見出し画像

♪創作大賞参加エッセイ 【杖が届けてくれるもの】

自宅最寄りの私鉄駅から上り方面に乗車する際には、一番後ろの車両の最後尾。
弱視の進行と古傷の左膝の不具合から、左の掌中には市販の杖の持ち手。
これらが各々定位置となって、そろそろ1年になります。
 
乗務員室と客室を区切るガラス窓の向こうには、車掌さんの姿。
数名の方々は私のことを記憶いただいているに違いなくも、特定の乗客に対して笑顔を振りまく職責ではありません。
 

 
黙々と安全定時運行に努めるその表情と動作はそれぞれ、興味深い未満です。
自動音声の車内アナウンスが急速普及するなか、幼い頃からの夢を叶えられたであろう仕事も、

「車掌の華でもある車内アナウンスがこれでは、やり甲斐が削がれてしまうのでは?」

そんな制服姿が定位置の乗務員室の直近には、通路を挟んで2人掛けの優先座席が配置されています。
素人推定2m四方のこの空間は、小さな物語未満の宝庫。
杖を携えるまでは無縁としか思えなかった出来事が、ほぼ毎回届けられます。

以下、極力挿絵や画像に頼らず、つたない文章での情景描写に挑んでみましょう。
 

副題:目的の駅まで15分のところ、11分で途中下車

 
1

4月某日、朝の通勤通学ラッシュが一段落した午前9時すぎ。
目の前に滑り込んできた車両の座席は全部埋まり、立っている姿がチラホラ。
乗客の過半数が手元の小さな画面を凝視している、普段と変わらぬ車内。
もちろん強引に座るつもりもなく、杖を身体で隠しつつ、乗降扉横の手すりに歩を進め始めた次の瞬間でした。

「ほら!ここにつかまっていなさい!」

若い母親の声よりも一瞬早く、体当たりで私を押し出し銀色の棒にしがみついたのは、小学校低学年くらいの女の子。
右半身には金属製の歩行補助器具プラス頭にはヘルメットも、元気一杯の笑顔がキラキラ。

私的には何の問題もない、よくある出来事。
お母さんの言いつけを一生懸命守ったのだから、彼女を褒めてあげるべきでしょう。
そしてこの時点での車内といえば、みなさんお察しいただける通り。

多くの乗客がそれぞれ俯き凝視しているのは、掌の中の小さな画面。
何を差し置いても目を離せない、さぞや素晴らしい画像が反映されているのでしょう。
同時にこの文明の利器は『我関せず』を雄弁に訴えてくれる、とっても便利な味方?
背中を丸めて両眼からレーザー照射レベルで睨みつける姿、失礼ながら滑稽と映ってしまう繰り返しです。

朝からその調子では、お昼ご飯までに疲れて力尽きますよ。
 

※ネット上の無料画像を拝借。

 
「す、す、スミマごめんなさい!」

ここで私の手元の杖に気づかれたお母さまが小慌て・・・・・・こりゃ申し訳ない。
問題ないことをお伝えすべく、杖を控え目に持ち上げ、片足立ちのかかしさん姿。
元気なお姫さまは母親と変な人のやりとりを、不思議そうに眺めています。

するとこのタイミングで、進行方向右側の座席から、

「どうぞお掛けくださいな」

どう見ても傘寿(80歳)手前とお見受けするご婦人のお心遣いに、高度な瞬時の判断が求められる展開に。

「ありがとうございます。でも直ぐに降りますし、大丈夫ですよ」

ここで善意を反故にする返事を選択した理由は、彼女の隣に座っていた人物にありました。

推定年齢30過ぎ、大きな帽子を深く被ったファッショナブルな女性。
片手に複数の小さな精密機器プラス、もう片手には飲み物とパンらしき軽食。
細いイヤホンを複数本絡めながら、その振る舞いは完全にご自宅モード。
優先座席でなくとも、近郊電車の正しい乗車スタイルとは思えません。

