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論文まとめ292回目 SCIENCE 牛の結核ワクチン!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Vocal learning–associated convergent evolution in mammalian proteins and regulatory elements
哺乳類のタンパク質と調節領域における発話学習に関連した収斂進化
「ヒトのコミュニケーションの基盤である発話学習能力は、他の哺乳類にも見られる収斂進化の産物です。本研究では、200以上の哺乳類ゲノムを人工知能で解析し、発話学習に関連する数百のゲノム領域を特定しました。驚くべきことに、それらの領域には自閉症に関連する遺伝子ネットワークが含まれていたのです。コウモリの脳を調べた実験と合わせて、ヒトのコミュニケーション能力の起源に迫る画期的な発見と言えるでしょう。私たちの言葉の源流は、哺乳類の仲間たちとの共通の遺産だったのかもしれません。この研究は、ヒトとは異なる視点から言語の進化を考える新しいアプローチを提示しています。」

Molecular mechanism of dynein-dynactin complex assembly by LIS1
LIS1によるダイニン-ダイナクチン複合体の組み立て機構
「細胞内の大きな荷物の輸送を担う分子モーター複合体ダイニン-ダイナクチンの組み立てには、LIS1というタンパク質が重要な役割を果たしています。今回、クライオ電子顕微鏡を用いて、LIS1とリソソームアダプタータンパク質JIP3が結合したダイニン-ダイナクチン複合体の立体構造が明らかになりました。構造解析から、LIS1がダイニンのモータードメインと結合してパワーストローク前の状態を安定化させるとともに、ダイナクチンのp150アームと接触してアダプタータンパク質の結合を促進することが分かりました。本研究は、巨大な分子マシンの組み立てにおけるLIS1の重要性を明らかにした画期的な成果です。細胞内物流の仕組みに迫る新たな知見と言えるでしょう。」

Trajectories of cellular immune responses in BCG-vaccinated cattle
BCGワクチン接種牛における細胞性免疫応答の軌跡
「牛の結核は世界の畜産業に大きな脅威を与えています。従来の結核検査と感染牛の淘汰による対策は、コストが高く現実的ではありません。そこで注目されているのが、BCGワクチンによる予防です。今回の研究では、BCGワクチンが牛同士の結核菌の伝播を大幅に抑制することを初めて実験的に示しました。さらに、エチオピアの酪農を想定したシミュレーションでは、BCGワクチンの継続的な使用により、数十年のうちに結核の制圧が可能であることが示唆されました。BCGワクチンは、結核に悩む途上国の畜産業に光明をもたらすかもしれません。牛の命を守ることは、人の健康と生活を守ることにもつながるのです。」

Design of a SARS-CoV-2 papain-like protease inhibitor with antiviral efficacy in a mouse model
SARS-CoV-2のパパイン様プロテアーゼ阻害剤の設計とマウスモデルでの抗ウイルス効果
「SARS-CoV-2の増殖を抑える新しい経口薬の開発が急がれています。この研究では、ウイルスの複製に不可欠なPLpro酵素を標的とした阻害剤の設計に成功しました。構造解析によって見出された新たな結合部位を利用することで、強力な阻害活性を持つ化合物Jun12682を開発。Jun12682は、SARS-CoV-2の様々な変異株にも効果を示し、マウスへの経口投与で肺の損傷を軽減しました。PLpro阻害剤は、既存の治療薬とは異なる作用機序を持つため、将来の変異株や耐性ウイルスに対する切り札となるかもしれません。新型コロナ終息への希望が見えてきた画期的な研究成果です。」

Control of cell proliferation by memories of mitosis
分裂期の記憶による細胞増殖の制御
「細胞分裂の異常は、ゲノムの不安定性を引き起こし、がんの原因となります。この研究は、細胞が分裂期の異常を検知し、その情報を娘細胞に伝達して増殖を停止させる分子機構を明らかにしました。分裂期が通常の約3倍に延長した細胞では、53BP1-USP28-p53タンパク質複合体が形成され、娘細胞に受け継がれます。この複合体は、娘細胞のG1期においてp53シグナルを活性化し、増殖を抑制するのです。p53変異型のがんではこの機構が失われており、抗がん剤への感受性にも関係していました。本研究は、がん化を防ぐ生体の巧妙なシステムを解明した画期的な成果であり、新たながん診断・治療法の開発にもつながると期待されます。」

Biosynthesis of the allelopathic alkaloid gramine in barley by a cryptic oxidative rearrangement

オオムギにおけるアレロパシーアルカロイド・グラミンの生合成と隠れた酸化的転位反応
「オオムギなどのイネ科植物が作る防御物質グラミンは、昆虫を寄せ付けない一方で、家畜には苦手な味です。この研究では、オオムギのゲノム解析から、グラミン生合成の鍵を握る2つの遺伝子を特定しました。そのうちの1つがコードするAMI合成酵素は、トリプトファンからグラミンへの予想外の変換反応を触媒していたのです。酵母や植物でグラミン合成を再現し、オオムギでもゲノム編集でグラミンの量を自在に操れることを示しました。この発見は、グラミンが関わる形質を思い通りに改良する育種の扉を開くものです。苦みと虫よけのバランスが絶妙なオオムギを作れる日が来るかもしれません。」

A hyperelastic hydrogel with an ultralarge reversible biaxial strain
超弾性ハイドロゲルによる超大面積可逆ひずみの実現
「ハイドロゲルは水を大量に含む高分子のネットワークですが、通常はあまり伸びません。この研究では、ビーズとひもが連なった「真珠のネックレス」のような構造を導入することで、驚くほど伸縮性の高いハイドロゲルを開発しました。このゲルは、面積で1万%以上も伸びた後、元の形に戻ることができるのです。しかも、針で刺したり切ったりしても、すぐに修復できます。こうした特性から、広い範囲を掴めて自己検知もでき、傷ついても回復する空圧式グリッパーの理想的な材料になると期待されています。ハイドロゲルの常識を覆す画期的な成果であり、ソフトロボティクスなど幅広い分野への応用が見込まれます。」




要約

ヒトの発話能力の進化の手がかりを哺乳類ゲノムの中に発見

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abn3263

発話学習能力は、ヒトを含む一部の哺乳類で独立に進化した。哺乳類における発話学習に関連する脳のゲノム領域を同定するため、エジプトオオコウモリの遺伝子・解剖・神経生理データを215種の胎盤哺乳類ゲノムの解析と統合した。まず、発話学習をする種でよりゆっくり進化しているタンパク質群を同定した。次に、エジプトオオコウモリの発話運動皮質領域を発見し、その知見を活用して発話学習をする種の運動皮質で活性化するシス調節領域を同定した。機械学習法により、発話学習と強く関連する50のエンハンサーを明らかにし、それらの活性は発話学習をする種で低い傾向にあった。本研究は、哺乳類の発話学習進化における運動皮質の制御領域の収斂的な喪失を示唆している。

事前情報
発話学習能力は、脊椎動物で収斂進化した形質である。脊椎動物では、発話学習行動の進化は、大脳皮質の長距離投射ニューロンなどの脳の解剖学的特徴の進化と関連付けられてきた。さらに、学習された発声の産生に関与する神経回路では、遺伝子発現パターンの収斂進化が見られる。しかし、哺乳類における発話学習とヒトの言語の遺伝的基盤はほとんど理解されていない。
行ったこと

