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論文まとめ306回目 Nature デジタルコロイド増強ラマン分光法による単一分子計数!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Light-wave-controlled Haldane model in monolayer hexagonal boron nitride
単層六方晶窒化ホウ素におけるパルス光波制御されたハルデンモデル
「単層の六方晶窒化ホウ素に特殊な形のパルス光を照射すると、光波の形状と結晶の対称性が一致することで、光の回転を制御するだけで、物質の電子構造を瞬時に変化させられることがわかりました。これにより、2次元物質中の量子渓谷と呼ばれる自由度を、光の回転角度で自在に操れるようになります。本研究は、未来の超高速エレクトロニクスや量子技術への応用が期待されます。」

Control of neuronal excitation–inhibition balance by BMP–SMAD1 signalling
BMP-SMAD1シグナル伝達による神経の興奮-抑制バランスの制御
「脳の神経回路では、興奮性と抑制性のバランスが重要ですが、その仕組みは十分にわかっていませんでした。本研究では、神経活動が高まると、興奮性ニューロンからBMP2というタンパク質が放出され、抑制性ニューロンのSMAD1を介して、シナプスの構造や機能を調節することを発見しました。この経路に異常があると、てんかんなどの症状が現れることから、脳の安定性を保つ重要なメカニズムだと考えられます。」

Promiscuous G-protein activation by the calcium-sensing receptor
カルシウムセンシング受容体による多様なGタンパク質の活性化
「カルシウムセンシング受容体(CaSR)は、細胞外カルシウム濃度の変化を感知し、カルシウムバランスを維持するだけでなく、様々な細胞機能も制御します。この研究では、CaSRが異なるサブタイプのGタンパク質(Gq、Gi、Gs)と結合する構造的基盤を明らかにしました。CaSRは二量体を形成し、一方のサブユニットのみがGタンパク質と結合します。この非対称的な結合様式により、CaSRは多様なGタンパク質を活性化し、幅広い生理機能を調節できるのです。」

Laser spectroscopy of triply charged 229Th isomer for a nuclear clock
原子核時計のための3価229Th異性体のレーザー分光
「229Thは原子核が特殊な構造を持ち、原子核時計への応用が期待されています。本研究では、229Thの3価イオンを用いてレーザー分光を行い、原子核時計の精度に関わる重要なパラメータを決定しました。229Thの原子核異性体の寿命を初めて測定し、原子核時計の不確かさを4分の1に低減する成果を得ました。この研究は、究極の精度を持つ原子核時計の実現に向けて大きく前進したと言えます。」

Streptomyces umbrella toxin particles block hyphal growth of competing species
Streptomyces属の傘型毒素粒子は競合する菌種の菌糸成長を阻害する
「土壌細菌Streptomyces属は多様な抗生物質を生産することで知られていますが、本研究により、抗生物質とは異なる新しい抗菌メカニズムが明らかになりました。Streptomycesは、傘のような形をした大きなタンパク質複合体(アンブレラ毒素)を分泌し、近縁種の菌糸成長を特異的に阻害します。この毒素は、標的細胞の受容体に結合した後、菌糸の伸長を即座に停止させる働きがあります。土壌中の激しい生存競争を反映した、新しいタイプの抗菌戦略の発見と言えるでしょう。」

Digital colloid-enhanced Raman spectroscopy by single-molecule counting
デジタルコロイド増強ラマン分光法による単一分子計数
「コロイド増強ラマン分光法は分子の固有振動を利用した高感度検出技術ですが、低濃度では信号のばらつきが問題でした。本研究では、デジタル的アプローチにより、単一分子レベルでの計数を可能にしました。これにより、ごく低濃度の分子を再現性良く定量でき、環境汚染物質や疾患マーカーなどの超高感度検出に応用できます。」


要約

テーラードパルス光波による2次元六方晶窒化ホウ素のトポロジカル性の動的制御

本研究では、六方晶窒化ホウ素(hBN)の単層に、結晶の対称性に合わせた特殊な形状のパルス光を照射することで、光の回転によって物質中の電子のトポロジカル特性を動的に制御できることを実証しました。この光波形は、hBNの三角格子と同じ対称性を持つように設計されており、その回転によって、時間反転対称性の破れとハルデンモデルのようなトポロジカル性質が誘起されます。これにより、バンドギャップの大きさ、位置、曲率を光の回転角度で超高速に制御でき、量子渓谷間の非対称な電子分布が生じます。本手法は対称性に守られた普遍的な方法であり、絶縁体を含む様々な2次元物質に応用可能で、次世代の超高速エレクトロニクスやバレートロニクスへの応用が期待されます。

