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温泉宿のアルバイト その2 「ちょっと切なくて、甘酸っぱい」

けっこう時間が空いてしまったけど、こちらのnote、

の続編、のようなものです。

ここの温泉宿のアルバイトは、(上記のnoteで書いた)ヤクザがらみのちょっとしたトラブルというか、おかしなこともありつつも(それはどんな職場にもあるだろう)、個性的な面々に囲まれていて、基本的には楽しかった。

前回も書いたけど、特に難しい仕事でもないので、人手がいない時は友人を誘ってバイトに連れて行った。

だから、仕事終わりに友達とこっそり酒を飲んだり、修学旅行生をナンパしたり、悪ふざけも散々やった。

元々、僕の親しい友人なので、基本的にしょうもない連中が多い。と、こう書いているが、何より僕自身がちゃらんぽらんの、人生ナメくさったクソガキだったが…。

ちなみにナンパして、その子たちの部屋に行ったことが向こうの教師にバレて、その時はさすがに支配人に怒られたが、こっぴどく叱られたわけでもなく、軽く注意されたくらいで済んだ。とにかくゆるい環境だったのだ。

泊まり込みでバイトをすると、深夜までバイト仲間で酒を飲んでくだまいてたし、温泉街なので深夜までやってる居酒屋もあり、そこにまた近場の友達を呼びつけて、そこで酒を飲んだりしていた。

こうして書くと、酒の話ばかりだが、高校三年生であり、当時の田舎の高校生はこんなもんだとご理解していただきたい。ちなみに、呼びつけた取り立ての免許で車の運転で来ている。当時は飲酒運転も常習という、悪しき風習が普通にあったのだ。「時代」ってやつだ。

高校三年生の年末年始は、僕にとって忘れられない年越しとなった。なぜなら僕はその温泉宿で泊まり込みのバイトをすることになった。

宿は年末から予約で一杯で、猫の手も借りたいほどだったのだ。だからバイトを頼まれた。そして年末年始“特別ボーナス”も貰えるということで(いくらだったのかは忘れた)、僕は思い切って年末年始をバイトに励むことにした。

毎年、中高生の頃は大晦日と年越しは友人と騒いで、深夜に初詣行って、明け方まで繁華街をうろうろするのが恒例だったけど、たまには真面目に働くもいいだろう。そろそろ高校も卒業して、社会に出ていくんだし…。

と、思ったのは確かに事実だけど、実はその年末年始の泊まり込みには少し別の意図があった。

その冬、宿には12月から翌年の1月下旬くらいまでの期間、臨時スタッフとして、僕よりも2つ年上の女の人がいたのだ。

残念ながら彼女の名前は忘れた。顔とか声ははっきりと覚えているのだけれど…。

彼女は地元や近辺の人間ではなく、かなり遠くから来ていた。支配人の親戚筋だったか、知人の関係だったが忘れたけど、とにかくこの年末年始に、案内や事務的な作業中心に、スタッフとして泊まり込みで働くことになった。

スラリと背が高く、髪の毛は全体にダークブラウンで、何本か金メッシュが前髪に入っていた。

体型はすらっとしているけど、いつもダサいエプロンをつけていたのが勿体無いと思った。まあ、それはあてがわれた「制服」のようなもので、本人もあまり気に入ってはなかったようだけど…。

彼女の顔立ちは、アゴが細く、目鼻立ちはくっきりとしるわりに、目つきは鋭い。肌は冬だけど健康的な小麦色で、メイクは目元に薄くラインを引いているくらいだったと思う。

「かわいい」よりは「美人」というタイプで、明らかに「元ヤン」だと思った。元ヤン、つまり「元ヤンキー」ってことだ。実際、その後あれこれ話を聞くと、やはりそうだった。数年前まではバリバリのヤンキー女で、今は丸くなった、という感じだ。

高校三年生の、スケベまっさかりで、同年代の女を見るだけで興奮する年頃だったので、当然僕は頭も股間も興味津々丸だ。

そして、自慢じゃないが当時から「口だけは達者」だった。こちとら腕っ節はなにもないので、不良たちの中でそれなりのボジションを得るには話術と話のネタの豊富さ、そしてハッタリを貫く演技力は必須。

そして何より大事な『対“女子”』への活動も、何より口だ。目は口ほどにものを言うなどと言うが、冗談じゃない。ナンパとスケベは口がすべてだ。だからとにかく適当な、まるで中身のない話をいくらでもすることができた。

