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違和感のある警察官

ぼくはケイサツカンだ。

今日も帰りはおそかった。仕事いそがしいのね、おつかれさま、そう、ぼくのツマは言う。

仕事がいそがしいのは事実だ。しかし、帰りがおそくなった理由は、それだけではない。ぼくにはツマとは別に、愛する人がいる。

若い女だった。ツマよりもはるかに美しく、ツマのようにうるさいことを言わない。

ツマが温めてくれた夕食を口にはこんでいると、ぼくの一人ムスコが起きてきた。トイレだと言う。

おとうさん、おかえりなさい。ぼくはムスコの頭をなでる。

ザイアクカンは、なかったわけではない。しかし、若い女と会うのは、そうかんたんにやめられるものではない。

ぼくはまた、仕事おわりにその女と待ち合わせをした。香水のにおいが、ぼくのうでにまとわりつく。

いつものようにすごしていると、ぼくはサイフの中の金がなくなっていることに気づいた。三万円が、まるまる抜かれている。

ぼくは女を問いつめた。女はなにも知らないと言った。そしてそのまま部屋から出ていこうとした。ぼくはそれを止め、女ともみあいになった。女は机の角に頭をぶつけると、そのまま動かなくなった。

ぼくはあせった。気がドウテンしていた。ケイサツカンが人を殺した。

とにかく、ぼくは女の死体をせおい、部屋からはこびだした。車のトランクに女をしまい。その日はそのまま家に帰った。

なんだか顔色がわるいな。ちゃんとめしは食ってるのか。そう、ぼくのジョウシは言った。ぼくはつとめて笑顔を作りながらその問いかけをごまかした。

死体をどうすればいいか。ぼくの頭の中はそのことでいっぱいだった。死体はスーツケースに入れ、家の押入れのおくにしまってあった。車でジコなどを起こせば、ケイサツがトランクを開け、死体が見つかってしまうからだ。

しかし、もうすぐそれはくさり始めるだろう。近いうちにどこか人目のつかないところにはこびだし、ショウコがのこらないように捨てなければならない。

ぼくは死体のことが気になり、その日は早めに仕事からあがった。ちゃんとめし食うんだぞ、そんなジョウシの声かけに頭を下げ、帰たくした。

インターホンを押しても、ツマは出てこなかった。買い出しにでも行っているのだろうか。ぼくはカギを開け、家の中に入ると、目の前のコウケイにショウゲキを受けた。

ツマがソウジキをにぎりながら、床にたおれて気を失っていた。その先には、開かれたスーツケースがある。死んだ女の足が、スーツケースからはみ出している。

ぼくはなにが起きたのかをりかいした。ツマはソウジをしようとして、押入れを開けた。そしていつもはないスーツケースを、気になって取り出した。ツマは中から出てきたものを見て、気を失った。

ぼくはスーツケースに死体をしまうと、それを再び、車のトランクにうつした。

家の中に戻ると、ツマが起きていた。さけび声を上げる。あの女はだれなの。どうして死んでいるの。あなた何をしたの。答えてよ。お願いだから答えてよ。

ぼくはツマの首に手をかけていた。ぼくはつかまりたくなかった。ツマはしばらくもがいていたが、やがて動かなくなった。

しばらくして、家のチャイムがなった。ぼくはびくりとした。ドアのスコープをのぞきこむと、そこにはムスコの頭が見えた。

あれ、おとうさんなんでいるの。ムスコはドアを開けたぼくにそう言った。その手には野球のグローブがにぎられている。

ちょっと仕事が早くおわったんだよ。今、ちょっと部屋のソウジをしているんだ。もう少し外であそんでいなさい。ぼくはそうつげた。

友だちはみんな帰っちゃったよ。ムスコがそう言ったため、ぼくは五百円玉をムスコにわたし、ダガシヤに行くようにすすめた。ムスコはよろこんで家からはなれていった。

ぼくはツマの死体をブルーシートにつつみ、女の死体といっしょに車のトランクにしまった。スコップやナイフなどもいっしょにつんだ。

帰ってきたムスコに、今日はおかあさんのぐあいがわるいみたいだから、外にごはんを食べに行こう、スシでも何でもいいぞ、と言った。ムスコは再びおおよろこびした。

ムスコにスシをたらふく食わせたあと、ゲームセンターへとつれて行った。ムスコに三千円を手わたす。ムスコはとんでもなくよろこんだ。それはムスコにとっては大金だった。さっそく、台の前にはりついている。