  1. RERconvergeとHyPhyという手法を用いて、タンパク質コード領域の収斂進化を調べ、200の有意に関連する遺伝子を見出した。

  2. エジプトオオコウモリの運動皮質の解剖学的・機能的特性解析を行い、発声に関与し喉頭の運動ニューロンに直接投射する領域を同定した。

  3. その発話関連運動皮質領域でオープンクロマチンを測定し、候補となる制御領域をプロファイリングした。

  4. これらのオープンクロマチン領域と222種の哺乳類ゲノムを機械学習手法TACITに入力し、発話学習行動の有無と高い相関を示す50の候補制御領域を見出した。

検証方法

  1. RERconvergeとHyPhyという手法を用いたタンパク質コード領域の収斂進化解析。

  2. エジプトオオコウモリの発話運動皮質領域の解剖学的・機能的特性解析。

  3. 発話関連運動皮質領域のオープンクロマチン測定。

  4. 機械学習手法TACITを用いたオープンクロマチン領域の解析。

分かったこと

  1. 発話学習をする哺乳類で制約が高い傾向にある遺伝子群は、ヒトの自閉症に関与する遺伝子で濃縮されていた。

  2. 大部分の遺伝子は1つか2つの発話学習哺乳類グループのシグナルに依存しており、発話学習の遺伝的基盤は制御領域の収斂進化にあると示唆された。

  3. 同定された多くのオープンクロマチン領域は自閉症関連遺伝子の近傍にあり、発話学習の進化に関与するとされる長距離投射ニューロン特異的なオープンクロマチンと重複する傾向にあった。

  4. 発話学習行動の存在は、広範な遺伝子に対する弱い選択圧と、少数の運動皮質非コード領域に対するより強い選択圧をもたらすことが示された。

この研究の面白く独創的なところ
哺乳類における発話学習能力の独立な進化に着目し、大規模なゲノム比較と脳科学的アプローチを組み合わせた点が独創的である。特に、発話学習に関連する遺伝子群と自閉症関連遺伝子の重なりを見出した点は興味深い。また、エジプトオオコウモリの脳実験によって発話関連運動皮質領域を特定し、そこに着目してゲノム解析を行った戦略も巧みである。さらに、機械学習を活用して発話学習に関連する制御領域を絞り込んだ点も新しいアプローチと言える。発話学習の遺伝的基盤解明に向けた先駆的な研究と評価できる。

この研究のアプリケーション
本研究の成果は、ヒトの言語能力の進化的起源の理解に寄与すると期待される。特に、発話学習関連遺伝子と自閉症関連遺伝子の重なりは、言語とコミュニケーションの障害を伴う自閉症の病因解明につながる可能性がある。また、同定された発話学習関連の制御領域は、言語障害や発達障害の分子メカニズム解明のための手がかりになるかもしれない。さらに、本研究の手法は、ヒト特異的な形質の遺伝的基盤を探る上で有効なアプローチになると考えられる。ゲノム比較と脳科学的知見を組み合わせることで、ヒトらしさの起源に迫る研究が加速されるだろう。

著者と所属
Morgan E. Wirthlin, Tobias A. Schmid, Julie E. Elie, Xiaomeng Zhang, Amanda Kowalczyk, Ruby Redlich, Varvara A. Shvareva, Ashley Rakuljic, Maria B. Ji, Ninad S. Bhat, Irene M. Kaplow, Daniel E. Schäffer, Alyssa J. Lawler, Andrew Z. Wang, Badoi N. Phan, Siddharth Annaldasula, Ashley R. Brown, Tianyu Lu, Byung Kook Lim, Eiman Azim, Zoonomia Consortium, Nathan L. Clark, Wynn K. Meyer, Sergei L. Kosakovsky Pond, Maria Chikina, Michael M. Yartsev, Andreas R. Pfenning (カーネギーメロン大学、セントルイスワシントン大学、スクリプス研究所、ルートヴィヒマクシミリアン大学ミュンヘン、カリフォルニア大学バークレー校、ペンシルベニア大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校)

詳しく解説
この研究は、ヒトの言語能力の基盤である発話学習が、いくつかの哺乳類で独立に進化したことに着目し、その遺伝的基盤を探るために行われました。
発話学習とは、社会環境に応じて発声を修正する能力のことで、ヒトの言語の基盤となっています。興味深いことに、この能力はヒト以外の哺乳類、具体的には鯨類、鰭脚類、コウモリ類でも見られます。これは収斂進化、つまり異なる系統で独立に同じような形質が進化することを意味しています。
研究チームは、まず200以上の哺乳類のゲノムデータを用いて、発話学習をする種でゆっくりと進化しているタンパク質をコードする遺伝子を探索しました。その結果、200個の遺伝子が同定されました。驚くべきことに、これらの遺伝子の多くは、ヒトの自閉症に関与することが知られている遺伝子群と重なっていたのです。自閉症は、言語とコミュニケーションの障害を特徴とする発達障害ですから、この結果は発話学習と自閉症が分子レベルで関連することを示唆しています。
しかし、同定された遺伝子の多くは、一部の発話学習哺乳類のゲノムデータにのみ依存していました。このことから、発話学習の遺伝的基盤は、タンパク質をコードする遺伝子よりも、遺伝子発現を制御する領域(制御領域)の収斂進化にあるのではないかと考えられました。
そこで次に、エジプトオオコウモリの脳を詳細に調べる実験を行いました。その結果、発声に関与し、喉頭の筋肉を制御する運動ニューロンに直接つながる運動皮質領域を発見しました。この領域では、DNAが開いた状態(オープンクロマチン)になっていると予想されます。オープンクロマチンは、遺伝子発現制御に重要な領域だからです。
実際、発話関連運動皮質領域のオープンクロマチンを測定し、そのデータを222種の哺乳類ゲノムとともに機械学習アルゴリズムで解析したところ、発話学習の有無と強く相関する50の制御領域が浮かび上がってきました。興味深いことに、これらの領域の多くは自閉症関連遺伝子の近くに位置していました。また、発話学習の進化に関わるとされる長距離投射ニューロンに特異的なオープンクロマチンとも重なる傾向がありました。
以上の結果から、発話学習行動の存在は、多数の遺伝子に対する弱い選択圧と、少数の運動皮質制御領域に対するより強い選択圧をもたらすと考えられます。そして、発話学習に関連する遺伝子と自閉症関連遺伝子の重なりは、発話や社会性行動に関わる共通の制御ネットワークが、発話学習を獲得する過程で似たように適応するためと解釈されます。
この研究は、ヒトの言語能力の起源を、ヒトとは異なる視点から探るユニークなアプローチを提示しています。ヒトの脳を直接調べることは難しいですが、発話学習という行動に着目し、それが独立に進化した哺乳類の間でゲノムを比較することで、言語の遺伝的基盤に迫ることができるのです。
また、自閉症関連遺伝子との重なりは、言語とコミュニケーションの障害の理解にもつながる重要な発見です。今後、同定された発話学習関連の制御領域がどのように自閉症の病因に関わるのか、さらなる研究が期待されます。
さらに、この研究は、ゲノム比較と脳科学的アプローチを組み合わせることの有効性を示しています。ヒトに特有の形質がどのように進化してきたのか。そのような問いに答えるためには、ヒト以外の動物も含めた広い視野と、最先端の技術を駆使した学際的なアプローチが欠かせません。この研究は、そのような研究の先駆けとなるでしょう。
ヒトのコミュニケーションの源流を探る壮大な航海は、まだ始まったばかりです。この研究は、その航海に新しい道標を示したと言えるでしょう。私たちの言葉の起源は、ひょっとすると、哺乳類の仲間たちとの共通の遺産の中に隠れているのかもしれません。


LIS1タンパク質による巨大分子モーター複合体ダイニン-ダイナクチンの組み立てメカニズムを解明

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk8544

細胞質ダイニン-1(ダイニン)は、細胞内輸送や有糸分裂の紡錘体の機能に不可欠な微小管モーターである。ダイニンの活性化には、コファクターのダイナクチンと荷物特異的なアダプタータンパク質からなる約4MDaの複合体の形成が必要である。本研究では、リソソームアダプターJIP3がダイニンを活性化するかどうかを調べ、さらにクライオ電子顕微鏡を用いて、微小管上のJIP3結合ダイニン-ダイナクチン複合体の構造を解析した。その結果、JIP3の短いN末端コイルドコイルがダイニン-ダイナクチンを活性化するのに十分であること、LIS1がダイナクチンのp150サブユニットに結合し、ダイニンに沿ってそれを繋ぎ留めることが明らかになった。本研究のデータは、LIS1とp150がダイニン-ダイナクチンを適切に配置し、効率的な複合体形成を確保することを示唆している。