だから僕はその元ヤン姉さんにも出会ったその日から軽口のオンパレードだ。

しかし、向こうもそんなスケベ男子は手慣れたもので、僕をいい感じにかわすのだ。そうなるとこちらもそれが面白いのか、ゲームのように、口説くチャンスを窺う。

12月から宿は忙しくなり、僕も出勤する日が増えた。だからバイトに行くたび、彼女がいるので、さすがに仲良くなるし、週末の泊まり込みの時は、一緒にビールを飲んだりもした。

そこで年末年始のバイトの話が飛び込んできた。

お金も入る。そろそろ悪い仲間とばかり遊んでられないし(本気で思っていた)、何と言っても本命は、あわよくば彼女とちょめちょめできるかもしれない…!

というわけで、支配人から「大島くん!お願い!人がいなくて大変なんだ!ボーナス出すから!ね?」と誘われた時に、

「え〜?そうっすね〜、まあ、そんなに忙しいんなら、僕で良ければ入りますよ」と、内側に健全な下心をいただき、年末年始のアルバイトを承諾したのであった。

31日〜1月2日の3日間。3泊4日一緒にいるのだ。必ずチャンスは来る…! 

仕事は忙しかった。休む暇もないくらい、とにかく忙しい。仕事中は彼女のと呑気におしゃべりする暇もなく、彼女もずっと事務作業や接客や案内に追われていた。

ようやく仕事を全て終えてからが勝負。一緒にビールでも飲まない?と誘って、人気のないロビー、っていう場所もなく、僕の寝泊まりしている和室へ。

っても、僕も彼女もくたくたで、缶ビールを飲みながら、まったりとした雰囲気。今まで、泊まり込みだと友達もいたりして、バカ話に興じることが多かったけど、こうやって二人きりでいるのに。案外僕もいざ二人きりになるとなんだか間をつかめずにいた。

しかし、3日目だったと思う。僕の寝泊まりしてた部屋が移動になり、ちょっと狭い汚い物置のような場所になった。

だからその日は彼女の部屋へ。彼女も良く考えたら20歳。遊び盛りだろうから、田舎の温泉宿にこもっていて退屈だったのかもしれない。だから夜な夜な僕に付き合ってくれた。

そこからどんなことを話したとか覚えてないけど、話の流れで、僕の気持ちはイケイケドンドン(当時はそんな言葉はないな)になり、18歳の僕は全身で興奮を発していた。

「ダーメ」

と言われても食い下がる。

「そういうことはしないの。ダメ!」

ダメと言われるほど人は燃えるのはなぜだろう?

「俺のこと嫌い?」

「嫌いじゃないけど、簡単にそういうことしないの。だからダメ」

そんな押し問答を繰り返しながら、半ば強引に詰め寄り、体を抱き寄せ、敷いてあった布団に倒れ込む。

そこからもいやよいやよと抵抗をするかと思いきや、なんだか彼女は途端に諦めたようにため息をつき、

「…まあ、好きにしな……」

と悲しそうに言ったので、僕は彼女のトレーナーの中をまさぐっていた手の動きを止める。

「もう、十分汚てるからさ」

(汚れてる?)

「汚れてるって…。なんだよ?人は、汚れないよ、〇〇さんは、キレイだよ」

そう思ったのは本当だった。でも、この時点で僕は見たことのない彼女の表情や声色に動揺していた。

「ううん、汚いよ。あんたが知らないだけ」

何も言えないし、とにかくさっきまでの興奮やら性欲ムラムラの楽しい気持ちが、一瞬で悲しい気分になった。

そして彼女は僕の頭を撫でながら、もう一度ため息をつき、何か言おうとして、そのまま口をつぐんだ。明かりがついていたから、表情がよく見えた。元々クールな顔つきの人だったけど、とにかく寂しそうだった。

僕はトレーナーの中に突っ込んでいた手を引っ込めて、彼女の細い体を抱きしめるが、僕はそういう時に限って、自分のあまりにも情けない細すぎる腕を頼りなく思う。

理由はわからないけど、目の前に傷ついた人がいる。だけど、僕の腕は彼女を力強く抱きしめるには非力だったし、彼女を安心させてあげれるような厚い胸板もなかった。そしていつもはいくらでも軽口を叩くはずのこの口も、こんな大切な場面では何を話していいのかわからなくなり、途端に押し黙るのだ。

