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♪創作大賞参加恋愛小説 【生きる・アタシじゃない私を】

<あらすじ>
 
かつては町内屈指の御殿と周知されるも、今では不美観地区の元凶と囁かれるほどに荒れ放題。
そんな廃墟寸前のお屋敷で独り暮らしの中尾裕子は、完全に人生諦めモード。
いつしか居ついていた2匹の野良猫と、ただ生きているだけの年月を数えていた。
良家のお嬢さまとしてキラキラ輝いていた少女時代は遙か遠く、それでもこの町以外に居場所がない現実。
変わり果てたその容姿ゆえ、彼女だと気づかぬ地元の知人たちの視線を避けるように、黙々と出張清掃作業に勤しむ日々。
「これで食べて生きているんだ!何が悪い!?」
声高に叫ぶ気力すら失う寸前の裕子がある日、思わぬ形で数十年振りの再会を果たすことになったのが・・・・・・
 
(あらすじ総文字数=292)
 
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【生きる・アタシじゃない私を】

 
 
1・アタシライフ
 
「ヤバいな……最後の千円札になっちゃった。この調子だとまた携帯止められて、下手すりゃお約束のローソク生活かな」
裕子にとって大切なダブルパートナーの2匹の猫たちは、そんな独り言が理解できるのか、心配そうな素振り。
「大丈夫だって。これまでアンタたちにひもじい思いはさせなかったでしょ?そりゃ万年粗食は申し訳ないけどさ」
仕事疲れプラス空腹で空気の抜けたような口調から、もしや神様からの贈り物でも届いてはいないかと、望みを託して開いた冷蔵庫。
されど現実は庫内よろしく冷ややかで、やはりのスッカラカン手前状態。
 
かつては近隣随一の豪華屋敷で知られていたこの家も、流石に経年劣化が隠し切れず。
今では「不美観地区の元凶」と囁かれる、残念な佇まいへと変貌していた。
広い1階には父親が経営していた工務店の事務所と、母親が一角を改築して営んでいた喫茶コーナの形跡。
いずれもが双方の主を亡くして以来荒れ放題で、いうなれば部分廃墟状態。
毎年雛祭りが過ぎる頃になると、鮮やかな彩を枝一面で誇る早咲きの桜の木だけは、かろうじて当時の姿のまま。
しかしながらその姿に目を奪われる心の余裕さえも、完全に見失っていた。
 
この秋には齢五十を数える自分の人生は、波乱万丈なのか、あるいは自業自得なのだろうか……裕子はそんな自問自答にも飽きてしまっていた。
 
十数年間の結婚生活に、最後は自ら放棄という終止符を一方的に突きつける形で、生まれ育った実家に身を寄せて数年。
我慢の限界を超えた元旦那とは後腐れなく疎遠になれたかと思えば、妻を亡くした精神的ダメージからか、父親が要介護状態に。
随分前から翳りが見え始めていた工務店を廃業したことで生き甲斐を失い、心身の衰弱が顕著となっていた裕子の父。
当然家には財産も収入もなく、介護施設に預ける金銭的余裕など夢のまた夢。
遠い日の中尾御殿で暮らす父娘の現状を興味の対象とする人は、この時点ですでに見当たらなくなって久しかった。
 
その後父親の最期を見届け、一文無し同然の状態から独り生きていくべく裕子がようやく探し出せたのは、契約制の清掃員の仕事だった。
会社が指定する依頼先の家屋や店舗や公共施設などへ日々直行直帰の、早朝深夜勤務も茶飯事の肉体労働。
「あの中尾家のお嬢さんが!?」
興味半分未満の囁きが裕子の耳に直接届かなかった一番の理由、それは彼女自身の身なりと風貌に他ならなかった。
 
