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タイサル!第38話「あくびシリーズの隠れミッション:ベニガオさんの犬歯サイズを記録せよ!」

みなさんこんにちは、ポンコツ研究員の豊田です。先週はいろいろと忙しくて更新を逃してしまいました、すみませんでした。

気がつけばもう年末です。2月からタイ渡航を予定していたのに、Thailand Passの申請が年明けまで止まってしまいました。私はいつになったらタイにいけるのだろうか...11月の時点で様子見なんかせずにさっさと渡航すればよかったのですが、大学事務その他諸々の手続き上、そう簡単にはいきません。もはや無職になって自己責任でタイへ飛び立ったほうが早いのでは、と思い始めてきたので、割と真剣に検討中です。どんどん人生が予想外の方向へ進んでいきますが、過去に「想定内」に収まった試しがないので、ある意味通常運転です。

さて、私は先月くらいから日本モンキーセンターのバックヤードでちょっとしたお仕事をちまちまやっています。タイサル!のおかげで、園内で読者の方に声をかけていただくことも。いつも読んでいただきありがとうございます!

今週は、そんなJMCでのお仕事にちょっとだけ関連するお話です。


「あくびシリーズ」の隠れたミッション

第10話「撮影へのこだわり」の回で、サルたちがあくびをする瞬間の写真を取り続けているという話をしました。

実はこのあくびシリーズの撮影には、「個体識別のための歯型の記録」以外にもうひとつ、隠れたミッションがありました。

それが、「犬歯の欠損・損傷パターンの分析」です。

どういうオスが、どれくらい犬歯を折ったり失ったりしているのかを調べようとしていたわけです。


サルのみならず、動物の中には、オスとメスで体格や色などの外見上の特徴が大きく異なる種がいます。これを性的二型といいいます。わかりやすい例だと、単純にメスよりもオスのほうがひとまわりもふたまわりも大きいとか、オスがめちゃくちゃ派手とか、いろいろなパターンがあります。

オスとメスとの間での犬歯の大きさの違いも、性的二型の特徴のひとつです。一般的に、メスよりもオスの犬歯のほうが大きくなります。それは、オスのほうがよく戦うから、つまり犬歯は戦う時に必要な「武器」だからです。なので、その種のオスの犬歯がどれだけ大きくなるかは、どんなものを食べているかといった環境要因のほかに、オス同士の闘争がそれだけ激しいかによっても変わってきます。オス間競合の強さの指標とも言えます。

犬歯は非常に鋭く尖っており、また下顎の歯との咬合によって常に研がれているために、切れ味が抜群になっています。思いっきり噛み付けばザクッと刺さり、そのまま引きちぎればバッサリ切れます。なので犬歯を使ったケンカとなると、自分も相手も大怪我をする可能性が高まります。犬歯による咬傷は、場所が悪ければ致命傷になります。

ベニガオさんに話を戻すと、調査地にいるベニガオさんのオスたちの中には、こうした激しいケンカによってかつて重症を負ったことがよくわかる傷跡が残っているオスたちがたくさんいます。体に負った傷は治癒して毛で覆われるとわかりにくくなりますが、顔に負った傷跡は非常に目立ちます。生き残っているオスたちの顔に刻まれた傷跡は、過去に相当激しいケンカがあったという事実を物語っています。

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写真は鼻から唇にかけてザックリ欠損しているオス。見るからに百戦錬磨の強面。名前はもちろん「プレデター」。誰がどう見ても「プレデター」以外の名前が浮かんでこないというほど、そっくりです。外見は怖いですが、性格はおとなしい、体格の良いオスです。

他のサルを長期間じっくりと観察したことがないので、あくまでも個人的な印象ではありますが、ベニガオさんは顔面に激しいケンカの名残と思しき傷跡がある率が高い気がしています。

南部のキタブタオザル(↓動画)のアルファオスも顔面に傷跡がありましたが、ベニガオさんたちの場合はもっと激しいのです。鼻にスパッと横切れ目が入っているのなんてザラにいます。特にTingという群れにはプレデターレベルの傷跡をもつオスが何頭もいます。ここはベニガオ界の武闘派ヤ○ザの組なのか?という見た目のイカツさです。


これだけ相手の顔面を切り裂き、上顎の骨までザックリとえぐってしまうほど激しくケンカをすれば、当然ながら犬歯がポッキリ折れちゃう事故も起きます。つまり、「顔面の損傷具合」と「犬歯の欠損具合」をセットで記録していると、なんとなく、ケンカの激しさ度合い、つまりベニガオさんのオスたちの競合がどれくらい強いのかがわかるだろう、ということになります。それを知る手がかりとして、「あくびシリーズ」は重要な写真シリーズのひとつだったわけです。

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このオスの場合、上顎の犬歯が2本とも、根本からポッキリと折れています。


あくびは実は犬歯の"チラ見せ"行為!?