事前情報
細胞質ダイニン-1(ダイニン)は、細胞内輸送やオルガネラの配置、有糸分裂の紡錘体の機能に必要な微小管モーターである。ダイニンの活性化には、コファクターのダイナクチンと荷物特異的なアダプタータンパク質からなる約4MDaの複合体の形成が必要である。細胞内では、多様なアダプタータンパク質がダイニンをその多くの荷物に結びつける。それらは通常、長いコイルドコイルとダイニン-ダイナクチンに結合するための特定のモチーフを含んでいる。しかし、リソソームアダプターJIP3など、一部のアダプターは著しく短いコイルドコイルを含み、必要なモチーフの一部を欠いているように見える。さらに、ダイニン-ダイナクチン複合体の形成には、LIS1(lissencephaly-1)タンパク質のような制御因子が必要である。LIS1は、モータードメインに結合することでダイニンの自己阻害型「phi」状態を解除する。しかし、これだけで複合体形成におけるLIS1の役割を媒介しているのかどうかは不明である。

行ったこと
本研究では、まずJIP3がin vitroの運動アッセイでダイニンを活性化するかどうかを調べた。次に、クライオ電子顕微鏡を用いて、非加水分解性ATPアナログAMP-PNP存在下で微小管に結合したこれらの複合体を可視化することで、JIP3依存的な活性化の分子基盤を調べた。LIS1を含めることで、ダイニン-ダイナクチン-JIP3複合体をその集合経路に捕らえ、LIS1とダイナクチンの伸長p150Gluedサブユニット(p150)がこのプロセスを刺激する方法を説明した。
検証方法

  1. In vitro運動アッセイによるJIP3のダイニン活性化能の検証。

  2. クライオ電子顕微鏡による、AMP-PNP存在下での微小管に結合したダイニン-ダイナクチン-JIP3-LIS1複合体の構造解析。

  3. 変異体を用いた生化学的実験による、LIS1のダイニン-ダイナクチン-アダプター(DDA)複合体形成刺激機構の検証。

分かったこと

  1. JIP3の短いN末端コイルドコイルは、ダイニン-ダイナクチンを活性化するのに十分である。

  2. JIP3は、N末端コイルドコイルから約200アミノ酸離れた位置にSpindlyモチーフを含んでいる。

  3. ダイニン-ダイナクチン-JIP3-LIS1複合体の構造は、2つのダイニン(AとB)を含む。ダイニンBは微小管に結合しているが、ダイニンAは2つのLIS1分子に結合し、微小管から解離している。

  4. LIS1の存在により、ダイナクチンのp150アームがダイニンの全長に沿ってドッキングする。

  5. p150は開構造をとっており、ダイニンの中間鎖(DIC-N)のN末端の重要なヘリックスに結合し、その後LIS1とダイニンと相互作用する。

  6. LIS1は、p150とダイニンAモーターを結びつけることでDDA複合体形成を刺激する。

この研究の面白く独創的なところ
本研究は、JIP3のような非典型的な構造を持つアダプタータンパク質がどのようにダイニンを活性化するのかを明らかにした点で興味深い。また、クライオ電子顕微鏡構造解析により、活性型ダイニン複合体形成時に起こるダイニン、ダイナクチン、LIS1の相互作用を可視化した点が独創的である。特に、LIS1がダイナクチンのp150サブユニットに結合し、ダイニンに沿ってそれを繋ぎ留めるという予想外の発見は、ダイニン複合体の形成メカニズムに新たな洞察を与えるものである。本研究は、ダイニン複合体の活性化における巧妙な相互作用ネットワークと、それを促進するLIS1の役割を明らかにした点で高く評価できる。

この研究のアプリケーション
本研究の成果は、細胞内輸送の基本メカニズムの理解に大きく貢献すると期待される。ダイニンは、神経細胞の軸索輸送など、細胞内の長距離輸送に重要な役割を果たしている。したがって、ダイニン複合体の形成メカニズムの解明は、神経変性疾患などの病態解明や治療法開発につながる可能性がある。実際、LIS1の変異は、滑脳症などの発生障害や神経疾患と関連することが知られている。本研究で得られた構造的知見は、これらの疾患の分子メカニズムの解明に手がかりを与えるだろう。さらに、ダイニンは細胞分裂にも重要な役割を果たすため、がんなどの細胞分裂関連疾患の理解にも貢献が期待される。
著者と所属
Kashish Singh, Clinton K. Lau, Giulia Manigrasso, José B. Gama, Reto Gassmann, Andrew P. Carter (MRC分子生物学研究所)

詳しく解説
この研究は、細胞内の物質輸送や細胞分裂に重要な役割を果たす分子モーター複合体、ダイニン-ダイナクチンの組み立てメカニズムを解明しました。
ダイニンは、微小管と呼ばれる細胞骨格上を移動する分子モーターです。ダイニンが機能するためには、ダイナクチンというコファクターと、荷物に特異的なアダプタータンパク質からなる巨大な複合体(約400万ダルトン)を形成する必要があります。細胞内には多様なアダプタータンパク質が存在し、ダイニンをその輸送すべき荷物に結びつけています。
これらのアダプタータンパク質は通常、長いコイルドコイル構造を持ち、ダイニンやダイナクチンと結合するための特別なモチーフを含んでいます。ところが、JIP3というリソソーム(細胞内の分解工場)のアダプタータンパク質は、他と比べて非常に短いコイルドコイルしか持たず、必要とされるモチーフの一部を欠いているように見えました。これでは、どうやってダイニンを活性化しているのか謎でした。
そこで研究チームは、まずJIP3がダイニンを活性化できるかどうかを、試験管内の運動アッセイで調べました。その結果、JIP3の短いコイルドコイルでも、ダイニン-ダイナクチンを活性化するのに十分であることが分かりました。さらに詳しく調べると、JIP3はコイルドコイルからかなり離れた位置に、ダイナクチンと結合するためのモチーフ(Spindlyモチーフ)を持っていることが判明しました。
次に、クライオ電子顕微鏡という手法を使って、JIP3とダイニン-ダイナクチン複合体の立体構造を解析しました。ここで重要なのが、LIS1というタンパク質の存在です。LIS1は、ダイニン-ダイナクチン複合体の形成に必要な制御因子として知られていました。LIS1を加えることで、複合体形成の途中段階を捉えることができたのです。
得られた構造から、LIS1はダイニンのモーター部分に結合し、パワーストローク前の状態を安定化していることが分かりました。さらに驚くべきことに、LIS1はダイナクチンのp150というサブユニットにも結合し、それをダイニンに沿って繋ぎ留めていたのです。
この発見から、LIS1とp150が協力して、ダイニンとダイナクチンを適切に配置し、アダプタータンパク質が効率よく結合できるようにしていることが示唆されました。LIS1は、ダイニンをp150の腕の下に潜り込ませることで、アダプター結合に備えているのです。
これらの結果は、ダイニン複合体の形成における巧妙な相互作用ネットワークと、それを促進するLIS1の重要な役割を浮き彫りにしています。ダイニンは、神経細胞の軸索輸送など、細胞内の長距離輸送に欠かせません。したがって、本研究の成果は、神経変性疾患などの病態解明や治療法開発につながる可能性を秘めています。
さらに、ダイニンは細胞分裂にも重要な役割を果たします。がんなどの細胞分裂関連疾患の理解にも、本研究の知見は貢献するでしょう。
ダイニンという分子モーターが荷物を運ぶためには、ダイナクチンやアダプタータンパク質との緊密な連携が不可欠です。今回の研究は、その精巧な組み立てメカニズムの一端を明らかにしました。細胞内物流の仕組みに迫るこの成果は、生命の根幹に関わる重要な発見と言えるでしょう。