私が懸念したのは、仮にこの女性の隣席に座り、身体が僅かでも触れようものなら・・・・・・

目と鼻の先の乗務員室内は、その風情が定年退職間近と映る、時々見掛ける男性車掌。
失礼ながら電車好きの子どもたちが憧れるような、気持ちよく機敏な勤務態度とは対極の人物と記憶していました。

火中の栗に手を伸ばす=冤罪の罠に実を委ねる愚かな選択は、100%間違いです。
かなりの高確率で手招きしている理不尽なリスク回避が、この場面での一択でした。

乗車からここまで実質2分弱。
普通電車が次の駅に停車すべく、減速を始めたその時でした。

一連の流れから1人分空いた優先座席に滑り込む人影が、私の視界を左上から右下へと。

 
2

 たとえるならそれは、野球の盗塁で野手のタッチを巧みにすり抜けるような?
もしくはイス取りゲームの達人のステップのような?

扉が開き、大勢の降車客で一気に空いた車内。
対面の2人掛けの優先座席にお招きしようと先の母子を探してみれば、すでに少し離れた場所に着席されていてひと安心。
それならばと着席から、通路を挟んで鎮座する盗塁名人の姿を確かめてみれば・・・・・・
 

  
お食事音楽鑑賞Ladyの隣を確保したのは、同じく30歳前後とお見受けする女性。
百人一首の姫のような長い髪にワンピースにハイヒールと、どこか昭和風?
そんな彼女が速攻で勤しんでいたのが、これまたご想像通りの本格的お化粧。
ところがこの動きが派手と申しますか、恥も外聞も無いレベルでした。

左手のコンパクトを斜め上に掲げ、動物園のアザラシを連想させる両の鼻の穴全開で、顎をしゃくって顔面塗装。
デパートの化粧品売り場を越えた、テレビショッピングのデモンストレーション?
化粧品特有の臭気が通路を挟み、マスク姿の私の鼻腔にも到達。

ラジオ体操のごとく宙を舞う右手の先が、お食事中の隣人の顔面に接触寸前の距離で暴れ舞っています。

大道芸?
これぞ残念な五十歩百歩の見本だな。

許されるなら隠し撮りから無料動画配信で、より多くの閲覧者に笑っていただきたいところでした。

ガラス1枚隔てて実質数十センチの車掌さんは、当然見て見ぬ素振り。
わざとらしく機器を指さし確認している姿、これまた失笑未満の哀しさでした。

電車は次の駅に到着から、今度は1人のスーツ姿が私の目の前に。
実はこの御仁が主人公の座を、ここから一気にさらっていきます。

 
3

かなり謙虚な毛量を無理矢理七三分け風に整えた、グレー寄りの短髪。
それなりの金額であつらえたであろう、昔ながらの濃紺のスーツ姿。
身長175cm・体重100kgとお見受けする、大柄あんこ型の体型に銀縁眼鏡。
年齢的には今年63歳となる私と同世代でしょうか?

貫禄十分のこの服装で背中には学生風の布製のリュック姿も、時代なのでしょう。

「隣に腰を下ろされるとかなり窮屈だろうけれど、まあどうにかなるかな?」

目の前の彼の巨体の左右に、先述の女性の自由奔放を過ぎた振る舞いが見え隠れ。
まるで背後からこの男性をからかっているようで、噴き出すのを我慢するのが大変でした。
ここからこの実録実況エッセイ、一気にギャグ色が強まってしまうことに。

巨体で両腕を上手に抜くことができず、私の目の前で悪戦苦闘の御仁。
ようやく身体から離すことができたリュックを私の隣の空席に置くと、ここで最初の理解不能な行動に。

その場で駒のように、クルクルと回り始められたから、さあ大変。
目の前で巨大人間独楽が自転・・・・・・これは車内迷惑行為に該当するのでは?

呆気にとられる私の前で、平衡感覚を失うでもなく、ピタリと静止。
続いてリュックの中からあるものを取り出し、その場で開封する姿を見て、

「彼はタイムトラベラーではないのか!?」

昨今では完全に主流から外れた、B5サイズ三つ折りの定型茶封筒。
中から出てきたのは、お札と、小銭と、直筆で複写された細長い明細書。

給料袋!?

