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「ログイン」 第三話

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ログイン 第三話

圭吾はネットカフェを出て、急足で池袋駅へ向かって歩きながら、先ほどのグロテスクな映像に対する気味悪さと嫌悪感を感じていた。そして自分が操作していた人物が、同じ目に遭うのだと考えると、ゲームとはいえ恐ろしい。

さらに解せないのが赤羽駅の様子だ。

(あれは、これから本起こることなのだろうか…)

「あれ?圭吾くん?」

考え事をしながら駅の建物に入ったところ、板尾がいて、話しかけてきた。柱にもたれかかり、スマホを眺めていた。

「お、おお」ゲームと現実が錯綜しているのか、うまく反応できない。「あれ?まだ帰れねぇの?」

「あ、さっき圭吾くんにもLINEしたと思うんですけど、そうなんすよ、人身事故の処理とかで、マジで最悪っすよ!」

 板尾は憤慨しながら話した。

「ふーん、じゃあオレはそろそろ終電だから行くわ」

圭吾はイラつく板尾を放って帰ろうとした時に、先ほどの会話を思い出し、歩きかけた足を止めて尋ねた。

「そういえばお前さ、さっき話の途中だったけど、成増で事件があったとか言ってたよな?」

「2005年です」板尾は話し相手ができて嬉しいのか、明るい口調で話し始めた。

「3人くらい死んでるんですよ。近所の無職の男と、あ、そいつはヤクザもんらしくて、だからケンカでもしたのかもしんないっすね。それとたまたま歩いてたジジイが一人が巻き添え食って、で、犯人が車を奪って逃げようとしたのか、その時に近所の工務店で働く男の人を轢き殺したそうですよ。明らかに故意にやったって話です、なんでも、その工務店の男は止めに入ったとか?気に食わなかったんですかね」

圭吾は話を聞きながら戦慄を起こしている自分に気づいていた。そして生唾を飲み込んだ。

(それって…)

もちろん言葉には出さない。

板尾は続ける。

「でもこの事件が怖いのはそこじゃないんですよ。いや、もう十分やばいんですけどね。殺人の動機も何もわかったもんじゃないんで、完全に頭キレたやつですよ」

そこでおかしそうに笑う。

「で、車で逃げようとした犯人が、そのまま事故るんですよ。派手にトラックと正面衝突して」

板尾はまるで自分が見てきたかのように話す。しかし圭吾こそ、その当事者のようにその様子を詳細にイメージできた。

「車の中の犯人も、死んだって思うじゃないですか?でも、いないんすよ」

「いない?」

「そう、消えたんですよ。どこにもいないんです。野次馬もいたらしいですけど、車から飛び降りたとか、逃げたとか、誰も見てないんです」

(ログアウト)

 圭吾は頭の中でそんな言葉が浮かんだ。

「あれ?電車、大丈夫っすか?」

 板尾がスマホを見ながら言う。

「あ、ああ…、急ぐわ」

「お疲れ様です。僕はまだここ…」

背中越しに板尾の声が聞こえた、圭吾は聞こえないふりをして走った。

 しかしすぐに立ち止まった。

(なんだよ、これ)

圭吾は何か自分がとんでもないことに巻き込まれているような、そんな恐ろしさを感じた。 

結局、その日は終電に間に合わなかった。いや、間に合おうと思えば間に合ったかもしれないが、とにかくあのゲームを最後に一度確認して、そのままUSBを壊して捨てようと思った。

すぐにそうしても良かったのだが、父親のことが気になった。

ネットカフェに戻ると、まずは2005年の成増の事件のことを検索する。

かなりの件数がヒットした。有名な怪事件らしい。

内容は板尾の話した通りで、さほど新しい情報にはなかなか出会えなかった。

ある掲示板に『成増殺人事件』というスレッドがあったので、圭吾はそのページを開いてみる。タイトル通り、その事件についてのスレッドだった。

見知った情報もたくさんあり、くだらないコメントの応酬が続く。画面をスクロールしながらそれらを目で追っていたが、ある投稿でマウスの指が止まった。

〈車に轢かれて殺された作業服を着た男は、近所に住む男性で、田村英嗣さ
。当時31歳〉

圭吾は激しい動悸がした。なぜならそれはまさしく死んだ父親の名前だからだ。

車で跳ね飛ばす瞬間に、一瞬見えた横顔と、写真の中の顔が重なる。

〈被害者の工務店の男は、まだ小さな子供がいたんだって、かわいそうに〉

〈未亡人になった奥さんは、子供を連れて実家の山梨県に帰ったそうだ。自分の父親が通り魔に殺されたって、子供に教えたくなかったんだろうな〉

圭吾は松村という姓だ。父が死んで実家に帰ったから名前を戻したと母は言っていた。しかし父親が死んだからといって、旧姓に戻す必要性があるのか疑問だったが、圭吾は謎が解けた気がした。

しかしそうなると。

(バカな!あれはゲームだ!そうだ、きっと事件を模倣したんだ!)