BCGワクチンが牛の結核を撲滅できる可能性を初めて実証

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl3962

牛結核病(bTB)は、畜産業と食の安全、人の健康に大きな脅威を与えている。従来の結核検査と感染牛の淘汰による対策は、コストが高く社会経済的に実現困難な地域が多い。BCGワクチンによる予防が有望視されているが、伝播リスク低減効果は不明だった。本研究では、BCGワクチンの直接的・間接的な伝播抑制効果を、牛における自然感染実験で初めて定量した。その結果、BCGは感染を完全に予防できないが、ワクチン接種牛からの伝播リスクを74%低減し、ワクチン効果は89%に達することが示された。エチオピアの酪農データに基づくシミュレーションでは、定期的なBCG接種により今後数十年で結核を大幅に制圧できる可能性が示唆された。BCGワクチンは、従来の対策が現実的でない地域におけるbTB制御の切り札となり得る。

事前情報
牛結核病(bTB)は、畜産業と食の安全、人の健康に大きな脅威となっている。先進国では結核検査と感染牛の淘汰により制圧に成功しているが、多くの低・中所得国ではコストと社会経済的な理由から実現が困難である。BCGワクチンによる予防が代替策として有望視されているが、感染伝播リスクの低減効果は不明である。ワクチンの効果検証には、感染個体からの伝播リスクの低減効果(間接効果)の評価が重要だが、慢性感染症である結核ではその検証が難しかった。

行ったこと
エチオピアで飼育されている牛を対象に、BCGワクチンの直接的・間接的な伝播抑制効果を定量評価する自然感染実験を行った。結核に感染している成牛(感染牛)と健康な子牛(ワクチン接種牛と非接種牛)を同居させ、1年間にわたって結核菌の伝播状況を追跡した。次に、感染実験で得られたデータとエチオピアの酪農データを用いて、BCGワクチン接種が結核まん延に与える長期的な影響を数理モデルで予測した。
検証方法

  1. 結核菌に感染した成牛と、BCGワクチンを接種した子牛および非接種の子牛を同居させる自然感染実験を実施。

  2. 1年間にわたり、子牛の結核感染状況を定期的な血液検査と皮膚反応検査で追跡。

  3. 感染実験のデータからBCGワクチンの直接的な感染予防効果と、間接的な伝播リスク低減効果を統計モデルで推定。

  4. エチオピアの酪農データに基づき、BCGワクチン接種が結核まん延に与える長期的な影響をシミュレーション。

分かったこと

  1. BCGワクチンは牛の結核感染を完全には予防できないが、ワクチン接種牛からの結核菌の伝播リスクを74%低減することが示された。

  2. BCGワクチンの直接的な感染予防効果は58%、間接的な伝播リスク低減効果と合わせた総合的な効果は89%と推定された。

  3. BCGワクチン接種牛は非接種牛と比べて、結核病変のスコアが有意に低かった。これはBCGが病状を軽減し、感染力を下げている可能性を示唆する。

  4. エチオピアの酪農を想定したシミュレーションでは、定期的な子牛へのBCGワクチン接種を行うことで、今後数十年のうちに結核をほぼ制圧できる可能性が示された。

  5. ただし結核の撲滅までには長期間を要し、ワクチンの効果持続期間の評価や、他の家畜・野生動物からの感染リスクの評価など、更なる研究の必要性が示唆された。

この研究の面白く独創的なところ
本研究の最大の独創性は、ワクチンの間接的な伝播抑制効果に着目し、それを自然感染実験で定量評価した点にある。慢性感染症である結核では、ワクチンの効果検証が難しいとされてきたが、本研究ではクロスオーバーデザインの実験系を用いることで、BCGワクチンの直接効果と間接効果を分離して評価することに成功した。また、実験データをもとに結核まん延の長期的なシミュレーションを行い、BCGワクチンが結核制圧に有効である可能性を示したことも新規性が高い。本研究は、結核の疫学研究に新たなアプローチを提示するとともに、BCGワクチンの有効性を実証的に示した点でインパクトが大きい。

この研究のアプリケーション
本研究の成果は、牛結核病の制御に直接的に貢献すると期待される。特に、従来の結核検査と淘汰が現実的でない低・中所得国の酪農において、BCGワクチンは強力な対策手段となり得る。ただし、ワクチンの効果を最大限に発揮するには、長期的かつ網羅的な接種プログラムの実施が不可欠であり、そのためのコストや体制の整備が課題となるだろう。また、本研究で開発された自然感染実験の手法は、他の慢性感染症に対するワクチンの評価にも応用可能であり、ヒトの結核対策にも示唆を与えるかもしれない。結核は根絶までには長い道のりが必要だが、BCGワクチンはその過程を大きく前進させる可能性を秘めている。

著者と所属
A. Fromsa, A. F., A. J. K. Conlan, A. Sinshaw, B. Beyene, B. Gumi, B. Tafesse, G. Mekonnen, K. Woldeyes, M. Gobena, M. Lakew, S. Berg, S. Gebre, S. Suzuki, T. Rufael, W. Bayissa, D. Bakker, G. Almaw, H. M. Vordermeier, J. Wood, M. C. M. de Jong, M. Vordermeier, N. Jindal, V. Kapur (アディスアベバ大学、ケンブリッジ大学、動物衛生研究所(エチオピア)、CisGen Biotech Discoveries、ペンシルベニア州立大学など)

詳しく解説
この研究は、世界の畜産業に大きな脅威を与えている牛の結核病(bTB)に対する、BCGワクチンの有効性を評価したものです。
牛の結核は、結核菌(Mycobacterium bovis)の感染によって引き起こされる慢性の感染症で、感染牛から他の牛への感染が広がることが問題となっています。先進国では、定期的な結核検査と感染牛の淘汰(と殺処分)によって、牛の結核の制圧に成功していますが、多くの低・中所得国ではこの方法が高コストで現実的ではありません。そのため、BCGワクチンによる予防が代替策として期待されているのです。
BCGワクチンは、ヒトの結核予防にも使われているワクチンで、弱毒化した牛型結核菌を使って作られています。しかし、BCGワクチンが牛の結核の伝播をどの程度抑制できるのかは、これまでよく分かっていませんでした。特に、ワクチンを接種した牛が感染した場合に、他の牛への感染リスクをどの程度下げられるのか(間接効果)を調べることが難しかったのです。
この研究では、エチオピアの牛を対象に、ユニークな自然感染実験を行いました。結核に感染している成牛と、BCGワクチンを接種した子牛および非接種の子牛を同居させ、1年間にわたって結核菌の伝播状況を詳しく追跡したのです。
その結果、BCGワクチンは牛の結核感染を完全には予防できないものの、ワクチン接種牛から非接種牛への結核菌の伝播リスクを74%も低減することが分かりました。これは、BCGワクチンが感染牛の病状を軽減し、感染力を下げている可能性を示唆しています。BCGワクチンの直接的な感染予防効果(58%)と間接的な伝播リスク低減効果(74%)を合わせると、총合的なワクチン効果は89%にも達すると推定されました。
さらに研究チームは、エチオピアの酪農のデータを使って、BCGワクチン接種が結核のまん延に与える長期的な影響をコンピューターシミュレーションで予測しました。その結果、定期的にBCGワクチンを接種することで、ワクチン接種をしない場合に比べて、今後数十年のうちに結核の発生率を大幅に低下させられる可能性が示されました。
ただし、結核を完全に制圧するためには、長期間にわたる継続的な取り組みが必要であり、ワクチンの効果がどのくらい持続するのかや、他の家畜や野生動物からの感染リスクなど、さらなる研究課題も残されています。
それでも、この研究は、BCGワクチンが牛の結核対策に有効である可能性を実証的に示した点で画期的です。特に、従来の結核検査と淘汰が現実的に難しい低・中所得国において、BCGワクチンは結核制御の切り札になるかもしれません。
また、この研究で開発された自然感染実験の手法は、他の慢性感染症に対するワクチンの評価にも応用できる可能性があります。ヒトの結核対策にも示唆を与えるかもしれません。
結核は根絶までには長い道のりが必要ですが、BCGワクチンはその過程を大きく前進させる可能性を秘めているのです。畜産業の発展と食の安全は、ヒトの健康と生活に直結する問題です。牛の命を守ることは、私たち自身の未来を守ることでもあるのです。