普段着も清掃作業服も兼用で、汚れが酷い運動靴は踵から雨水侵入状態なのが一目瞭然。
化粧など完全無縁で美容院代を節約すべく髪の毛は自らハサミでカットから、手拭いで覆い隠すのが基本スタイル。
洗車どころか車検すらスルーかと疑いたくなるような、軽トラックの車内で乾いた唇に咥え煙草が、貴重なリラックスタイム。
身長150センチに届かぬ小柄な四肢を駆使して操るクラッチが滑り過ぎる愛車は、3速発信も朝飯前。
ごく稀に偶然遭遇する地元の同級生も、よもや彼女が中尾裕子とは気づかないらしく、足早に去ってゆくのが定番だった。
 
「これでも精一杯生きているつもりだけど、このまま独りで死んでいくのも迷惑なんだろうな……」
かつては際立って明るく饒舌だったのが嘘のように、2匹の猫たち以外とは基本言葉を交わそうともしない、ただ生きているだけの毎日。
「肉の塊が腐っていくような晩年も、アタシらしいのかもね」
運命と受け入れているのか諦めなのか、そこに疑問を見出す気力すらも失っていた。
  
 
2・ハチアワセ
 
間一髪だった。
 
「ご、ゴメンナサイ!」
亡き父親の錆びた荷物運搬用の自転車では、当然爪先すら届くはずもなく、横向きに傾き倒れ込む裕子。
それをコンマ数秒の身のこなしで真正面から回り込んだ男性が、車体ごとガッチリと受け止めた。
小さな身体が両腕の中にすっぽりと収まり、暫しの静止画像状態に。
 
「大丈夫ですか?ケガはありませんか?」
見知らぬ男性の胸に身体を預けたまま耳にした、どうやら自分に向けられたらしい優しい問いかけに、思わず表情が崩れてしまった。
続いて自身の中にまだ女性が残っていたのかと照れ臭さに包まれてしまい、俯いた顔をその人に向けることができずにいた。
「こっちこそ自転車の気配を注意すべきでした。ホント申し訳なかったです」
昼下がりの人通りまばらな住宅街、変則的なお姫さま寄っかかり未満を続けてもいられないと、ここで意を決し顔を上げた裕子。
 
「あ?」
「ユッコ!?」
最後に互いの姿を確かめ遠い記憶の日から、ジャスト30年振りの再会の『三十』という数字を、それぞれが瞬時に思い浮かべていた。
「河野君?」
「おおっ!?覚えていてくれたとは。それより相変わらず元気だな」
あの頃のままの口調が鼓膜経由で、裕子の記憶の扉を開き始めていた。
「だけどこの自転車はユッコにはどうかな?ひとり股裂きの刑になるぞ。オマエそんなプレイが好きだったのか?わはははは」
 
奇しくもこの道は、中学時代の2人にとっての懐かしい通学路。
もっとも実際に肩を並べて歩いた記憶は、それぞれの朧気な記憶のどこを掘り返しても見当たらず、その理由は単純明快。
昭和50年代初頭の、男は男・女は女同士なる、絶対的暗黙の了解。
学校内では夫婦漫才顔負けのやりとりが当たり前だったとしても、校外でのツーショットを見つかっては一大事……そんな時代だった。
 
「ところでお姫さま、そろそろご自身の足で立っていただけると、河野は嬉しゅうございますぞ」
「え?あ、あっ、ゴメンっ!」
大慌てで飛び跳ねるように身体を離した勢いで反対側によろけてしまい、ふたたび腕を掴まれ支えられれば、哀れ自転車だけが地面と激しいスキンシップ。
「ホントにオマエ、全然変わらないよな」
互いに懐かしい制服を身に纏っている錯覚に陥るような、あの頃のままの河野の口調と「オマエ」の響き。
「アタシなんかがオマエ?いいのかな?……ヤダ、何考えてるんだろう、アタシ」
長い年月閉ざし続けていた裕子の心の琴線が、戸惑いつつも震え方を思い出していた。
 