私達があくびをする時は、だいたい眠たい時か、退屈な時か、誰かのあくびを見た時です。いろんな動物があくびをするので、生物学的に重要な動作なのだということはわかりますが、実際にはなんでこんな動作が起きるのかはよくわかっていません。最新の研究をフォローしているわけではありませんが、よく言われているのは、強制的に深呼吸することで酸素供給量を増やすとか(覚醒作用)、内耳の圧力調整とか(飛行機に乗るとよく起きるのはこれ)、諸説あります。

こうした機能のほかに、動物のオスにとっては、「犬歯を見せる」という効果があるのではないかと言われています。普段見えない犬歯をあくびの時にさりげなく見せることで、自分がどんな大きさの武器を持っているのかを宣伝できます。誰かのあくびをチラ見して、「あー、あいつの犬歯でかいなー...」と思えば、できるだけそいつとはケンカをしないように気をつけるかもしれません。そうやってオス同士の牽制とケンカの抑止に、一役買っている可能性もあります。

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ということは、大きい犬歯をもっているオスはより高頻度にあくびをするのだろうか?犬歯が折れるとあくびの頻度は減るのか?そもそも自分の犬歯の大きさを相対的にどうやって知るのだろうか?...と、疑問が続々と湧いてきます。あくびをする瞬間というのは、その頻度も含めて、結構色んな情報が詰まっています。

これらの疑問をすべて検証して論文にしようと思ったら、それだけで十分に手間のかかる研究になってしまいます。私はこの研究で論文を書こうとしていたわけではありませんが、師匠が「犬歯の折れ率」に興味を持っていたこともあり、パチパチッと写真で簡単に記録できるものなのでとりあえず撮りためておこう、というのがあくびシリーズ撮影のモチベーションでした。

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調査地で一番立派な犬歯をもっているのはこの久保くんというオス。常に犬歯の先端が見えています。


あくびシリーズの限界

私の「あくびシリーズ」写真は、あくまでも歯列がどんな状態かという記録と、折れているかどうかの確認くらいにしか役に立ちません。骨が見つかれば個体の照合はできますが、あとは他人に見せて「どや!迫力あるやろ!」とベニガオ自慢する時に使うくらいです。

犬歯が折れていれば、激しいケンカで折れた可能性が高いと言えます。でも、硬い豆の鞘を噛んでいたら折れてしまった、という可能性も無きにしもあらず。あるいは虫歯になって抜けてしまった、のかもしれません。実際にケンカによって犬歯が折れた場面を見ているわけではないので、「ベニガオさんのオスたちの競合度合いがどれくらい強いのか」という指標として犬歯の情報を使おうと思うと、厳密には写真撮影だけではデータ不足で、ちゃんとしたサイズ計測と地域間・種間の比較が不可欠になります。

犬歯のサイズ計測は、野生の動物では捕獲・麻酔が許可されない限りほぼ不可能です。写真から大きさを推定するには、被写体と同じ場所に基準となる定規のようなものを入れて撮影するなどの準備が必要です。現代の解析技術を用いれば、もしかしたら、カメラのセンサーサイズ、合焦している焦点距離、F値、撮影者の身長などなど、あらゆるデータを用いれば、写真だけから「被写体の大きさ」を大まかに推定することができるかもしれませんが、ミリ単位での計測が必要な犬歯となると、ちょっと厳しいかもしれません。なんとなく犬歯が大きい個体とそうでない個体がわかる、という程度の参考資料的扱いになります。

また、仮に犬歯の大きさの実測値が得られたところで、それが直ちにオス同士の競合度合いの指標になるわけではありません。なぜなら、「犬歯何ミリ以上だとオス間競合が強い」みたいな指標があるわけではないからです。おまけに「競合が強いか弱いか」は相対的な概念なので、調査地のベニガオさんだけのデータでは何も言えません。他の場所のベニガオさんや、他のマカク種と比較することで、はじめて結論が得られます。


巡り巡って日本モンキーセンターでのお仕事に

実は今日本モンキーセンターで私がおこなっている仕事のひとつに、「全マカク属の犬歯サイズの計測」というのがあります。日本モンキーセンターには膨大な数の骨格標本が収蔵されています。その中から、マカクの標本を見つけ出してきて、犬歯はじめ関連する各部位の長さをデジタルノギスでコツコツと計測しています。まさにこの「あくびシリーズ」でできなかったことを、実際の膨大な標本を使ってせっせとデータ化しているようなものです。

この日本モンキーセンターでの研究のきっかけも開始経緯も、あくびシリーズとは全然関係ない別文脈で始まったものなのですが、巡り巡って似たような興味を追求するお仕事になっています。「あくびシリーズ」で犬歯の大きさに興味を持って写真を撮っていたおかげで、日本モンキーセンターでのお仕事に結びついたのかもしれません。

現在進行中の仕事なので、研究の詳細はnoteでは書けませんが、日本モンキーセンターでの講演等の機会があれば、お話させていただこうと思います。

計測作業自体はひとまず来年の1月いっぱいまで続く予定です。


〜年末年始のお知らせ〜

ポンコツ豊田は「ベニガオザル研究の遺言」を執筆するため、年末年始はタイサル!の配信はお休みとなります。

次回は年明けの1月9日配信予定。テーマは「タイのお正月」です!