SARS-CoV-2のPLpro酵素を阻害し、マウスモデルで抗ウイルス効果を示す新規経口薬の開発

https://www.science.org/doi/full/10.1126/science.adm9724

SARS-CoV-2変異株や耐性ウイルスの出現は、新たな経口抗ウイルス薬の開発を必要としている。SARS-CoV-2のパパイン様プロテアーゼ(PLpro)は有望な薬剤標的だが、阻害剤開発は難しかった。我々は、最近発見されたユビキチン結合部位とBL2溝ポケットに結合する85種の非共有結合PLpro阻害剤を設計・合成した。リード化合物は13.2〜88.2ナノモルの阻害定数でPLproを阻害した。8種のリード化合物とPLproの共結晶構造から、阻害剤の相互作用様式が明らかになった。in vivoリード化合物Jun12682は、ニルマトレルビル耐性株を含むSARS-CoV-2と変異株をEC50 0.44〜2.02マイクロモルで阻害した。Jun12682の経口投与は、SARS-CoV-2感染マウスモデルにおいて、生存率を改善し、肺のウイルス量と病変を減少させた。これらの結果は、PLpro阻害剤が有望な経口SARS-CoV-2抗ウイルス薬候補であることを示唆している。
事前情報
COVID-19パンデミックにより、経口で投与可能な抗ウイルス薬の開発が急務となっている。SARS-CoV-2は、ウイルス複製に不可欠な2つのプロテアーゼ(主要プロテアーゼMproとパパイン様プロテアーゼPLpro)をコードしており、これらは小分子化合物による阻害の主要標的である。Mpro阻害剤はすでに臨床で使用されているが、薬剤耐性や相互作用の問題に対処するためには代替薬が必要である。一方、PLpro阻害剤の開発はこれまであまり成功していない。PLpro基質のS1およびS2サブサイトがグリシンを結合するための狭いトンネルを形成しているため、強力なPLpro阻害剤の設計が難しいとされていた。
行ったこと

  1. ユビキチン結合部位Val70Ubとブロッキングループ2(BL2)溝ポケットに結合する85種の非共有結合PLpro阻害剤を設計・合成した。

  2. PLpro阻害活性をFRETアッセイで評価し、強力な阻害剤のKi値を決定した。

  3. 8種のリード化合物とPLproの共結晶構造を解析し、相互作用様式を明らかにした。

  4. in vivoリード化合物Jun12682について、SARS-CoV-2変異株や耐性株に対する抗ウイルス活性を評価した。

  5. Jun12682のin vitroおよびin vivo薬物動態を評価し、経口投与に適した特性を確認した。

  6. SARS-CoV-2感染マウスモデルにおけるJun12682の経口投与による抗ウイルス効果を検証した。

検証方法

  1. PLpro阻害活性はFRETアッセイとFlipGFP PLproアッセイで評価した。

  2. 阻害剤とPLproの共結晶構造はX線結晶構造解析により決定した。

  3. SARS-CoV-2変異株や耐性株に対する抗ウイルス活性はウイルス増殖アッセイにより評価した。

  4. 薬物動態特性はマウスを用いたin vitroおよびin vivo試験により評価した。

  5. SARS-CoV-2感染マウスモデルにおけるJun12682の抗ウイルス効果は、体重変化、生存率、肺ウイルス量、肺病理所見、サイトカイン発現を指標に評価した。

分かったこと

  1. ユビキチン結合部位Val70Ubは新規の薬剤結合部位として利用可能である。

  2. 設計したPLpro阻害剤は13.2〜88.2ナノモルの阻害定数でPLproを阻害した。

  3. 共結晶構造解析により、阻害剤のVal70UbおよびBL2溝への結合様式が明らかになった。

  4. in vivoリード化合物Jun12682は、SARS-CoV-2変異株やニルマトレルビル耐性株に対して0.44〜2.02マイクロモルのEC50で抗ウイルス活性を示した。

  5. Jun12682は良好な経口薬物動態特性を示した。

  6. Jun12682の経口投与は、SARS-CoV-2感染マウスモデルにおいて、生存率を改善し、肺のウイルス量と病変を減少させた。

  7. PLpro阻害剤は、既存の治療薬とは異なる作用機序を持つ有望な経口SARS-CoV-2抗ウイルス薬候補である。

この研究の面白く独創的なところ
本研究の最大の独創性は、PLproの新規薬剤結合部位としてユビキチン結合部位Val70Ubを見出し、これを利用して強力な阻害剤を設計した点にある。Val70Ubは、ユビキチンやISG15などの基質との結合に関与する部位であるが、阻害剤設計には使われたことがなかった。著者らは、Val70UbとBL2溝の両方に結合する非対称な二置換フェニル構造を用いることで、PLproに対する高い阻害活性と選択性を実現した。共結晶構造解析により阻害剤の詳細な結合様式を明らかにした点も評価できる。さらに、得られた阻害剤が、SARS-CoV-2変異株や既存薬耐性株に対しても有効であることを示し、マウス感染モデルでの経口投与による in vivo有効性を実証した点は、創薬研究として高いインパクトがある。

この研究のアプリケーション
本研究で開発されたPLpro阻害剤は、COVID-19の新たな経口治療薬として期待される。Jun12682は、SARS-CoV-2の様々な変異株や既存薬耐性株に対しても有効であるため、今後の変異株の出現や耐性ウイルスの発生に備えた抗ウイルス薬として有用であろう。また、PLpro阻害剤は、既存のRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤やMpro阻害剤とは異なる作用機序を持つため、これらの薬剤との併用により相乗効果が期待できる。併用療法は、耐性ウイルスの出現を抑制し、副作用を軽減するための確立された戦略であり、PLpro阻害剤の登場により選択肢が広がることになる。さらに、本研究で用いられた構造ベースの阻害剤設計戦略は、他のウイルス性プロテアーゼを標的とした創薬にも応用可能であり、抗ウイルス薬開発の新たなアプローチとなることが期待される。

著者と所属
Bin Tan, Xiaoming Zhang, Ahmadullah Ansari, Prakash Jadhav, Haozhou Tan, Kan Li, Ashima Chopra, Alexandra Ford, Xiang Chi, Francesc Xavier Ruiz, Eddy Arnold, Xufang Deng, Jun Wang (ラトガース大学、オクラホマ大学健康科学センター)