 
3・ナミダ
 
夢見心地とはまた違う高揚感が消え去ってくれぬまま、裕子は猫たちの呼びかけも上の空状態。
飽きるはずもなく、この日の河野とのやりとりを幾度も思い返していた。
「やっぱダメだよ。結局嫌われちゃうどころか、それ以前のお話だよ。人間として認めてもらえないよ。やっぱり連絡するのはよそう。アタシはこんな毎日がお似合いなんだから」
この結論に辿り着くも、その都度それを認めたくない自分自身が首をもたげることで、この自問自答を振り出しに戻す繰り返し。
そんな河野のことをずっと考えている自分自身が可笑しく、そして素直に嬉しかった。
 
「立ち話じゃいくら時間があっても足りないし、どう?今度飲みに行こうよ。俺の方は時間の自由も効くし。モチロン財布の中身は心配無用だよ」
友達と過ごす自由時間なんて記憶が見当たらず、まして誘ってくれた相手は裕子にとって複雑に特別な存在の河野。
それだけに冷静さを取り戻すにつれ、何気ない会話の中に潜んでいた幾つもの気になることが、次から次へと。
「奥さんやご家族は、こんな最低女と飲みに行っても怒らないのかな?」
地元で家業を継いて同窓会開催の音頭を取り続けている幹事グループにとって、河野は引っ張り出したくとも難攻不落。
そんな風の噂も耳にしていただけに、この摩訶不思議な展開が信じられなかった。
 
そして裕子にとっての大問題が、河野の自分への気遣いだった。
「ユッコの方こそご主人の許可がもらえるのかな?焼鳥屋の仕込みの時間とか営業日とか、よくよく考えてみれば夕方から出かけている場合じゃないよな?」
河野は裕子が地元中学の先輩と結婚して、夫婦で焼鳥屋を開業した経緯を知っていただけでなく、それが続いていると思っているようだった。
ところが実際には結婚生活破綻歴アリ、すなわちバツイチ。
さらに元旦那は間髪入れず、水面下でずっと関係が続いていた女性を招き入れ、今もしゃあしゃあと営業を続けている現実。
 
「河野にホントのことを話しても、信じてもらえないだろうな」
孤独感や劣等感を通り越した、貧乏疫病神みたいな自身の現在と人生。
またしても自虐的に、呆れて笑い出してしまっていた。
「こんな汚いオンナにも見えないアタシとツーショットなんて、河野に失礼だし迷惑だよ。やめたやめたっ!」
どうしたのだろうか、随分長い間忘れていた感覚に包まれたことに気づいた次の瞬間だった。
潤いを忘れて久しい頬を、瞳から溢れた何かが伝い始めた。
覗き込もうとする猫たちを振り払う素振りから一転、一気に抱きしめた。
裕子の両腕の中で慈しみをたたえた4つの瞳が、息苦しさに上がり目下がり目にゃんこの目。
 
 
4・トキメキ
 
「私は春から一足早く社会人デビュー!じゃあ大学受験がんばってね!」
隣接する別々の小学校から真新しい学生服とセーラー服を身に纏い、クラスメートとして出会った桜の季節。
その年の夏休み以来、別々の高校に進学後も不思議と6年間続いた、それぞれの近況を伝え合う暑中見舞いと年賀状。
そして高校3年生の年末、最後に裕子が綴った年賀状のこの一文から数十年。
交際どころか思いを伝え合ったかどうかも微妙な、不思議と波長がバッチリだった同級生。
卒業以来別々の時を刻み続けていた時計が今また、このタイミングでリズムを重ねようとしていた。
 
約束の日が近づくのを指折り待ち続ける裕子の表情は、彼女本来のあどけなさと可愛らしさで、キラキラと輝いていた。
それは遠い日に同級生が三つ巴……実際には周囲が気づかぬ密かな四つ巴で争奪戦を繰り広げていた、ヒロイン中尾裕子そのものだった。
 