手渡しで受け取っていた昭和の記憶と風景が呼び戻されましたが、彼の摩訶不思議は最早制御不能に。
 

 
封筒から取り出した現金をお札と小銭の種類ごとに仕分けして私の隣席上に並べ、金額を確認し始めました。

私がタイムトラベラーを疑ったのが、その合計金額でした。
失礼ながら令和時代の高卒初任給にも遠く及ばぬ、彼の年齢風貌からすればあまりに謙虚な額でした。

本人は私に密着状態で数えているわけですから、身が交わせません。
下手に動いて現金が飛び散れば、それこそ招かざる最悪の展開です。

ガラス窓1枚向こうの車掌さんといえば、こちらに背を向け、飛び去る景色を指先確認中。
確かにどうしようもない状況、彼もまた被害者かも?

ここで乗車から約10分、特急以下全列車が停車する、大きな乗換駅に到着。

「ここで降りなきゃ!自分を守るために」

すでに給料袋をリュックに収納し終えていた御仁、私が席を離れるのを待っていたかのように、2人分の座席を独占から大股開きで中央に鎮座。
すでにその手には、最新式のスマホが構えられていました。

「やはりタイムトラベラーだな」

本来の目的地である終着駅までの所要時間は、ここから3~4分程度。
顔面塗り壁作業の手は休まらず、その隣の大きな帽子もマイペース。

アニメの世界から居合い切りの名人が現れて、車両のこの一角だけを切り捨ててしまう前に、この場を離れなくては。

 
4

自身の精神状態をリセットすべく、ホーム上の売店(提携コンビニ)を目指しました。
朝9時台から飲酒はモラルを問われそうですが、お気に入りの缶ビールをひとつ。

「ごめんなさい!未成年のボタンに触れてしまいましたァ!」

レジがフリーズしてしまったことを詫びてくださる女性スタッフに、自身の後ろに待ち人がいないことを確かめていると、

「お若く見えたから、ついつい押しちゃいましたァ」
「うわははは!バレましたか!実はまだ18歳なんですよ」

わずか数秒の大阪人らしいやりとりで心が和んだところで、忘れていた登場人物との再会が、向こうから近づいてきました。

「さ、さ、先程は申し訳ありませんでした」

偶然この駅で下車されたところ、どうやらお姫さまが飲み物をねだったらしく?

この直後でした。
無垢な素晴らしい想像力に、錆びつき気味の己が感性の琴線が強く弾かれることに。
理由もなく突然涙腺が怪しくなってしまい、今度は私が小慌て。

「チョコ!チョコのお菓子だよ!」

 私の杖の持ち手の先端が欠けているのを指して、大きな声が店内に響き渡る未満でした。

ホントだね。
つまみ食いしたのは、小さな天使さんだったかもね。
 

 
数ヶ月前、国道の歩道で後ろから近づいてきたスマホ走行自転車の若い女性に吹き飛ばされ、アスファルトに叩きつけられて欠損したんだっけ。
偶然目と鼻の先に停車していた警察官2名は、一部始終を見ていたはずも、やはりの残念な対応を届けてくれたっけ。

よろけながらも加速して逃げ去る彼女を見逃し、私がちょっかいをかけたかのごとく、その場で拘束質問攻めに合う羽目に。

「どこ見ていたの!?この人が被害者じゃないの!」

正義感満点の年配のご婦人が食ってかかってくださるも、これも世の中。
若い女性が逃げ去ってくれたことで、胸くそ悪いだけで済んだのですから。

これがおそらく時代を問わぬ、私のような風貌の小市民に押しつけられる現実です。
仮に彼女が転倒から怪我を負っていたらと思えば、背筋が凍ります。

 
5

「じゃあね」

この先忘れた頃の偶然の再会で、彼女の成長を確かめられたら、これまた素敵以上。
それよりなにより、忘れてはなりません。
今夏には2歳の誕生日を迎える初孫娘の現在から未来も、できるかぎり見つめ続けていたいし。

その日のために、今度の今度の今度こそ、断酒に挑むかな?