詳しく解説
この研究は、SARS-CoV-2の増殖を抑える新しい経口治療薬の開発を目指したものです。
SARS-CoV-2は、ウイルスの複製に不可欠な2つのプロテアーゼ酵素、主要プロテアーゼ(Mpro)とパパイン様プロテアーゼ(PLpro)をコードしています。これらの酵素は、ウイルスのポリタンパク質を切断し、複製に必要な機能性タンパク質を生成する役割を担っています。したがって、MproとPLproは、抗ウイルス薬開発における主要な標的となっているのです。
Mpro阻害剤については、すでにいくつかの薬剤が臨床で使用されていますが、変異株の出現や副作用の問題から、新たな治療選択肢が求められています。一方、PLpro阻害剤の開発は難航していました。PLproは、基質のユビキチンやISG15と結合する際に、これらのC末端側のグリシン-グリシン配列を認識するための狭いトンネル状の構造(S1とS2サブサイト)を持っています。この特殊な構造が、PLproに特異的で強力な阻害剤の設計を難しくしていたのです。
この研究では、まずPLproの構造を詳細に解析することから始まりました。その結果、ユビキチンのバリン70(Val70Ub)が結合する部位が、新たな阻害剤結合部位として利用できることが分かりました。さらに、PLproのブロッキングループ2(BL2)領域にある疎水性ポケット(BL2溝)も、阻害剤設計に利用可能であることが明らかになりました。
研究チームは、Val70UbとBL2溝の両方に結合する85種類の非対称な二置換フェニル化合物を設計・合成しました。これらの化合物は、PLproに対して13.2〜88.2ナノモルという非常に低い濃度で強力な阻害活性を示しました。さらに、8種類のリード化合物とPLproの共結晶構造を解析したところ、阻害剤がVal70UbとBL2溝に結合する詳細な様式が明らかになりました。
この中から、Jun12682という化合物が、特にPLpro阻害活性と薬物動態特性に優れていることが分かりました。Jun12682は、SARS-CoV-2の様々な変異株や、既存のMpro阻害剤であるニルマトレルビルに耐性を示す変異株に対しても、0.44〜2.02マイクロモルという低濃度で抗ウイルス活性を示しました。
そこで、SARS-CoV-2感染マウスモデルを用いて、Jun12682の経口投与による治療効果を検証しました。その結果、Jun12682を投与されたマウスは、非投与群と比べて、体重減少が抑制され、生存率が大幅に改善されました。さらに、Jun12682投与群では、肺におけるウイルス量が減少し、炎症性サイトカインの発現低下と病理学的な肺の損傷の軽減が認められました。
以上の結果から、Jun12682に代表されるPLpro阻害剤は、SARS-CoV-2感染症に対する新たな経口治療薬となる可能性が高いと考えられます。PLpro阻害剤は、既存のMpro阻害剤やRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤とは異なる作用機序を持つため、これらの薬剤との併用により、さらに強力な治療効果が期待できます。
また、この研究で用いられた構造ベースの阻害剤設計戦略は、他のウイルス性プロテアーゼを標的とした創薬にも応用可能であり、抗ウイルス薬開発の新たなアプローチとなることが期待されます



分裂期の異常を記憶し、娘細胞の増殖を制御する分子機構の発見

https://www.science.org/doi/10.1126/science.add9528

分裂期の延長は、染色体の不均等分配やゲノムの不安定性を引き起こしやすい問題のある細胞の特徴である。我々は、分裂期の延長が53BP1-USP28-p53タンパク質複合体の形成を誘導し、それが娘細胞に伝達されて安定に保持されることを示した。この複合体は、分裂期が延長した際にPolo-like kinase 1依存的な機構で形成され、約3倍の分裂期延長や連続的な軽度の延長を経験した細胞の娘細胞において、G1期でのp53応答を引き起こし、増殖を阻害した。分裂期延長をモニターするこの能力は、p53変異型のがんや一部のp53野生型のがんで失われており、TP53BP1とUSP28が腫瘍抑制因子として分類されることと一致していた。分裂期延長のモニタリング能力を保持しているがんは、抗分裂期薬剤に感受性を示した。

事前情報
細胞分裂の際、分裂期(M期)の時間は厳密に制御されており、分裂期の延長は染色体の不均等分配やゲノムの不安定性を引き起こしやすい問題のある細胞の特徴である。このような異常な細胞の増殖を防ぐ機構の存在が示唆されていたが、その分子基盤は不明であった。p53は細胞周期の制御に重要な役割を果たすことが知られており、p53の機能を制御する53BP1やUSP28は腫瘍抑制因子として知られていた。
行ったこと

  1. 分裂期の延長に応じて53BP1-USP28-p53タンパク質複合体が形成されることを発見した。

  2. この複合体形成がPolo-like kinase 1依存的な機構で起こることを明らかにした。

  3. 複合体が娘細胞に伝達され、安定に保持されることを示した。

  4. 複合体が娘細胞のG1期においてp53応答を引き起こし、増殖を阻害することを明らかにした。

  5. p53変異型のがんや一部のp53野生型のがんでこの機構が失われていることを見出した。

  6. 分裂期延長のモニタリング能力を保持しているがんが抗分裂期薬剤に感受性を示すことを明らかにした。

検証方法

  1. 細胞生物学的手法による53BP1-USP28-p53複合体の検出と定量解析。

  2. 薬理学的阻害やノックダウンによるPolo-like kinase 1の関与の検証。

  3. ライブセルイメージングによる複合体の娘細胞への伝達と保持の可視化。

  4. p53応答の活性化と細胞増殖への影響の解析。

  5. がん細胞株とがん組織サンプルにおける53BP1、USP28、p53の発現と変異の解析。

  6. がん細胞株の抗分裂期薬剤に対する感受性の評価。

分かったこと

  1. 分裂期が延長すると、53BP1-USP28-p53複合体が形成され、娘細胞に伝達されて安定に保持される。

  2. この複合体の形成量は分裂期の延長の程度に依存し、Polo-like kinase 1によって制御される。

  3. 複合体は娘細胞のG1期でp53応答を活性化し、約3倍の分裂期延長や連続的な軽度の延長を経験した細胞の娘細胞の増殖を阻害する。

  4. p53変異型のがんや一部のp53野生型のがんではこの機構が失われている。

  5. TP53BP1とUSP28は腫瘍抑制因子として機能する。

  6. 分裂期延長のモニタリング能力を保持しているがんは抗分裂期薬剤に感受性を示す。

この研究の面白く独創的なところ
本研究は、細胞が分裂期の異常を記憶し、その情報を娘細胞に伝達して増殖を制御するという新しい概念を提唱した点で非常に独創的である。53BP1-USP28-p53複合体の形成と娘細胞への伝達という具体的な分子機構を解明したことで、この概念を裏付ける強力な証拠を提示している。また、複合体の形成量が分裂期延長の程度に依存し、約3倍の延長や連続的な軽度の延長でも増殖抑制が起こることを示した点も興味深い。がんにおけるこの機構の欠失と抗がん剤感受性との関連性を見出した点も、基礎研究から臨床応用への橋渡しとして評価できる。

この研究のアプリケーション
本研究の成果は、がんの早期診断や新たな治療法の開発に応用できる可能性がある。53BP1-USP28-p53複合体の形成や娘細胞への伝達を指標としたがんの検出法や、この機構を標的とした抗がん剤の開発が期待される。また、分裂期延長をモニターする能力の有無に基づくがんの分類は、抗分裂期薬剤の適応を決める上で有用な情報となるだろう。さらに、この機構の欠失が、がんの悪性化や抗がん剤耐性の獲得にどのように関わっているのか解明することで、がんの進展機構の理解が深まり、新たな治療戦略の開発につながることが期待される。

著者と所属
Franz Meitinger, Hazrat Belal, Robert L. Davis, Mallory B. Martinez, Andrew K. Shiau, Karen Oegema, Arshad Desai (ルートヴィヒがん研究所、カリフォルニア大学サンディエゴ校、スクリプス研究所)

