しく呼吸をした。モニターはデスクトップ画像に戻ったので、USBを抜いた。

(脳みそが食われるよ)

コンビニのおばさんにそっくりな女性の言葉が、声色と共にはっきりと耳に残っていた。

つづく


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