事前情報

  • 原子層物質の積層やねじれによって、新しい物性が現れる超格子構造の作製が可能になっている。

  • 一方、強い光パルスの時間特性を制御することで、原子層物質中のコヒーレントな電子輸送をサブサイクルの時間スケールで操作できるようになっている。

  • hBNは大きなバンドギャップを持つ絶縁体で、K点とK'点にエネルギー縮退した量子渓谷を有する。

行ったこと

  • テーラードパルス光波を用いて、hBN単層中に時間反転対称性の破れを誘起し、ハルデンモデルの光学的アナログを実現した。

  • 光波形の空間対称性をhBNの格子に合わせ、その回転によってハミルトニアンのパラメータを動的に制御した。

  • 光波形の回転によって、バンドギャップの大きさ、位置、曲率を超高速にスイッチングし、量子渓谷間の非対称な電子分布を生成した。

  • 光学高次高調波の偏光解析によって、渓谷分極を検出した。

検証方法

  • ω-2ω二色円偏光パルス対を用いて三つ葉形状のポンプ光波形を合成

  • ポンプ光波形の回転角度を、ω-2ωパルス間の位相差により制御

  • 直線偏光プローブパルスによる時間分解高次高調波偏光解析で渓谷分極を検出

  • 光波形回転に対する高調波強度変化の120°周期振動から、hBNのバンド構造変調を確認

  • 理論計算によりハルデンモデル型のハミルトニアンを導出し、バンド構造のトポロジー変化を解析

分かったこと

  • 格子対称性に整合したテーラードパルス光波によって、hBN単層中に時間反転対称性の破れとハルデンモデル的なトポロジカル性質が誘起される。

  • 光波形の回転により、バンドギャップの大きさ、位置、曲率を動的に制御でき、量子渓谷間の電子分布の非対称性が生じる。

  • 高次高調波の偏光解析から、渓谷分極の光波形回転角度依存性が観測され、バンド構造のトポロジー変化が確認された。

  • 本手法により、hBN単層中で非共鳴の強電場により約60 fsの渓谷寿命が実現された。

この研究の面白く独創的なところ

  • 格子の対称性に合わせた光波形を用いることで、光波形の回転だけでバンド構造のトポロジーを動的に制御できる点が独創的。

  • 光周波数がバンドギャップよりはるかに小さい非共鳴領域で、絶縁体であるhBNのバンド構造を大きく変調できる点が新しい。

  • ねじれ積層構造のような静的な手法とは対照的に、光波形の回転という動的な自由度で物性制御ができる点が面白い。

  • 従来の円偏光を用いたバレートロニクスを超えて、任意の2次元物質に適用可能な普遍的な手法を提案している点が重要。

この研究のアプリケーション

  • 次世代の超高速トランジスタや集積回路への応用が期待される。

  • 光波形のパターニングにより、マイクロメートルスケールで電子物性の異なるドメインを動的に生成できる。

  • 量子情報処理などに用いられる渓谷自由度を、コヒーレンスを保ったまま超高速に制御する技術につながる。

  • フレキシブルエレクトロニクスなど、大面積・低コストの製造プロセスへの適用が見込まれる。

著者と所属
Sambit Mitra, Álvaro Jiménez-Galán, Mario Aulich, Marcel Neuhaus, Volodymyr Pervak, Rui E. F. Silva, Matthias F. Kling & Shubhadeep Biswas
(Max Planck Institute of Quantum Optics, Garching, Germany; Ludwig-Maximilian University of Munich, Garching, Germany; Instituto de Ciencia de Materiales de Madrid (ICMM), Consejo Superior de Investigaciones Científicas (CSIC), Madrid, Spain; Max Born Institute, Berlin, Germany; SLAC National Accelerator Laboratory, Menlo Park, CA, USA; Department of Applied Physics, Stanford University, Stanford, CA, USA)

詳しい解説
本研究は、結晶格子の対称性に整合したテーラードパルス光波を用いることで、単層のhBN中に時間反転対称性の破れを誘起し、ハルデンモデルのようなトポロジカル性質を光の周波数よりはるかに高速に制御することに成功しました。
hBNは大きなバンドギャップ(5.9 eV)を持つ絶縁体ですが、そのブリルアンゾーンのK点とK'点には、エネルギー的に縮退した量子渓谷が存在します。これらの渓谷は時間反転対称性によって保護されており、通常は縮退が解けることはありません。一方、空間反転対称性が破れているため、渓谷対比の物理が生じる可能性があります。
研究チームは、hBNの三角格子と同じ三回対称性を持つように設計された2色の円偏光パルス対を重ね合わせることで、三つ葉のような形状のテーラードパルス光波形を作り出しました。この光波形をhBNに照射すると、サイト間の飛び移り積分が変調され、ハルデンモデルと同様の複素次近接相互作用が生じます。これにより、K点とK'点の渓谷の縮退が解け、片方の渓谷のバンドギャップが減少し、もう片方では増大します。この効果の大きさと符号は、光波形の回転角度によって制御できます。
さらに、この光波形は、hBNのバンドギャップよりはるかに小さい光子エネルギー(0.6 eV)を持っているにもかかわらず、バンド間のトンネル遷移を誘起します。これは、バンドギャップの動的な変調によって、価電子帯から伝導帯への遷移が共鳴的に増強されるためです。その結果、光波形の回転に応じて、K点とK'点の電子占有数が周期的に変化します。
研究チームは、この渓谷分極を検出するために、時間分解の高次高調波偏光分光を行いました。hBNにテーラードポンプパルスとプローブパルスを同時に照射し、プローブ光の非線形応答の偏光を測定したところ、ポンプ光波形の回転角度に対して120°周期で振動する信号が観測されました。これは、バンド構造のトポロジー的な変化に起因する特徴的な周期性であり、提案機構の実証に成功しました。
本研究で開発された手法は、ねじれ積層構造のような静的な手法とは対照的に、光波形の回転という動的な自由度によって、バンド構造のトポロジーを超高速に制御できる点が画期的です。また、対称性に守られた普遍的なアプローチであるため、グラフェンなどの他の2次元物質にも適用可能だと考えられます。将来的には、マイクロメートルスケールで電子物性の異なるドメインを光でパターニングしたり、量子情報処理に用いられるコヒーレントな渓谷自由度を超高速に制御したりするような応用が期待されます。
本研究は、強電場と物質の相互作用というこれまでにない自由度を利用することで、トポロジカル物性の動的な制御という新しい分野を切り拓いたといえるでしょう。光波形のデザインという自由度を駆使することで、様々な物質中で、その対称性に応じたエキゾチックな量子状態を生み出せる可能性が示唆されており、今後の展開が大いに期待されます。


BMP-SMAD1シグナル伝達経路が大脳新皮質の興奮-抑制バランスを制御する

本研究は、マウスの大脳新皮質において、神経ネットワークの活動が高まると、興奮性ニューロンからBMP2が放出され、パルブアルブミン陽性(PV)抑制性ニューロンのSMAD1を介して、シナプスタンパク質やペリニューロナルネットの構成要素の発現を制御することを明らかにしました。PV抑制性ニューロン特異的にBMP2-SMAD1シグナルを阻害すると、PV細胞へのグルタミン酸作動性入力の減少、ペリニューロナルネットの未発達、興奮性の低下が見られ、最終的に大脳皮質の興奮-抑制バランスが乱れ、自発的てんかん発作を示しました。この結果は、発生期のモルフォゲンシグナルが成体脳で神経回路の安定化に再利用されていることを示唆しています。