詳しく解説
この研究は、細胞分裂の異常を細胞が記憶し、その情報を娘細胞に伝えて増殖を制御する仕組みを明らかにしたものです。
細胞分裂の際、分裂期(M期)の時間は厳密に制御されています。分裂期が異常に延長することは、染色体の不均等な分配やゲノムの不安定性を引き起こしやすい問題のある細胞の特徴です。このような異常な細胞の増殖を防ぐ機構の存在が示唆されていましたが、その分子レベルでの詳細は不明でした。
今回、研究チームは、分裂期の延長に応じて53BP1、USP28、p53というタンパク質からなる複合体が形成されることを発見しました。この複合体の形成量は、分裂期の延長の程度に依存しており、複合体は娘細胞に受け継がれて安定に保持されることが分かりました。
複合体の形成は、Polo-like kinase 1(PLK1)という酵素に依存した機構で起こります。PLK1は細胞分裂の進行に重要な役割を果たすことが知られていました。この発見は、PLK1が分裂期の異常を検知するシグナル伝達にも関わっていることを示唆しています。
さらに、53BP1-USP28-p53複合体が娘細胞のG1期(分裂後の増殖準備期)でp53の活性を上昇させ、細胞増殖を抑制することが明らかになりました。興味深いことに、分裂期が通常の約3倍に延長した細胞だけでなく、軽度の延長が連続して起こった細胞の娘細胞でも増殖抑制が見られました。つまり、細胞は1回の大きな異常だけでなく、小さな異常の蓄積も検知して記憶できるのです。
研究チームは、この分裂期延長のモニタリング機構が、p53に変異のあるがんや一部のp53に変異のないがんで失われていることも発見しました。p53は、細胞周期の制御や DNA損傷応答に重要な役割を果たすことが知られており、多くのがんで変異が見られます。また、53BP1とUSP28も腫瘍抑制因子として知られていました。今回の発見は、これらの因子が協調して、分裂期の異常に応答し、がん化を防ぐ機構を形成していることを示唆しています。
さらに興味深いことに、分裂期延長をモニターする能力を保持しているがんは、抗がん剤の一種である抗分裂期薬剤に対する感受性が高いことが分かりました。この知見は、がんの診断や治療法の選択に役立つ可能性があります。
本研究は、細胞ががん化を防ぐために備えている巧妙な仕組みの一端を明らかにしたものです。分裂期の異常を記憶し、娘細胞に伝えて増殖を制御するという新しい概念は、細胞生物学の教科書を書き換える発見と言えるでしょう。また、この機構の破綻ががん化や抗がん剤耐性にどのように関わっているのか解明することで、新たながんの診断法や治療法の開発につながることが期待されます。




オオムギのアレロパシーアルカロイド、グラミンの生合成に関わる隠れた酸化的転位反応の発見

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk6112

オオムギなどのイネ科植物が生産する防御アルカロイドであるグラミンは、昆虫からの防御に役立つ一方で、反芻動物にとっての嗜好性を低下させる。グラミン生合成の鍵となる遺伝子はこれまで不明であり、育種の障害となっていた。本研究では、シトクロムP450モノオキシゲナーゼをコードする遺伝子CYP76M57(AMI合成酵素:AMIS)がNicotiana benthamiana、Arabidopsis thaliana、Saccharomyces cerevisiaeでのグラミン生産を可能にすることを報告する。グラミンを生産しないオオムギ品種Golden Promiseでグラミン生産を再構成し、品種TafenoからCas介在遺伝子編集によりグラミン生産を除去した。in vitro実験により、アミノ酸から鎖長の短いビオジェニックアミンへの非標準的な変換の背景にある予想外の隠れた酸化的転位が明らかになった。グラミン生成の遺伝的基盤の発見により、植物育種によるオオムギのグラミン関連形質の最適化が可能になった。

事前情報
グラミンはオオムギなどのイネ科植物が生産する防御アルカロイドであり、昆虫に対する化学的防御に重要な役割を果たすが、反芻動物にとっての嗜好性を低下させる。育種家にとって、イネ科植物の保護性と嗜好性の両方を標的としたグラミン工学により最適なバランスを達成することが重要な目標の一つである。しかし、グラミン生合成の鍵となる遺伝子はこれまで不明であった。
行ったこと

  1. オオムギのパンゲノム配列解析により、グラミン生合成に関わる2つの遺伝子のクラスターを同定した。

  2. トリプトファンの隠れた酸化的転位を行う酵素を特徴付けた。

  3. 酵母、モデル植物、オオムギ品種でグラミン量を調節することに成功した。

検証方法

  1. Nicotiana benthamiana、Arabidopsis thaliana、Saccharomyces cerevisiaeでのグラミン生産の再構成。

  2. グラミンを生産しないオオムギ品種Golden Promiseでのグラミン生産の再構成。

  3. オオムギ品種TafenoからのCas介在遺伝子編集によるグラミン生産の除去。

  4. in vitro実験によるAMI合成酵素の機能解析。

分かったこと

  1. シトクロムP450モノオキシゲナーゼをコードする遺伝子CYP76M57(AMI合成酵素:AMIS)がグラミン生産に必須である。

  2. AMI合成酵素は、トリプトファンから鎖長の短いビオジェニックアミンへの非標準的な変換を触媒する。

  3. この変換の背景には、予想外の隠れた酸化的転位が関与している。

  4. グラミン生成の遺伝的基盤の解明により、植物育種によるオオムギのグラミン関連形質の最適化が可能になった。

この研究の面白く独創的なところ
本研究の最大の独創性は、オオムギのパンゲノム解析からグラミン生合成の鍵となる遺伝子を同定し、その機能を異種生物で再構成した点にある。特に、AMI合成酵素が触媒する反応が、トリプトファンから鎖長の短いビオジェニックアミンへの非標準的な変換であり、そこに予想外の隠れた酸化的転位が関与していたことは驚きである。また、ゲノム編集により、グラミンを生産しないオオムギ品種でグラミン生産を再構成し、逆にグラミン生産品種からグラミン生産を除去できたことは、この遺伝子の機能を決定づける強力な証拠である。これらの発見は、植物の特殊代謝の新たな側面を明らかにしただけでなく、育種への応用という実用的な価値も高い。

この研究のアプリケーション
本研究の成果は、オオムギにおけるグラミン関連形質の最適化を目指す育種に直接応用可能である。グラミン生合成の鍵となる遺伝子が明らかになったことで、昆虫に対する防御性を維持しつつ、反芻動物にとっての嗜好性を改善したオオムギ品種の開発が可能になるだろう。また、AMI合成酵素が触媒する独特の反応は、新たな生物活性物質の合成に応用できる可能性がある。さらに、本研究で用いられたアプローチ、すなわちパンゲノム解析から候補遺伝子を同定し、異種生物で機能を再構成し、ゲノム編集で機能を検証するという流れは、他の植物の特殊代謝産物の生合成解明にも適用可能であり、合成生物学と遺伝子工学を組み合わせた植物育種の新たな展開が期待される。

著者と所属
Sara Leite Dias, Ling Chuang, Shenyu Liu, Benedikt Seligmann, Fabian L. Brendel, Benjamin G. Chavez, Robert E. Hoffie, Iris Hoffie, Jochen Kumlehn, Arne Bültemeier, Johanna Wolf, Marco Herde, Claus-Peter Witte, John C. D'Auria, Jakob Franke (ハノーファー大学、マックスプランク化学エコロジー研究所、マックスプランク植物育種研究所、レーゲンスブルク大学、ユーリヒ研究センター)