そう思おうとする自分と、そうじゃないと予感する自分がいる。心臓がバクバクと硬い音を立てて暴れている。

あのコンビニの女性や、駅前にいるストリートミュージシャンなど、この世に実在する人物がゲーム内にいるってことは確かだ。だから圭吾の父親の、いわば「アバター」としてのキャラがいてもおかしくはない。

そして、圭吾はゲーム内で、ゲームの人物を使って殺した。

偶然とは思えないのは、ゲームは確かに自分で考え、選択し、操作した実感があるからだ。

圭吾は膝が震え、呼吸が浅くなって苦しくなった。

ポケットから例のポーチを出して、USBスティックを取り、手のひらに乗せて眺めた。

今すぐ叩き壊したいという思いと、それはそれで、何かもっと良くない事態を招いてしまうのでは?という、根拠のない不安に駆られる。

圭吾は気分を落ち着けようと個室を出てドリンクバーに行き、普段は飲まないコーヒーをブラックで淹れて、その場でちびちびと飲んだ。

味もよくわからなかったし、熱くて口が火傷したかもしれないが、痛みもうまく感じれない。コーヒーで気分が落ち着くと聞いていたけど、今は強烈な鎮静剤のようなものが欲しいと思った。

ドリンクマシーンの前でコーヒーを飲んでいる圭吾のすぐ後ろに男がいて、大きな舌打ちをした。それはあからさまに圭吾に向けられたものだった。

振り返ると、帽子を被った背の高い男が圭吾を見下ろしていた。帽子から金髪が垂れていて、ピアスをつけたガラの悪そうな男だった。漫画の単行本を小脇に抱えていた。

圭吾はそこからさっと離れ、その男の目を見ないようにして席に戻った。圭吾がドリンクバーのコーナーから去り、席へ向かう間も、その男の視線を感じていた。睨みつけられているのがわかった。

いろんな恐怖が相まって、自分の個室を間違えて、隣の個室を開けようとしてしまった。誰か利用していて、鍵がかけてあったので開かなかったので、慌てて自分の『6−6』の個室に滑り込むように入る。

個室のシートに座り、再び苦い、だけど味の感じないコーヒーを啜り、そのまま数分迷ってから、USBを差し込んだ。とにかく最後に一度だけ、ゲームを見てから、そしてこのUSBを捨てよう。ただの偶然だとわかるかもしれない。

パスワードを入力すると、また一瞬、プログラミング画面。ぼんやりしていて、集中力を完全に切らしていたが、アルファベットと数字の中に、いくつかの漢字があった。圭、吾、の二文字が画面中央付近にあったのですぐに気づいたが、さっきよりももっといろんな種類の漢字があったと思う。しかし一瞬なのですべては読みきれないし、今は動転してそんな集中力がない。

log inの文字が表示され、ゲームが始まる。

今回はどこかのお店にいるようだった。先ほどの荒廃した赤羽でも、過去の成増でもない。

(今度はどこだ?)

主人公の視点を動かす。すごく見慣れた場所だ。よく知ってる店だと思ったが、頭がぼうっとしているせいか、うまく思い出せない。

ベッドフォンを装着するのを忘れていたので、ヘッドフォンを装着する。

ヘッドフォンが耳を覆ったとほぼ同時に、ガラスが割れるような音がした。一つや二つではなく、大量の食器をぶちまけたような音だ。

しかし、その音に違和感があった。

ゲーム内視点を動かすと、目の前を黒いエプロンをつけた若い男の店員が走っていくのが見えて、その先を追うと、背の高い、帽子の被った男がいて、コーヒーカップやら、皿が散乱した床の上にいる。

「おい、カップが取りづれえんだよ!服がひっかかっただろうが!」

「申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

店員が謝る。男はでかい声で怒鳴り続ける。明らかに理不尽な逆ギレだが、今はそんなことはどうでもいい。

「あぶねえだろが!どうなってんだ!」

間違いない。声はヘッドフォンからも聞こえているし、ヘッドフォンの外でも聞こえている。

ゲームの風景は、今まさに圭吾がいるこのネット・カフェだ。

過去でも未来でもどこかでもない。今、この場所。すぐそこ。

圭吾が恐怖に固まっていると、ゲームが勝手に動き出した。圭吾は一切コントローラーを触っていない。

ゲーム内の視点はゆっくりと向きを変えて、ドリンクバーのコーナーから、個室のコーナーへ動き始めた。途中で、漫画がずらりと並ぶ棚を通過し、二つ目の通路を入る。

圭吾はボタンを連打したり、パソコンのキーボードを叩いて、それを止めようとした。

(止まれ!止まれよ!)

モニターは圭吾が何をしようと関係なく動き続ける。圭吾は立ち上がり画面を叩くが、もちろんそんなことをしても意味はない。

鍵…

個室には鍵がかけられる。しかし圭吾は先ほどは慌てていたので、鍵をかけた記憶がない。

圭吾はヘッドフォンを外し椅子を回転させ振り向こうとした。椅子を回して手を伸ばせば施錠のレバーに届く。急がないと。

しかし、ただでさえ狭い個室なのにヘッドフォンのコードが絡まり、圭吾は椅子の上でバランスを崩しそうになる。

パソコンのモニターを横目で確認すると『6ー6』のプレートが見える。圭吾はモニターと、個室の入り口を交互に見る。

圭吾の手が入り口に伸びる。

そしてドアが、開いた。

終わり

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