見出し画像

ブリュアンの一瞥

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック作
《アリスティド・ブリュアン》
Aristide Bruant
1893年 グワッシュ、油彩,紙 81.2×105.0cm

 ロートレックの作品の前に立ったとき、額縁の向こう側の空間を覗いているような気持ちになることがよくある。タッチは必ずしも写実的ではないのだけれど、人物の何気ない一瞬の動き、その時の身体のラインや表情、目線……。
多分、見たものを《捉える目》の的確さと、それを手から筆へと素速く正確に反映させる技術の確かさがその臨場感を作っている。

 この作品はポーラ美術館に企画で来ていて、普段は広島にいるので初めてお会いした。(作品のことを軽めに擬人化しがち)
画面いっぱいに描かれているのはモンマルトルのスター。シャンソン歌手にしてキャバレーの経営者。彼の姿はポスターで有名で、本作品はその下描きかスケッチなのでは?と推測される。

大きめの画面にのびのびとした線が迷いなく引かれている。筆が速い。塗りの粗さはむしろタッチをつぶさに見せてくれて嬉しい。

絵の描ける人の《手》は魔法みたいだ、と思うことがある。しばし筆のスピード感に見入った。(同じ手がそなわっていながら、自分の手とのこの違いよ!)
表情はざっくりとした線のまま描かれ、手数は多くないのにリアルな表情を作っている。
ブリュアンはロートレックのかなり熱心なファンだったと言うから、画家の方でも彼の性格までよく知っていただろう。この顔つきにはきっと、ブリュアンの内面を巧みに表出させているに違いないと思わせる。目鼻のあたりの修正も “たった今ロートレックが描き直した” ようなリアル感が伴っていた。

作品の制作背景を想像するのが好きな私にとって、たまらなく愉しく味わった作品になった。
いつかまたお会いできますように。