詳しく解説
この研究は、オオムギなどのイネ科植物が生産する防御物質グラミンの生合成機構を解明し、その知見を育種に応用する道を拓いたものです。
グラミンは、イネ科植物が昆虫などの外敵から身を守るために作る化合物(アルカロイド)の一種です。グラミンを作ることで、植物は虫害を防ぐことができます。しかし、その一方で、グラミンは家畜、特に反芻動物にとっては苦手な味であるため、グラミンを多く含む牧草は避けられてしまいます。
そのため、育種家にとって、グラミンによる防御効果を維持しつつ、嗜好性を改善することが長年の課題でした。しかし、グラミンの生合成に関わる遺伝子が分からなかったため、思うように育種を進められずにいたのです。
この研究では、まずオオムギの全ゲノム配列(パンゲノム)を解析することで、グラミン生合成に関わる2つの遺伝子を特定しました。そのうちの1つがコードするのが、AMI合成酵素という酵素でした。
研究チームは、このAMI合成酵素の機能を詳しく調べるために、酵母や他の植物でこの遺伝子を発現させてみました。すると、驚くべきことに、どの生物でもグラミンが作られるようになったのです。つまり、AMI合成酵素がグラミン生合成の鍵を握る酵素だったのです。
さらに、オオムギの品種の中には、元々グラミンを作らないものがあります。研究チームは、そのようなオオムギにAMI合成酵素の遺伝子を導入したところ、グラミンを作るようになりました。逆に、グラミンを作る品種から、ゲノム編集でAMI合成酵素の遺伝子を取り除くと、グラミンを作らなくなりました。これらの結果は、AMI合成酵素がグラミン生合成に不可欠であることを示しています。
では、AMI合成酵素は具体的にどのようにグラミンを作るのでしょうか。詳しく調べてみると、AMI合成酵素は、アミノ酸の一種であるトリプトファンに作用して、グラミンへと変換していることが分かりました。しかも、その過程では「酸化的転位」と呼ばれる特殊な化学反応が起こっていたのです。酸化的転位では、分子内で原子の順番が入れ替わります。このような反応が、トリプトファンからグラミンができる過程に隠れていたのです。
この発見は、植物の特殊な代謝の新たな一面を明らかにしただけでなく、育種への応用という実用的な価値も高いものです。AMI合成酵素の遺伝子が分かったことで、例えば、昆虫に対する防御力を保ちつつグラミンの量を減らしたオオムギを作ったり、逆に虫よけ効果を高めたオオムギを作ったりすることが可能になります。
また、AMI合成酵素の触媒する特殊な反応は、新しい生理活性物質の合成にも応用できるかもしれません。植物の多彩な代謝能力を活用した物質生産は、合成生物学の重要なテーマの一つです。
本研究は、基礎的な生化学から応用的な育種学まで、植物科学の幅広い分野に影響を与える重要な成果だと言えるでしょう。パンゲノム解析、異種生物での遺伝子機能の再構成、ゲノム編集による機能検証という一連のアプローチは、他の植物の有用物質の生合成解明にも適用可能です。この研究は、合成生物学と遺伝子工学を駆使した植物育種の新しい時代の幕開けを告げるものかもしれません。





超弾性ハイドロゲルが実現する、1万%を超える可逆的な面積ひずみ

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adh3632

超弾性材料は大きなひずみに対して非線形な弾性応答を示すが、ハイドロゲルは架橋の不均一性と架橋間の鎖セグメントの不足のために弾性範囲が低い。我々は、ビーズがひもでつながった可逆的な真珠のネックレス構造を導入することで、より広い弾性範囲を持つ超弾性ハイドロゲルを開発した。サブナノメートルサイズのビーズは、繰り返し機械的ひずみの下で効率的に折りたたまれ、再折りたたまれるため、ハイドロゲルは10,000%以上の面積ひずみに伸ばされた後、急速に回復することができる。さらに、このハイドロゲルは、針の穴や切り傷などの軽微な機械的損傷から迅速に回復することができる。これらの進歩により、我々のイオンハイドロゲルは、超大型の把持範囲、自己検知能力、迅速な治癒能力を同時に提供する多機能空気圧グリッパー材料に理想的なものとなる。

事前情報
ハイドロゲルは、高度に水和した高分子の架橋ネットワークで構成されている。特定のアーキテクチャに応じて、大きな伸張が可能な場合もあるが、通常は一方向にのみ伸張可能である。架橋の不均一性と架橋間の鎖セグメントの不足のために、ハイドロゲルの弾性範囲は限られている。

行ったこと
リラックスした状態で「真珠のネックレス」構造を形成するポリエレクトロライトハイドロゲルを開発した。架橋点の間に形成される真珠の領域には、ポリマーが伸張されたときにほどけることができる鎖セグメントの貯蔵庫がある。

検証方法
開発したハイドロゲルの伸縮性、回復性、自己修復性を評価した。

分かったこと
この構造により、ハイドロゲルは10,000%以上の面積ひずみに可逆的に二軸方向に伸張することができ、針の穴や切り傷などの機械的損傷から迅速に回復することができる。これらの特性により、開発したイオンハイドロゲルは、超大型の把持範囲、自己検知能力、迅速な治癒能力を同時に提供する多機能空気圧グリッパー材料に理想的である。

この研究の面白く独創的なところ
「真珠のネックレス」構造を導入することで、従来のハイドロゲルの弾性範囲を大幅に拡大した点が独創的である。サブナノメートルサイズのビーズが機械的ひずみの下で効率的に折りたたまれ、再折りたたまれるメカニズムは興味深い。また、開発したハイドロゲルが、超大型の把持範囲、自己検知能力、迅速な治癒能力を同時に提供できる点も面白い。

この研究のアプリケーション
開発した超弾性ハイドロゲルは、多機能空気圧グリッパー材料への応用が期待される。超大型の把持範囲、自己検知能力、迅速な治癒能力を兼ね備えたグリッパーは、ソフトロボティクスや生体医療工学などの分野で幅広い応用が見込まれる。また、高い伸縮性と自己修復性を活かした柔軟なセンサーや伸縮性エレクトロニクスなどへの応用も考えられる。

著者と所属
Lili Chen, Zhekai Jin, Wenwen Feng, Lin Sun, Hao Xu, Chao Wang (南方科技大学)

詳しく解説
この研究は、驚くほど高い伸縮性と自己修復性を持つ新しいタイプのハイドロゲルを開発したものです。
ハイドロゲルとは、水を大量に含む高分子のネットワークのことです。高分子鎖が架橋点で結ばれることで、固体でありながら水を含んだゲル状の材料となります。ハイドロゲルは柔軟性や生体適合性に優れることから、生体医療材料やソフトロボティクスなど幅広い分野で注目されています。
しかし、従来のハイドロゲルには大きな弱点がありました。それは、あまり伸びないということです。高分子鎖が架橋点で固定されているため、ハイドロゲルを引っ張っても、せいぜい元の長さの数倍程度にしか伸びません。また、一方向には伸びても、二軸方向(縦と横両方向)に大きく伸ばすことは難しいのです。
この研究では、この問題を解決するために、ユニークな構造を持つハイドロゲルを設計しました。それは、ビーズ(玉)とひも(紐)が連なった「真珠のネックレス」のような構造です。
具体的には、ポリエレクトロライト(電解質を含む高分子)を使ってハイドロゲルを作製しました。すると、架橋点の間にビーズ状の領域ができました。このビーズの中には、高分子鎖がたくさん詰まっています。ハイドロゲルが伸張されると、このビーズの中の高分子鎖がほどけて伸びることができるのです。
研究チームは、このハイドロゲルの伸縮性を評価しました。驚くべきことに、このゲルは面積で1万%以上も伸びることができたのです。しかも、伸ばした後、元の形に戻ることができます。つまり、超弾性的な性質を示すのです。
さらに、このハイドロゲルは優れた自己修復性も示しました。針で刺したり、切ったりしても、すぐに傷が治ってしまうのです。
こうした特性から、研究チームは、このハイドロゲルが空圧式グリッパーの理想的な材料になると考えました。グリッパーとは、ロボットアームの先についていて、物をつかむための装置のことです。
このハイドロゲルでグリッパーを作れば、超大型の把持範囲を実現できます。伸縮性が高いので、小さなものから大きなものまで、さまざまなサイズのものをつかむことができるでしょう。
また、ハイドロゲルは電気伝導性も持つので、グリッパーに加わる力を検知することもできます。つまり、自己検知能力を持つグリッパーができるのです。
さらに、グリッパーが傷ついても、ハイドロゲルの自己修復性により、すぐに回復することができます。
このように、「真珠のネックレス」構造を導入することで、従来のハイドロゲルの常識を覆す高性能な材料が開発されました。この材料は、ソフトロボティクスや生体医療工学など、幅広い分野での応用が期待されます。
ハイドロゲルの新しい可能性を切り開いた、画期的な研究だと言えるでしょう。


最後に
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