ぼくは車へともどり、山道に向かって走らせた。

林道のわきに車をとめ、ぼくはスコップを持って森の中に入った。ふかいあなをほり、そこに女とツマの死体をうめた。

ゲームセンターにもどると、ムスコはまだ台の前にはりついていた。しかし、その手元は動いていない。ぼくが声をかけると、ムスコはびくりとかたをふるわせた。

待ったか?そろそろ行くぞ、と言うと、ムスコはゆっくりとうなずいた。ふと、シセンを感じて目を上げると、そこにはゲームセンターのテンインが立っていた。

なにか?と問うと、テンインはあわてたようすで、いえ、なんでもございません、と言った。

ぼくはムスコをうながし、その場をあとにした。先ほどのテンインが小走りになりながらバックヤードへともどっていくようすを、横目で見た。ゲームセンターではたらくのも、大変なのだと思った。

ムスコは車の中でずっとムクチだった。ためしにテレビをつけてやっても、それは変わらなかった。

ゲームセンターでなにかあったのか?ゲームで負けたのか?ときいてみても、ムスコは首をふるだけだった。

ぼく、見ちゃったんだ。しばらくして、ムスコはぽつりと言った。

何を見たんだ。

ゲームセンターを出たところにあるデンコウケイジバンで、ニュースをやってたんだ。

ニュース?どんなニュースだ?

その時、車内のテレビに、ぼくの顔がうつった。

《都内で二十代の女性がシッソウした事件で、ケイサツは今日、三十代の男性ジュンサをシメイテハイしました》

ぼくは冷や汗がでると同時に、テレビを消した。

後ろから聞こえてくるのはパトカーのサイレンだった。その時ぼくは、ゲームセンターのテンインの顔を思い出した。ニュースを見てぼくの顔を知っていた、だからあわてた。そしてバックヤードにもどり、ツウホウした。

ぼくはアクセルを強くふんだ。パトカーをまこうとしたが、それはかんたんなことではなかった。逃げれば逃げるだけ、後ろについてくるパトカーの数はふえた。

横からパトカーにツイトツされ、ついにぼくの車は止まった。ぼくはウンテンセキからおり、トランクを開けると、置いてあったナイフを手に取った。そのシュンカン、ぼくは後ろから押さえつけられた。

ナイフをはなすんだ!

ぼくはナイフを持った右手に力をこめた。刃先をのどへと近づけていく。

やめろ!はなすんだ!

ぼくはのどにナイフをつきさすと、そのまま地面にたおれた。苦しさはすぐに消えた。


「パパ、どうかなこのお話」

僕は書斎の中で、小説を読み終えた父に向かって言った。 

「ああ、まあ面白いのじゃないか。8歳にしては上出来だよ」

僕は嬉しくなった。父は作家だった。

「ただ、言わせてもらうとすると、オチが弱すぎるな。ま、これは8歳にとっては酷なお願いか……」

僕は頷いた。

「だがな、もう一つは酷なお願いではないぞ。なんだこの漢字の少なさは。もう小学3年生だろう。『店員』くらい漢字で書きなさい。宿題のドリルはちゃんとやったのか?」

僕はぎくりとした。

「やってないのか、それなら、晩飯は抜きだ。今日はお前の大好きな唐揚げなのだがな」

僕は自室に戻り、大急ぎで漢字ドリルを開いた。肉の匂いが、階下から漂ってきた。

今日も、父が台所に立っている。
父によると、母は旅行に行っているらしい。
いったいいつ、帰ってくるのだろう。

肉の焼ける匂いにしては、少しだけ生臭いような気がした。

(完)

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