 
5・イキヲキラシテ
 
「スプリンターにはほど遠かったけど、一応陸上部の短距離選手だったんだから。メロスじゃなくって、走れアタシっ!」
終業時間など意識しない生活の中、約束の時間から最低でも1時間以上の遅刻が回避できない現状を、自らのミスで招いてしまった裕子。
物凄い形相を浮かべていたのだろうか、すれ違う人たちは誰もが驚いた表情を浮かべ、逃げるように道を開けてくれた。
汚れた作業着のまま河野が待つ約束の場所に辿り着いたのは、約束時間を1時間3分超過した、午後7時3分だった。
 
「よっ。お疲れさんっ」
河野は穏やかな視線と笑顔で、息切れで声を発せられない裕子に、さりげない労いの一言を届けてくれた。
この日のためにと精一杯準備していた分相応の一張羅未満どころか、頭にはいつもの手拭が飽和状態手前まで汗吸収状態。
 
「ゴメンね。こんなんじゃどこにも入れてもらえないよね」
どうにか呼吸を整えながら詫びる裕子に、河野は柔和な表情のまま、
「仕事はキチンと区切りつけられた?明日は予定通り仕事休みなのも変わりないよね?」
幾分以上にゆっくりとした口調で問いかけ、裕子が頷いたのを確かめると、
「じゃあまずはユッコに、お仕事モードからデートモードに変身してもらおうかな」
促す以上強引手前に半泣き顔の裕子をタクシー乗り場に連行。
続いて車内に押し込み、近くで申し訳ないと前置きから、サラリと行き先を告げた。
それは紛れもなく裕子の暮らす家すなわち、この日お披露目予定だった衣装が主の帰宅を待っている町名番地だった。
 
 
6・サイカイニカンパイ
 
「古着屋で買うのがやっとだったから……」
超特急で洗顔から着替えを済ませ、玄関先へとドタバタ急ぎ足の最中、一瞬のことだった。
 
中学時代に部活を終え、仄かな錆びの混在が否めぬ水道水で顔を洗った夕暮れ。
ラケット片手に部室へと戻る河野の姿を目で追う、ファンクラブの後輩下級生の姿。
ヤキモチなんかじゃなかったけれど、妙に引っかかりを覚えた、あの時の自分。
こんなアタフタ状態にもかかわらず、そんな光景が脳裏に蘇った。
 
玄関の段差に腰掛けて待ってくれていた河野の第一声が不安でたまらず、言い訳ばかりを声にし続ける裕子を見るなり、
「バッチリバッチリ。俺の中のユッコだよ」
このワンフレーズに、早くも心拍数は急上昇。
ジャストサイズとは言い難いジーンズにシャツと、近所のスーパーに買い物に向かうようなスタイルも、裕子にとっては精一杯の大変身。
 
「落ち着いた?オシッコは大丈夫かな?」
「オマエの子供じゃないゾ!河野っ!」
ご主人さまが誰かと交わす明るい会話と笑い声が記憶にない2匹は、柱の陰から不思議そうに様子を伺うばかり。
 
「ベタで申し訳ないけど肩肘張らない店ってことで、センスの無さは勘弁してくれよな」
高架駅舎から商業施設へと続く陸橋を下りた商店街の入口付近の、誰もが知る全国展開の居酒屋に歩を進める河野。
「夢ならどうぞ覚めないで……」
その背中の斜め後ろに続く裕子の心の中は、この願いで一杯だった。
 
 
7・ブレーキガコワレタ
 
業務連絡以外のフリートークは何時以来になるのだろうか、俄には思い出せなかった。
上手く喋れない自分に焦り戸惑いながらも、裕子は饒舌だった。
冷静に振り返れば後悔しきりの身の上話を、回転数を間違えたレコード盤が針飛びを重ねるかのように、ひたすら発し続けていた。
そんな真向かいの裕子を咎めるでもなく、河野は優しいまなざしを届けながら耳を傾け、すべてを受け止めてくれていた。
 