事前情報

  • 大脳新皮質の神経回路は、興奮と抑制のバランスを維持することが重要だが、そのメカニズムは十分に解明されていない。

  • PV抑制性ニューロンへのシナプス入力やペリニューロナルネットは、神経回路の安定性と可塑性を制御する重要なパラメーターである。

  • 発生期において、BMPファミリーの分泌性成長因子は、細胞運命の決定や神経の成長に関与していることが知られている。

行ったこと

  • マウス大脳新皮質において、神経ネットワーク活動の増加に応答して活性化されるシグナル経路を同定した。

  • PV抑制性ニューロン特異的なSMAD1の条件付きノックアウトマウスを作製し、表現型を解析した。

  • BMP2の発現を上層グルタミン酸作動性ニューロンで選択的に欠損させた条件付きノックアウトマウスを作製し、PV抑制性ニューロンへの影響を調べた。

  • ChIP-seqとRNA-seqにより、SMAD1の標的遺伝子を同定した。

検証方法

  • 化学遺伝学的手法によるPV抑制性ニューロンの活動操作

  • BMP応答性Xon(BRX)レポーターマウスによるBMPシグナルの活性化の可視化

  • 遺伝子コードされたイントラボディ(FingR)を用いたPV抑制性ニューロンへのシナプス入力の定量的マッピング

  • 急性脳スライスにおけるパッチクランプ記録

  • 行動実験とビデオ連動長期脳波記録

分かったこと

  • 神経ネットワーク活動の増加により、グルタミン酸作動性ニューロンでBMP2の発現が上昇し、PV抑制性ニューロンでBMP標的遺伝子の発現が誘導される。

  • SMAD1は、グルタミン酸作動性シナプスタンパク質、イオンチャネル、ペリニューロナルネットの構成要素をコードする遺伝子のプロモーターに直接結合し、その発現を制御する。

  • PV抑制性ニューロン特異的なSMAD1の欠損は、PV細胞へのグルタミン酸作動性シナプス入力の減少、ペリニューロナルネットの未発達、興奮性の低下を引き起こす。

  • BMP2-SMAD1シグナルの障害は、大脳皮質の興奮-抑制バランスを乱し、自発的てんかん発作を引き起こす。

この研究の面白く独創的なところ

  • 発生期に重要な役割を果たすBMPシグナルが、成体脳で神経回路の安定性を維持するために再利用されている点が新しい発見。

  • グルタミン酸作動性ニューロンから放出されるBMP2が、PV抑制性ニューロンの機能を調節する細胞間シグナルとして働くことを明らかにした点が独創的。

  • PV抑制性ニューロンの入力シナプスとペリニューロナルネットの両方を制御するメカニズムを解明した点が面白い。

  • 単一の転写因子SMAD1が、シナプス、細胞外マトリックス、興奮性に関わる多様な標的遺伝子を制御していることを示した点が重要。

この研究のアプリケーション

  • BMP-SMAD1シグナルの異常が、自閉症などの神経発達障害やてんかんの病態に関与している可能性が示唆される。

  • BMPシグナル経路を標的とした治療法の開発につながる可能性がある。

  • PV抑制性ニューロンの入力シナプスの障害や興奮-抑制バランスの乱れを伴う疾患の新たな治療戦略の開発に役立つ知見。

  • 発生期のシグナル経路を標的とすることで、成体脳の可塑性や安定性を制御する新しいアプローチにつながる可能性がある。

著者と所属
Zeynep Okur, Nadia Schlauri, Vassilis Bitsikas, Myrto Panopoulou, Raul Ortiz, Michaela Schwaiger, Kajari Karmakar, Dietmar Schreiner & Peter Scheiffele
(Biozentrum, University of Basel, Basel, Switzerland; Swiss Institute of Bioinformatics, Basel, Switzerland; Friedrich Miescher Institute for Biomedical Research, Basel, Switzerland)

詳しい解説
本研究は、マウスの大脳新皮質において、神経ネットワークの活動に応答してBMP2-SMAD1シグナル伝達経路が活性化され、PV抑制性ニューロンの入力シナプスと興奮性を制御することで、興奮-抑制バランスを維持するメカニズムを明らかにしました。
まず、神経ネットワーク活動の増加に応答して活性化されるシグナル経路を探索したところ、グルタミン酸作動性ニューロンでBMP2の発現が上昇し、PV抑制性ニューロンでBMP標的遺伝子の発現が誘導されることがわかりました。BMP2は発生期に重要な役割を果たすモルフォゲンとして知られていますが、成体脳でも神経ネットワークの活動状態を伝える細胞間シグナルとして機能していることが明らかになりました。
次に、BMP2の下流で働く転写因子SMAD1に着目し、その標的遺伝子をゲノムワイドに同定しました。その結果、SMAD1は、グルタミン酸作動性シナプスタンパク質、イオンチャネル、ペリニューロナルネットの構成要素など、PV抑制性ニューロンの機能に重要な役割を果たす多様な遺伝子群を直接制御していることがわかりました。
さらに、PV抑制性ニューロン特異的なSMAD1の条件付きノックアウトマウスを作製し、表現型を解析しました。その結果、SMAD1の欠損により、PV細胞へのグルタミン酸作動性シナプス入力の減少、ペリニューロナルネットの未発達、興奮性の低下が引き起こされることが明らかになりました。これらの変化は、大脳皮質の興奮-抑制バランスを乱し、自発的てんかん発作を引き起こすことにつながりました。
BMP2の発現を上層グルタミン酸作動性ニューロンで選択的に欠損させた条件付きノックアウトマウスでも、PV抑制性ニューロンへのシナプス入力の減少が見られたことから、ピラミッド細胞由来のBMP2がPV抑制性ニューロンの機能を制御していることが確認されました。
以上の結果から、本研究では、神経ネットワークの活動に応答して放出されるBMP2が、SMAD1を介してPV抑制性ニューロンの入力シナプスと興奮性を調節することで、興奮-抑制バランスを維持するという新しいメカニズムを提唱しました。発生期に重要な役割を果たすBMPシグナルが、成体脳で神経回路の安定性を維持するために再利用されているという発見は、神経科学の新しいパラダイムを切り開くものと言えます。
また、本研究の知見は、自閉症などの神経発達障害やてんかんの病態メカニズムの理解にも重要な示唆を与えるものです。BMP-SMAD1シグナルの異常が、PV抑制性ニューロンの機能不全や興奮-抑制バランスの乱れに関与している可能性があります。今後、BMPシグナル経路を標的とした新しい治療法の開発につながることが期待されます。
本研究は、細胞間シグナル伝達と転写制御の緊密な連携により、神経回路の安定性が維持されるメカニズムを明らかにした点で、神経科学における重要な進歩と言えるでしょう。発生期のシグナル経路を標的とすることで、成体脳の可塑性や安定性を制御する新しいアプローチの開発にもつながる可能性があり、今後の展開が大いに期待されます。