しばらくの間、二人とも畳と布団の間に向き合って横たわったまま、何も言わなかった。彼女は僕の頭を撫でいたが、やがて手はパタリと布団の上に落ちて動かなくなり、彼女の視線は、僕が寝泊まりしていた部屋よりは幾分広い和室の空間のどこかにぼんやりと据えられていた。

「じゃあ、戻るわ…」

僕がのっそりと体を起こしてそう言うと、

「うん、明日も早いからね。おやすみ」

彼女も体を起こし、めくれ上がったトレーナーを下ろした。

「おはよう」

翌朝、何事もなかったように彼女は言った。僕はどんな顔をしていいのかわらなかったけど、彼女のあまりに普通な対応に、一瞬戸惑った。

「昨日も遅かったからね。よく寝れた?」

「うん、よく寝た」

と答えた。本当によく寝た。眠れない夜になるかと思いきや、実際体も疲れ切っていたのだろう。

そうこうしているうちに、朝の業務が始まり、考える暇もなくなるくらい忙しくなる。

僕は午前10時くらいに仕事を終えたが、彼女は支配人とどこかでかけたようで(よくあることだった)、そのまま3日間の泊まり込みの仕事を終えて、バスに乗って帰宅した。なんだか、色んな意味で忙しかった年末年始だった。

その後も、1月中にアルバイトで彼女に会ったけど、泊まり込みになることはなく、友人がバイトで参加してたりもあり、二人きりになることはなかった。

いかんせん他の友人もいると、おバカな若者同士という感じで、くだらない話をして笑い合ったし、僕もいつものお調子者として振る舞った。

でもずっと心にひっかかりはあった。もちろん、それについて尋ねることはなかった。

そして、ある日アルバイトに行くと、彼女はいなくなっていた。

「え?〇〇さん?もう契約終わったよ?」

僕は勘違いして、まだ数日間はいると思っていた。

最後に一緒に働いた日は、忙しすぎて全く話せなかった。だから最後に別れの挨拶くらいはしようと思っていたのだが…。

電話番号は聞いていたから、夜遅くに電話した。

「楽しかったよ、ありがとう」

彼女はそう言った。

「俺も、すっげえ楽しかった」

「あんたもさ、もしこっち来たら、連絡してよ。遠いから、来る機会ないかもしれないけどさ」

「うん。絶対に連絡する。あ、そっちこそ、また来ることないの?」

「そうだね、また行くことあるかも」

「じゃあ、連絡しくれよ。また遊ぼうぜ」

そんな会話をした。当たり障りなく。彼女はどうだかわからないけど、僕はなんだか違和感に満ちた、もどかしい思いがあった。

ごめん、と言いたかったし、けっこう好きだったと伝えたかった。そう、なんだかんだで、僕は彼女のことが好きになっていた。すけべ心だけではなく、一緒にいて楽しかったのだ。今思い出しても、魅力的な女の子だったと思う。

だからこそ、彼女の言葉は、僕にとても堪えた。最後に顔を見て「そんなことない!あなたは素敵な人だ」と伝えたかったのかもしれない。でも、ごめんも、好きも、何も言えなかった。もちろん電話越しでも言えなかった。

今となっては、言えばよかった、と後悔はしていないけれど、言わなくてよかった、とも思ってない。自分がどうすべきだったのか、どうすれば最善だったのか、よくわからない。

その後、彼女から一度も連絡が来ることはなかったし、僕から連絡することもなかった。春になり、僕は高校を卒業して、そのアルバイトも行くことがなかった。目まぐるしい日々の中で、そんなことは記憶の片隅に追いやられていく。

でも、時々ふっと思い出したりするから不思議なものだ。それは何の気なしに、不意に訪ずれる。

とにかく、高校三年生の頃の温泉宿のアルバイトでは、印象的な時間をたくさん過ごせたけど、こんなちょっと切なくて、甘酸っぱい思い出も、あったりするのだ。

おわり

さまざまな「マガジン」で、エッセイ、ノンフィクション、短編小説が読めます。自己啓発やスピリチュアル的な発信が多いですが、個人的にはこうした物語調で文章を書くことはとても好きです。

新曲「風の荒野」



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