視力に悪影響が否めないとされるアルコールです。
あの日を境の完全断酒、仕事の席上必要に迫られた場面を除き、現在進行形です。

それって完全断酒とは言えないのでは? ← ※至極真っ当かつ素朴な声

 このご指摘が届く前に、大阪人にとっては特技ならぬ日常の独りツッコミで、先手必勝ならぬ先回りの言い訳を。

 
6

この日から数日後、大阪梅田界隈での私用をこなし、正午過ぎには帰路に着くことに。
同日は昼頃から本降りの雨だと、複数の天気予報が声をそろえていました。
片手に杖でもう片手に傘となると、自動改札通過に一苦労が避けられません。
 

 
杖の代わりに傘を選択したことで、誰に気兼ねすることなく、立って車窓越しの風景を楽しめる電車移動。
小さく心が躍るも、予想以上に乗客の姿が見当たらず、クロスシートを独占状態に。
 

 
電車は一級河川の鉄橋を北に渡り、次の駅を出発からほどなく、

「妊婦の方、小さなお子様連れの方に、座席をお譲りくださいますよう云々・・・・・・」

無感情と不自然な抑揚の中間と聞こえる自動放送ではなく、車掌さんの肉声。
棒読み口調と聞き取りづらい発声、語尾はグダグダからプツリと切れる始末。

「マイクのスイッチOFFにした次の瞬間に面倒臭そうな溜息未満、バレバレだぞ!」

編成の最後尾から発せられているこの声の主、察しを超えて確信を持ってしまいました。

余裕で全員着席の乗車率でも、規定の場所を走行中にこのアナウンスが義務づけられていること、承知しています。
世界一の定時運行を誇る日本の鉄道、徹底的なマニュアル管理と実践の賜物であることも、周知の事実でしょう。

数日前のあの場面ではガラス窓をバリアに、客席非介入を貫かれた御仁の声。
それは決して間違った判断ではなく、一点の非も見当たりません。

「彼もまた幼い日に電車に向かって手を振り、乗務員から届いた敬礼の返事に大喜びしていただろうに」
 
車掌になるための努力が半端ないことは、部外者ながらも理解しているつもりです。
そんな夢を叶えたプロフェッショナルの肉声だったからこそ、心の中で少し以上の辛口判定。
 
目の前にいらっしゃる可愛い乗客は、遠い日のご自身です。
憧れの視線が、貴方の立ち振る舞いを追っていますよ。
夢を叶えた大人として、このことを忘れないでほしいな。
 
なんだかんだ言っても、豊かさも平和も世界トップクラスを維持し続けているこの国。
職業選択の自由が法律で約束されていることを、大人が忘れちゃ駄目だ。

この場面、もちろん私自身にも自問自答を今一度。

童心を左右入れ替えて一文字にすれば『憧』。
自身に物心がついて最初に憧れた職業も、多分に漏れず、電車の運転士でした。
 

 
私の片腕ならぬ、片脚と片眼の役割を何割か担い続けてそろそろ丸1年のこの杖。

ようやくの命名 : 『チョコ』ならぬ『千代子(ちよこ)』ちゃん。

年齢を問わず、いつまでも(=千代に)素直な子どもの心を忘れぬように。
すぐに自らの姿勢を、乾いたスポンジにリセットから、現状と向き合えるように。
 


さてさてそんな私の杖、次はどんな物語と気づきを運んでくれるかな?

・若き日に気配りが至らず、数え切れない非礼を繰り返していた『反省』?
・記憶の奥底にひっかかって出てこなかった、幼い日の『思い出』?
・もしくはここから晩年、自身の在り方を見つめ直す『人としての責務』?

 二人三脚で一緒に歩めば、新たな物語へと続く入口が、ひとつまたひとつ。

 
#創作大賞2024
#エッセイ部門


(※本文総文字数=5846)

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?