カルシウムセンシング受容体は、複数のGタンパク質サブタイプと結合し、多様な細胞プロセスを制御する

本研究では、カルシウムセンシング受容体(CaSR)と3種類のGタンパク質サブタイプ(Gq、Gi、Gs)との複合体構造を解明した。CaSRは二量体を形成し、各複合体において一方のサブユニットのみがGタンパク質と結合する。この結合には、GαサブユニットのC末端ヘリックスがCaSRの細胞内ループ(ICL1-3)、伸長したTM3ヘリックス、および秩序化したC末端領域によって形成される浅いポケットに結合することが関与する。Gタンパク質の結合により、膜貫通領域の二量体界面が拡大し、リン脂質によってさらに安定化される。受容体二量体による拘束とICL2の協調により、GαのコンフォメーションがGタンパク質の活性化を促進する。GqとGsおよびGiの選択性を決定する単一のGα残基が同定された。ICL2の長さと柔軟性により、CaSRは3種類のGαサブタイプと結合し、多様なGタンパク質との共役能を獲得している。

事前情報

  • CaSRは細胞外Ca2+濃度の変動を検知し、Ca2+ホメオスタシスを維持する。

  • CaSRはCa2+バランスに関連しない多様な細胞プロセスも媒介する。

  • CaSRの多面的な機能は、複数のGタンパク質サブタイプを介したシグナル伝達に起因する。

行ったこと

  • CaSRとGq、Gi、Gsタンパク質サブタイプとの複合体構造を決定した。

  • 各複合体において、CaSRがGタンパク質と共通の様式で結合することを見出した。

  • Gタンパク質の結合が受容体二量体界面を拡大し、リン脂質によって安定化されることを明らかにした。

  • GqとGsおよびGiの選択性を決定する単一のGα残基を同定した。

検証方法

  • クライオ電子顕微鏡による構造解析

  • Gタンパク質活性化アッセイ

  • 変異導入によるCaSR-Gタンパク質間相互作用の機能的解析

  • 細胞表面発現レベルの評価

分かったこと

  • CaSRは二量体を形成し、各複合体において一方のサブユニットのみがGタンパク質と結合する。

  • GαサブユニットのC末端ヘリックスがCaSRの細胞内ループ、伸長したTM3ヘリックス、および秩序化したC末端領域によって形成される浅いポケットに結合する。

  • Gタンパク質の結合により、受容体二量体界面が拡大し、リン脂質によってさらに安定化される。

  • 受容体二量体による拘束とICL2の協調により、GαのコンフォメーションがGタンパク質の活性化を促進する。

  • GqとGsおよびGiの選択性を決定する単一のGα残基が存在する。

  • ICL2の長さと柔軟性により、CaSRは3種類のGαサブタイプと結合し、多様なGタンパク質との共役能を獲得している。

この研究の面白く独創的なところ
この研究の独創的な点は、CaSRと複数のGタンパク質サブタイプとの複合体構造を解明し、CaSRによる多様なGタンパク質活性化の構造的基盤を明らかにしたことです。特に、CaSRが二量体を形成し、一方のサブユニットのみがGタンパク質と結合するという非対称的な結合様式を見出した点が興味深いです。また、Gタンパク質の結合により受容体二量体界面が拡大し、リン脂質によって安定化されるという知見も新しい発見です。さらに、GqとGsおよびGiの選択性を決定する単一のGα残基を同定したことは、Gタンパク質選択性の分子機構の理解に重要な手がかりを与えるものです。

この研究のアプリケーション
本研究の成果は、CaSRの多面的な機能の理解を深めるだけでなく、CaSR関連疾患の病態解明や新規治療法の開発にも貢献すると期待されます。CaSRは、カルシウム恒常性の維持に加え、ホルモン分泌、神経伝達、細胞増殖など様々な生理機能に関与することが知られています。今回明らかにされたCaSRによる多様なGタンパク質活性化の分子メカニズムは、これらの機能の制御機構の解明に役立つでしょう。さらに、CaSRの変異はある種の遺伝性疾患の原因となることから、本研究の知見は、変異体の機能評価や病態の理解、さらには新たな治療ターゲットの同定にも応用できると考えられます。

著者と所属
Hao Zuo, Jinseo Park, Aurel Frangaj, Jianxiang Ye, Guanqi Lu, Jamie J. Manning, Wesley B. Asher, Zhengyuan Lu, Guo-bin Hu, Liguo Wang, Joshua Mendez, Edward Eng, Zhening Zhang, Xin Lin, Robert Grassucci, Wayne A. Hendrickson, Oliver B. Clarke, Jonathan A. Javitch, Arthur D. Conigrave & Qing R. Fan
(Department of Molecular Pharmacology and Therapeutics, Columbia University; Department of Physiology and Cellular Biophysics, Columbia University; Department of Biological Sciences, Columbia University; Department of Psychiatry, Columbia University; Division of Molecular Therapeutics, New York State Psychiatric Institute; Laboratory for BioMolecular Structure, Brookhaven National Laboratory; National Center for Cryo-EM Access and Training, Simons Electron Microscopy Center, New York Structural Biology Center; Department of Biochemistry and Molecular Biophysics, Columbia University; Department of Anesthesiology, Columbia University; Irving Institute for Clinical and Translational Research, Columbia University; School of Life & Environmental Sciences, Charles Perkins Centre, University of Sydney; Department of Pathology and Cell Biology, Columbia University)