お楽しみに!

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タイサル!シリーズ過去の配信アーカイブはこちらから↓

連載コラム「タイでサル調査!研究奮闘記」配信開始のお知らせ
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n28a1dc0c9402
第1話「海外調査の生活拠点」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n985accf6fef3
第2話「調査地で楽しむタイ料理!食事編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5444528ab0bb
第3話「シャワーも命がけ!?お水事情その①」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5bcd9a17bc1
第4話「シャワーも命がけ!?お水事情その②」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7c4f68bf12d1
第5話「シャワーも命がけ!?お水事情その③」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n56d26d529251
第6話「泥水との激戦を終えて」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n375ca4ab7be2
第7話「調査生活のオトモ!タイの犬たち」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n7968f75aea75
第8話「その日のことはその日のうちに!調査の1日のルーティンワーク」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfdac8fac1ec6
第9話「忘れ物確認ヨシ!調査時の装備について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n4fef7eb2e320
第10話「写真へのこだわり」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na4da37e13e8d
第11話「誰だ誰だかわからない!個体識別の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1648bde20bab
第12話「ゲシュタルト崩壊!全頭識別への道」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n24c3478ea661
第13話「サルたちの名前の付け方の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nb6a8e6119ced
第14話「タイの仏教文化とサルたちの関係について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n9a7a6814730d
第15話「タンブン行為で私が心配していること」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nd1360f5568af
第16話「タイ生活の必需品、プラクルアンとは?」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n6bcc5b875bb5

タイ南北調査特集はこちらから↓
第17話「南北調査シリーズ開始&YouTubeチャンネル開設のお知らせ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ncab1c13b6bf9
第18話「南部調査その①:Puckerを拝みに...キタブタオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n5d3df0969439
第19話「南部調査その②:白いメガネが印象的!ダスキールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/na32091a5b055
第20話「南部調査その③:見慣れたサルのはずなのに...ベニガオザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n3488e5942c1a
第21話「南部調査その④:アナタどこにでもいるわね!カニクイザル編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n219720155be3
第22話「北部調査その①:黄金の赤ちゃんを求めて〜ファイヤールトン編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ndeb079c8825c
第23話「北部調査その②:ガイコツの隣でうんち拾い...アッサムモンキー編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/naf23f701a677
第24話「南北調査おまけ:噂のココナッツモンキーを求めて−モンキースクール編」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nfb50e551aa1a

第25話から調査地シリーズに戻ります↓
第25話「年に一度の風物詩!コウモリ集団飛翔の撮影秘話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n0b4911b372e2
第26話「気づけば部屋が虫だらけ!マレーンマオ大量発生の悲劇」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n264fade216ea
第27話「思い出いっぱい!タイで購入したmy冷蔵庫の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n071966d6f39a
第28話「クリスマスにひとりで死にかけた話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nead29459b1db
第29話「調査地での同居人・チンチョッとの日々のあれこれ」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nab48db873ca1
第30話「30回更新記念:タイサル!シリーズの振り返りと今後について」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nd7f4df7fdc46
第31話「雨の日の定番!カエルの唐揚げができるまで」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n46e0aa051425
第32話「ベニガオザルの噂の真相」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ndde380f51a93
第33話「担当イラストレーターさんとnoteコラボやオリジナルグッズ誕生について対談してみた」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n2d34def8697b
第34話「調査地を思い出すタイの歌ー独断と偏見で選ぶ私的25選」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n95cddb7e6dfb
第35話「11月といえば!タイの恒例行事、ロイクラトンの話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n2999bc1434a5
第36話「調査地の山に眠る黄金の仏陀像を拝みに行った話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/nf5f6521ee811
第37話「第2の調査地開拓なるか!?お隣さんの視察調査の話」
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n913898fb06a2

番外編の過去の配信アーカイブはこちらから↓
私論:「ココナッツモンキー」は動物虐待なのか?
https://note.com/arctoidestoyoda/n/ne6add28fc064
遺跡の街ロッブリーに住むカニクイザルの歴史
https://note.com/arctoidestoyoda/n/n1679cb4029b2

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