「ホント最低な旦那。アタシの家だけでなく自分の実家からもお金を引っ張れるだけ引っ張って、採算度外視のお店屋さんごっこ。そのうち取り立てが止まらなくなってさ」
「借金返すためにアタシは昼間スーパーのレジ打ちから、その足で仕込みの手伝いから焼鳥屋。寝る時間もなくボロボロだったわ」
「結局向こうの実家と親族への体裁がどうのこうの……籍を抜いたあとも延々仮面夫婦どころか住み込みの家政婦兼無償従業員だったよ」
長年誰にも吐き出せなかった鬱憤を、ようやく言葉にさせてくれた河野。
そんな特別な相手を思いやる余裕もなく、裕子は自分だけがスッキリ感の中、早くも何本目かの煙草に火をつけていた。
 
「ひとつ尋ねて構わないかな?」
ようやく口を開いた河野に対し、まだマシンガン独り語りの余韻を引き摺った裕子は、咄嗟に身構えられぬまま首を縦に振った。
「それでも逃げ出さなかったってことは、旦那さんとの焼鳥屋生活を心底嫌っていたわけじゃないだろ?」
なるほどの質問も、長年第三者と私語を交わす環境と疎遠だった裕子は、言葉を選ぶ術さえも見失っていた。
 
「結局中尾家の人間、アタシもお父さんもお母さんも人間としての魅力はゼロ。中途半端なお金持ちだからと近づいてきた人たちにチヤホヤされて、金の切れ目が縁の切れ目。そういうこと」
「羽振りが良かった頃にお父さんが通い詰めていたスナックで働いていたのがお母さん。できちゃった婚で生まれたのがアタシ。これがあの家の喫茶スペースの理由。そういうこと」
「そこに顔を出していたのが元旦那。三十過ぎて彼氏もいなくて仕事もせず、半分引きこもり状態だったアタシと強引にくっつけたのもお父さんとお母さん。そういうこと」
実は河野が穏やかな表情を懸命に装っていることなど我関せず、酒の勢いも手伝い、裕子の機関銃吐露は加速度を増すばかり。
 
「それから白井君とはホント、手をつないだことも無かったんだよ。梅本には時々キスだけさせてやってたけどサ。それから野田、あれは論外!一番熱心だったけどウザかったな」
一気に時空を超えて、裕子の話は瞬時に中学時代にタイムスリップ。
河野が一瞬だけ片側の奥歯を噛み締めるも、気合いで口角が上がった表情を保ち続けたことなど、完全にアウトオブ眼中の裕子。
「それよりちっとも飲まないし食べないよね?ねえねえお姉さんっ!お代わりちょうだいっ!」
 
 
8・アタシハココ
 
中学時代に裕子争奪戦を繰り広げていたのが、野球部の控え投手の白井、好感度が武器の梅本、そして勝ち目ゼロの野田の3人だった。
結局正攻法で距離を近づけたらしい白井に軍配が上がり、時折町内の公園などでツーショットが目撃されるも、そこはまだ幼いカップル未満。
はたして当時の2人が相思相愛だったのかと問われれば、答えに窮してしまう裕子。
その理由が自分の中でも上手く説明がつかない、河野誠という同級生の存在だった。
他の男子生徒とは明らかに違う距離感と、なにより不思議と波長が合う河野は、異性を感じさせない、最高の男友達を越えた親友悪友。
そんな裕子の中学生活は毎日が輝き、楽しさに満ち溢れていた。
 
それぞれの進学先も決まった3月下旬、昼下がりのことだった。
すでに決着が着いていたはずの三つ巴戦に、予期せぬ延長戦のゴングが鳴り響いてしまった。
その日初めて自宅に白井を招いた裕子が、玄関先で見送ろうとしたその時、訪問者の存在を告げるチャイムが鳴った。
条件反射的に扉を開けば、そこにはなんと河野の姿が。
おそらく数秒間程度の沈黙から、バツが悪そうに両手を合わせて頭を下げ、踵を返して駆け足で遠ざかっていく背中。
勝ち誇ったかのような白井の横顔の表情に、一気に興ざめを覚えたあの日の裕子。
「タイミング最悪だよ……」
 