詳しい解説
カルシウムセンシング受容体(CaSR)は、細胞外カルシウム濃度の変動を感知し、カルシウム恒常性の維持に重要な役割を果たすGタンパク質共役型受容体(GPCR)です。また、CaSRはカルシウムバランスに直接関連しない様々な細胞プロセスにも関与することが知られています。この多面的な機能は、CaSRが複数のGタンパク質サブタイプと共役し、異なるシグナル伝達経路を活性化できることに起因すると考えられてきました。しかし、CaSRによる多様なGタンパク質活性化の構造的基盤については不明な点が多く残されていました。
本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いて、CaSRと3種類のGタンパク質サブタイプ(Gq、Gi、Gs)との複合体構造を決定しました。その結果、CaSRは二量体を形成し、各複合体において一方のサブユニットのみがGタンパク質と結合することが明らかになりました。この結合には、Gαサブユニットのα5ヘリックス(H5)の C末端部分が、CaSRの細胞内ループ(ICL1-3)、伸長したTM3ヘリックス、および秩序化したC末端領域によって形成される浅いポケットに結合することが重要であることが示されました。
興味深いことに、Gタンパク質の結合により、CaSR二量体の膜貫通領域の界面が拡大し、さらにリン脂質によって安定化されることが明らかになりました。また、受容体二量体による構造的拘束とICL2の協調により、GαサブユニットのコンフォメーションがGタンパク質の活性化を促進することが示唆されました。
さらに、本研究ではGqとGsおよびGiの選択性を決定する単一のGα残基を同定しました。一方、ICL2の長さと柔軟性により、CaSRは3種類のGαサブタイプと結合し、多様なGタンパク質との共役能を獲得していることが明らかになりました。
これらの知見は、CaSRによる多様なGタンパク質活性化の分子メカニズムを解明し、CaSRの多面的な機能の理解に大きく貢献するものです。また、本研究で得られた構造情報は、CaSR関連疾患の病態解明や新規治療法の開発にも役立つと期待されます。例えば、CaSRの変異が原因となる遺伝性疾患において、変異体の機能評価や病態の理解、さらには新たな治療ターゲットの同定などに応用できる可能性があります。
今後は、本研究で明らかにされたCaSR-Gタンパク質複合体の構造的知見を基に、CaSRによるシグナル伝達の制御機構や生理的役割についてさらなる研究が進められることでしょう。また、他のGPCRとGタンパク質との相互作用にも共通する原理が存在する可能性があり、本研究の成果はGPCRシグナル伝達の一般的な理解にも貢献すると期待されます。


229Th3+イオンのレーザー分光により、229Thの原子核時計の実現に向けて重要なパラメータを決定

本研究では、229Thの3価イオン(229Th3+)を用いて、原子核の基底状態と低励起状態間の遷移を利用した原子核時計の実現に向けて重要な成果を得ました。229Th3+は原子核時計に最適なイオンですが、これまで原子核異性体(229mTh3+)の性質は知られていませんでした。研究グループは、233Uから供給される229mTh3+をイオントラップに捕捉し、原子核状態を選択的に検出するレーザー分光により、229mTh3+の原子核崩壊寿命を1,400秒と決定しました。さらに、229mTh3+の超微細構造定数を決定し、原子核時計の微細構造定数の変動に対する感度の不確かさを4分の1に低減しました。これらの結果は、229Th3+原子核時計の実現と基礎物理学の検証に重要なパラメータを与えるものです。
229Thは原子核の基底状態と低励起状態(異性体)のエネルギー差が非常に小さく、レーザーによる直接励起が可能な唯一の原子核です。この遷移を利用した原子核時計は、外部摂動の影響を受けにくいため、既存の原子時計を超える性能が期待されています。特に、3価イオン229Th3+は原子核時計に最適な電子状態を持ちますが、肝心の異性体229mTh3+の性質は分かっていませんでした。
研究グループは、233Uのアルファ崩壊で生成される229mTh3+を、イオントラップを用いて連続的に供給・捕捉することに成功しました。そして、原子核状態を選択的に検出できるレーザー分光により、229mTh3+の原子核崩壊寿命が1,400秒であることを突き止めました。この寿命は、原子核時計遷移の線幅を決める重要なパラメータです。
さらに、229mTh3+の超微細構造定数を高精度で決定することで、原子核時計の微細構造定数の変動に対する感度の不確かさを4分の1に低減しました。微細構造定数は物理定数の一つで、その時間変動を調べることで、標準理論を超える新しい物理法則の探索に役立ちます。
本研究で得られた成果は、229Th3+原子核時計の実現に向けて重要な意味を持ちます。原子核時計は、従来の原子時計をはるかに超える正確さを持つ「究極の時計」として、基礎物理学の検証から、暗黒物質の探索、地球科学や宇宙探査に至るまで、幅広い分野に革新をもたらすと期待されています。

事前情報

  • 229Thは原子核の基底状態と異性体の遷移エネルギーが非常に小さく、レーザーによる直接励起が可能

  • 229Thの原子核遷移を利用した原子核時計は、既存の原子時計を超える性能が期待される

  • 229Th3+イオンは原子核時計に最適だが、異性体229mTh3+の性質は未知だった

行ったこと

  • 233Uから供給される229mTh3+を連続的にイオントラップに捕捉

  • レーザー分光により229mTh3+の原子核崩壊寿命を測定

  • 229mTh3+の超微細構造定数を高精度で決定

検証方法

  • 233Uのアルファ崩壊で生成される229mTh3+をイオントラップで捕捉

  • 原子核状態を選択的に検出するレーザー分光を実施

  • 超微細構造間のレーザー遷移周波数を精密測定

分かったこと

  • 229mTh3+の原子核崩壊寿命は1,400秒

  • 229mTh3+の超微細構造定数を高精度で決定

  • 原子核時計の微細構造定数の変動に対する感度の不確かさを4分の1に低減

この研究の面白く独創的なところ
本研究の独創的な点は、233Uのアルファ崩壊で生成される229mTh3+を連続的にイオントラップに供給・捕捉し、レーザー分光によって重要な物理量を測定したことです。229Thの異性体229mThは極めて生成が難しく、これまでその性質はほとんど分かっていませんでした。本研究では、233Uを利用することで229mTh3+を安定的に供給し、原子核状態を選択的に検出できるレーザー分光を駆使して、原子核崩壊寿命や超微細構造定数といった重要なパラメータを決定しました。これらの値は、229Th原子核時計の実現に不可欠な情報であり、本研究によって初めて得られたものです。また、原子核時計の微細構造定数の変動に対する感度の不確かさを大幅に低減したことも、基礎物理学の検証において重要な意味を持ちます。

この研究のアプリケーション
本研究で得られた成果は、229Th原子核時計の実現に向けて重要な意味を持ちます。原子核時計は、従来の原子時計をはるかに超える正確さを持つ「究極の時計」として期待されており、基礎物理学の検証から、暗黒物質の探索、地球科学や宇宙探査に至るまで、幅広い分野に革新をもたらすと考えられています。例えば、原子核時計を用いることで、微細構造定数の時間変動を高感度で検出し、標準理論を超える新しい物理法則の発見につなげることができます。また、超高精度の時間・周波数標準として、GPS衛星の高精度化や、地球や宇宙空間の重力ポテンシャルの精密測定など、様々な応用が期待されます。本研究で得られたパラメータは、これらの応用に向けた原子核時計の設計と性能評価に不可欠な情報を与えるものです。

著者と所属
Atsushi Yamaguchi, Hidetoshi Katori: Quantum Metrology Laboratory, RIKEN, Wako, Japan; RIKEN Center for Advanced Photonics, Wako, Japan
Atsushi Yamaguchi: PRESTO, Japan Science and Technology Agency, Kawaguchi, Japan
Yudai Shigekawa, Hiromitsu Haba: Nishina Center for Accelerator-Based Science, RIKEN, Wako, Japan
Hidetoshi Kikunaga: Research Center for Electron Photon Science, Tohoku University, Sendai, Japan
Kenji Shirasaki: Institute for Materials Research, Tohoku University, Sendai, Japan
Michiharu Wada: KEK Wako Nuclear Science Center, Wako, Japan
Hidetoshi Katori: Department of Applied Physics, Graduate School of Engineering, The University of Tokyo, Tokyo, Japan

詳しい解説
本研究は、229Thの原子核遷移を利用した原子核時計の実現に向けて、重要な成果を報告したものです。229Thは、原子核の基底状態と低励起状態(異性体)のエネルギー差が約8eVと非常に小さく、レーザーによる直接励起が可能な唯一の原子核として知られています。この原子核遷移を利用した原子核時計は、外部摂動の影響を受けにくいため、既存の原子時計を超える性能が期待されています。特に、3価イオン229Th3+は、レーザー冷却や蛍光検出が可能な閉じた電子遷移を持つため、原子核時計に最適なイオンです。しかし、肝心の異性体229mTh3+の性質、特に原子核崩壊寿命は分かっていませんでした。
研究グループは、233Uのアルファ崩壊で生成される229mTh3+を、イオントラップを用いて連続的に供給・捕捉することに成功しました。そして、原子核状態を選択的に検出できるレーザー分光により、229mTh3+の原子核崩壊寿命が1,400秒であることを突き止めました。この寿命は、原子核時計遷移の線幅を決める重要なパラメータであり、本研究によって初めて測定されました。
さらに、229mTh3+の基底状態と異性体状態の超微細構造間のレーザー遷移周波数を精密に測定し、超微細構造定数を高精度で決定しました。その結果、原子核時計の微細構造定数の変動に対する感度の不確かさを4分の1に低減することができました。微細構造定数は、電磁気力の強さを表す基本的な物理定数の一つで、その時間変動を調べることで、標準理論を超える新しい物理法則の探索に役立ちます。
本研究の成果は、229Th原子核時計の実現に向けて重要な意味を持ちます。原子核時計は、従来の原子時計をはるかに超える正確さを持つ「究極の時計」として期待されており、基礎物理学の検証から、暗黒物質の探索、地球科学や宇宙探査に至るまで、幅広い分野に革新をもたらすと考えられています。例えば、原子核時計を用いることで、微細構造定数の時間変動を高感度で検出し、標準理論を超える新しい物理法則の発見につなげることができます。また、超高精度の時間・周波数標準として、GPS衛星の高精度化や、地球や宇宙空間の重力ポテンシャルの精密測定など、様々な応用が期待されます。
本研究で得られた229mTh3+の原子核崩壊寿命と超微細構造定数は、これらの応用に向けた原子核時計の設計と性能評価に不可欠な情報を与えるものです。今後、本研究の成果を基に、229Th原子核時計の実現に向けた研究開発が加速すると期待されます。


Streptomyces属細菌が傘型の多成分タンパク質毒素を分泌し、競合する菌種の菌糸成長を阻害する

本研究は、土壌細菌Streptomyces属が新しいタイプの抗菌タンパク質複合体(アンブレラ毒素粒子)を分泌し、近縁の競合菌種の成長を阻害することを明らかにしました。アンブレラ毒素粒子は、重合した繰り返し配列を持つ大きな毒素タンパク質を足場として、先端にレクチンドメインを持つ5本の支柱が傘型に配置された構造をしています。Streptomyces coelicolorは3種類のアンブレラ毒素粒子を持ち、それぞれ異なる毒素ドメインとレクチンドメインの組み合わせを有しています。興味深いことに、この毒素を含む培養上清は、多様な細菌の中から特定のStreptomyces属の菌株の成長のみを強力に阻害しました。阻害は菌糸の伸長を即座に停止させることによって生じていました。本研究は、Streptomyces属が近縁種との競合に特化した毒素を用いて拮抗していることを示しており、従来の抗生物質とは異なる生態学的役割を持つことが示唆されました。アンブレラ毒素は放線菌門全体に広く保存されており、土壌細菌間の複雑な相互作用の新しい側面を明らかにしたと言えます。

事前情報

  • Streptomyces属は土壌中に普遍的に存在し、多様な抗生物質を生産する

  • Streptomyces属内の拮抗作用は生態学的に重要だが、抗生物質以外のメカニズムは不明だった

  • 多型毒素はStreptomycesでは同定されていなかった

行ったこと

  • S. coelicolorの3種類のALFタンパク質(UmbC1-3)の機能と相互作用因子を解析

  • UmbC1を含む毒素複合体(Umb1粒子)の精製とクライオ電子顕微鏡による構造解析

  • Streptomyces属を中心とした140菌株に対するUmb毒素の感受性スクリーニング

  • Umb毒素の標的細胞に対する作用メカニズムの解析

  • ゲノムデータベースを用いたUmb毒素の系統分布解析

検証方法

  • 免疫沈降とプロテオミクス解析によるUmbタンパク質間相互作用の検出

  • 負染色電子顕微鏡とクライオ電子顕微鏡によるUmb1粒子の構造解析

  • 細菌の増殖阻害を指標にしたUmb毒素感受性の評価

  • 毒素処理後の細胞の経時的な顕微鏡観察

  • 配列相同性検索とドメイン構造予測を用いたUmb毒素の分布解析

分かったこと

  • UmbCは8つのALF繰り返し配列と多型毒素ドメインからなる

  • UmbCはUmbAとUmbBと複合体(Umb粒子)を形成する

  • Umb1粒子は傘型の構造をしており、5本の支柱にUmbAのレクチンドメインが配置される

  • Umb毒素はStreptomyces属の中の特定の菌株の成長のみを阻害する

  • Umb毒素は標的細胞の菌糸伸長を即座に停止させる

  • 放線菌門の900以上の菌種がUmb毒素ホモログを持つ

この研究の面白く独創的なところ
本研究の最も独創的な点は、Streptomyces属が抗生物質とは全く異なる新しいタイプの抗菌分子を持つことを明らかにした点です。アンブレラ毒素は、特定の菌株に特化した標的特異性を持ち、菌糸の伸長を即座に阻害するという点で、広域スペクトルで殺菌的な抗生物質とは対照的な性質を持ちます。また、毒素の構造が傘型の複合体という非常にユニークなものであったことも興味深い発見でした。ALF繰り返し配列を足場としてレクチンドメインを配置するという毒素の構造原理は、標的細胞上の受容体への結合と毒素の特異性に重要であると考えられます。さらに、放線菌門に広く保存されていることから、土壌細菌の生態系において一般的な拮抗メカニズムである可能性が示唆された点も面白い視点だと思います。

この研究のアプリケーション
アンブレラ毒素の発見は、新しい抗菌物質の開発につながる可能性があります。特に、ヒト病原菌である放線菌(Mycobacterium属、Corynebacterium属など)に対して、既存の抗生物質とは異なる作用機序を持つ抗菌剤として利用できるかもしれません。また、標的細胞上の未知の受容体の同定は、新たな薬剤ターゲットの発見にもつながるでしょう。一方で、毒素の構造的な特徴や自己耐性メカニズムの解明は、タンパク質工学や合成生物学の観点からも興味深いと思います。アンブレラ毒素の作用機序の理解は、土壌微生物叢の構造や機能を理解する上でも重要な知見になると期待されます。

著者と所属
Qinqin Zhao, Savannah Bertolli, Young-Jun Park, Yongjun Tan, Kevin J. Cutler, Pooja Srinivas, Kyle L. Asfahl, Citlali Fonesca-García, Larry A. Gallagher, Yaqiao Li, Yaxi Wang, Devin Coleman-Derr, Frank DiMaio, Dapeng Zhang, S. Brook Peterson, David Veesler & Joseph D. Mougous
(University of Washington; St Louis University; Howard Hughes Medical Institute; USDA-ARS)

詳しい解説
この研究は、土壌細菌Streptomyces属が、抗生物質とは異なる新しいタイプの抗菌タンパク質複合体(アンブレラ毒素粒子)を分泌し、近縁の競合菌種の成長を阻害することを明らかにしました。
まず、研究グループはStreptomyces coelicolorが3種類の大きな繰り返し配列を持つタンパク質(UmbC1-3)を持つことに着目しました。これらのタンパク質は、8つのALF繰り返し配列と、C末端側に多型の毒素ドメインを持つという特徴的な構造をしていました。免疫沈降実験から、各UmbCタンパク質は、特異的なUmbAタンパク質およびUmbBタンパク質と安定な複合体を形成することが分かりました。
次に、UmbC1を含む複合体(Umb1粒子)を精製し、クライオ電子顕微鏡により構造解析を行いました。その結果、Umb1粒子は非常にユニークな傘型の構造をしていることが明らかになりました。中心にUmbC1のALF繰り返し配列が環状に配置され、そこから5本の支柱が伸びており、それぞれの先端にはUmbAのレクチンドメインが配置されていました。UmbC1のC末端側には毒素ドメインが存在すると予想されますが、柔軟性が高いためか電子密度は観察されませんでした。
研究チームは、精製したUmb1粒子を用いて、様々な細菌の成長に対する阻害活性を調べました。興味深いことに、調べた140株の細菌の中で、Umb1粒子が阻害したのはごく一部のStreptomyces属の菌株のみでした。特にS. griseusに対して強力な阻害活性が認められました。さらに、S. coelicolorの3種類のUmb粒子の中でUmb2粒子がS. griseusの成長阻害の主因であることを突き止めました。
顕微鏡観察により、Umb2粒子はS. griseusの胞子発芽は阻害せず、菌糸の伸長を即座に停止させることが分かりました。つまり、アンブレラ毒素は、競合菌の栄養成長期に特異的に作用することで、そのニッチを奪う働きがあるようです。これは、胞子形成期に産生され非特異的に細胞を殺す抗生物質とは対照的な戦略だと言えます。
ゲノムデータベースを探索したところ、放線菌門に属する1,000株近くの菌種がUmb毒素のホモログを持つことが分かりました。多くはStreptomyces属の菌株でしたが、他の6つの目にも分布していました。系統的に離れた菌種にも保存されていることから、アンブレラ毒素は放線菌の生存競争において一般的な戦略なのかもしれません。
本研究は、Streptomyces属が近縁種との競合に特化した新しいタイプの毒素を持つことを示した点で非常に意義深いと思います。従来の抗生物質とは異なり、アンブレラ毒素は特定の菌株の菌糸成長のみを狙い撃ちにする特異性の高さが特徴です。また、菌糸の成長を止めるという作用機序も、抗生物質の殺菌的な効果とは一線を画しています。
このような性質は、土壌中の複雑な微生物間相互作用を反映したものと考えられます。土壌中では同じニッチを巡る近縁種間の競合が激化しやすく、そこでは標的特異性の高い毒素の方が有利になるのかもしれません。アンブレラ毒素の発見は、ほとんど研究が進んでいなかったStreptomyces属の拮抗メカニズムに新しい視点を与えてくれました。
また、傘型という特殊な構造は、標的細胞上の受容体との結合に適している可能性が高いと思います。レクチンドメインが受容体と結合することで、毒素ドメインを細胞表面に近づけるのかもしれません。ALF繰り返し配列を足場にすることで、柔軟にレクチンドメインの数や配置を変化させられるのも利点だと考えられます。
一方で、アンブレラ毒素の分子機構については不明な点が多く残されています。どのようにして標的細胞内に毒素ドメインを送り込むのか、なぜ菌糸伸長だけを阻害するのか、などは今後の課題だと言えるでしょう。また、抗菌活性を持つ新規のタンパク質として、医療への応用も期待されます。アンブレラ毒素の発見を足掛かりに、放線菌の生態とそこから生まれる新しいバイオテクノロジーの発展が期待されます。


単一分子を計数することにより、デジタルコロイド増強ラマン分光法が超高感度分子検出を実現

本研究は、デジタルコロイド増強ラマン分光法(dCERS)を用いて、様々な分子を超低濃度で再現性良く定量できることを実証しました。金属コロイドナノ粒子による分子の固有振動の増強と、単一分子レベルでの計数により、測定プロセスのポアソンノイズのみで制限される高感度検出を達成しました。ヒドロキシルアミン還元銀コロイドなどの増強用ナノ粒子は、大規模に日常的に製造可能であり、dCERSが人の健康に重要な様々な分析物の信頼性の高い超高感度検出法となることが期待されます。

事前情報

  • 様々な分野で、複雑な混合物中の超低濃度分子の定量検出が求められている。

  • 表面増強ラマン分光法は、分子固有の振動スペクトルに基づき、複雑な混合物中の分子種を検出できる。

  • しかし、低濃度では信号の不均一性と再現性の低さが課題であった。

行ったこと

  • デジタル(ナノ)コロイド増強ラマン分光法を用いて、様々な目的分子の超低濃度での再現性の高い定量を実証した。

  • 理論解析により、測定プロセスのポアソンノイズのみで制限される高感度検出が可能なことを示した。

  • ヒドロキシルアミン還元銀コロイドなどの増強用ナノ粒子が、日常的な大規模製造に適していることを確認した。

検証方法

  • 様々な濃度の目的分子を含む試料を、dCERSで測定し、定量性を評価した。

  • 単一分子レベルでの検出を、2種類の分析物を用いた手法で検証した。

  • 異なる種類の増強用コロイドナノ粒子の性能を比較した。

分かったこと

  • dCERSにより、様々な分子を超低濃度(10-15 Mレベル)で再現性良く定量できる。

  • 測定プロセスのポアソンノイズのみで制限される高感度検出が可能である。

  • ヒドロキシルアミン還元銀コロイドが、最も高い増強効果を示した。

  • dCERSは、人の健康に重要な様々な分析物の信頼性の高い超高感度検出法となり得る。

この研究の面白く独創的なところ

  • デジタル的アプローチにより、単一分子レベルでの計数を可能にした点が独創的。

  • 測定プロセスのポアソンノイズのみで制限される高感度検出を実現した点が面白い。

  • 日常的な大規模製造に適した増強用ナノ粒子を見出した点も重要。

この研究のアプリケーション

  • 環境汚染物質や疾患マーカーなどの超高感度検出に応用できる。

  • ラベルフリーで分子固有の情報に基づく検出が可能なため、様々な分野で利用価値が高い。

  • 増強用ナノ粒子の大規模製造が可能なため、実用化が期待される。

著者と所属
Xinyuan Bi, Daniel M. Czajkowsky, Zhifeng Shao, Jian Ye (State Key Laboratory of Systems Medicine for Cancer, School of Biomedical Engineering, Shanghai Jiao Tong University; National Engineering Research Center of Advanced Magnetic Resonance Technologies for Diagnosis and Therapy, School of Biomedical Engineering, Shanghai Jiao Tong University; Institute of Medical Robotics, Shanghai Jiao Tong University; Shanghai Key Laboratory of Gynecologic Oncology, Ren Ji Hospital, School of Medicine, Shanghai Jiao Tong University)

詳しい解説
コロイド増強ラマン分光法(CERS)は、金属ナノ粒子によって増強された分子の固有振動を利用した高感度分析技術です。複雑な混合物中の特定の分子を、そのラマンスペクトルに基づいて検出できる点が強みですが、低濃度域では信号の不均一性と再現性の低さが課題でした。
本研究では、デジタル的なアプローチによってこの課題を克服しました。デジタルCERS(dCERS)では、試料を微小な体積要素(ボクセル)に分割し、各ボクセルで分子由来の信号が検出されたかどうかを二値的に判定します。分子濃度が低い場合、分子を含むボクセルの割合は濃度に比例し、ポアソン分布に従います。つまり、dCERSでは、分子の存在を単一分子レベルで計数することで、測定プロセスのポアソンノイズのみで制限される高感度定量が可能になります。
研究グループは、様々な分子を対象に、dCERSによる超高感度定量を実証しました。クリスタルバイオレット、4-ニトロベンゼンチオール、システイン、ヘモグロビンなどの分子を、10-15 Mレベルの超低濃度まで再現性良く検出できました。また、2種類の分析物を用いた実験により、単一分子レベルでの検出を確認しました。
さらに、異なる種類の金属コロイドナノ粒子の増強性能を比較し、ヒドロキシルアミン還元銀コロイドが最も高い増強効果を示すことを見出しました。このコロイドは、大規模に日常的に製造可能であり、dCERSの実用化に向けて重要な知見となります。
dCERSは、環境汚染物質や疾患マーカーなど、人の健康に重要な様々な分析物の超高感度検出に応用できます。分子固有の振動スペクトルに基づくラベルフリー検出が可能なため、様々な分野で利用価値が高いと考えられます。本研究は、dCERSが信頼性の高い超高感度分析法として、広く活用される可能性を示したといえるでしょう。



最後に
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