十五の春の甘酸っぱくも残酷なワンシーン。
もしかしたら河野とは今後二度と会えなくなるのではと、白井を自宅に招いてしまった自分が、ただただ恨めしくてならなかった。
 
高校生活スタート後も河野の姿を、同じ方向へ通学するホームや電車内で見かけるも、とても声をかけられなかった。
クラスの輪の中に居場所を確保できず、高校生活のスタートを切り損ねてしまった裕子。
ならばと入部した軽音楽部からも足が遠のいてしまい、形だけ在籍の幽霊部員。
青春真っただ中の齢十六目前にして負の連鎖が止まらず、長いトンネルの入口へと歩み始めてしまっていた。
 
中学時代から続いていた河野への暑中見舞いを、勇気を振り絞って投函した高校1
年の夏休み。
この時裕子は駅前の小さなおにぎり屋さんで、人生初のアルバイトにチャレンジしていた。
高校生活を謳歌しているとの嘘を綴り、ポストの前では願掛けを繰り返していた。
 
数日後何事もなかったかのように、彼らしい達筆で上手なイラスト入りの返事が届いた時の嬉しさは、今も色褪せない記憶の宝物のひとつ。
大切にしまいこんでは取り出して読み返す中、次第にボロボロになり始めて大慌て。
急ぎ文具店で買ってきたファイルに大切に保管し過ぎた結果、見失ってしまってションボリだった遠い日。
 
高速リプレイで次々と蘇る思い出のなか、裕子は一般的には『アウト』の範疇に入る話題までも、次々と声にし始めてしまっていた。
第三者への甘え方すら忘れてしまったエンドレストークは、のぞみ号なら東京~岡山間の所要時間に達しようとしていた。
 
「それじゃ次、行くぞ。軽音楽部で鍛えたユッコの歌唱力と勝負しようか。カラオケだよカラオケ。直ぐそこに店があっただろ?今日は朝まで引き摺り回しの刑に処すからな」
テーブル上を幼子のように食べ散らかしたのは紛れもなく裕子。
河野はここまでマイペースでビールのジョッキを口に運びつつ、おつまみ程度を食しただけ。
「いいよ!『ユウコ・ブルース・バンド』で演っていた実力、特別に聴かせてやろうじゃないかっ!」
あの頃の屈託のない中尾裕子が、随分しゃがれた声ながらも、懐かしい口調で飛び出した。
 
そろそろ時計の針がそれぞれのペースで、日付変更線を左から右へと一番上の二桁を通過する時刻。
「今夜はアタシのこと、やっぱり求めてはくれないのかな……そりゃそうだよね」
説明できない女としての剥き出しの感情が胸の中で、その大きさを増していくばかり。
絶対に悟られてはならないと自らの手の甲を強くつねることで、裕子は精一杯の自制を試みていた。
 
 
9・ソレゾレノサンジュウネンアマリ
 
「やっぱ飲み過ぎだから調子悪いし。それからキーが合わなくってサ。このシステムはアタシとは相性が悪いんだよね」
お世辞総動員でも歌唱の範疇に含めるのはどうかとの苦言が誤魔化せない、そんな裕子のカラオケタイム。
旋律よりもエコー大盛りの言い訳が全体の大半から、終了後もそれがグニュグニュ続くばかり。
「それより河野も歌えよ!アタシが採点してあげるからさ!」
遠い日暑中見舞いに綴った嘘が露呈してしまった現状を取り繕おうと、ストレートパンチを繰り出すかのようにマイクを差し出していた。 
 
「それではお姫さまのリクエストにお応えして。えーっと、何歌おうかな?」
わざとらしい時間稼ぎの間に、プリセットされていた楽曲のイントロが流れ始めた。
それは多くの自称歌自慢が、十八番すなわち大一番の切り札とするヒット曲だった。
「おいおい。もう帰っちゃうつもりなの?最初からネタ切れなの?」
地声でツッコミを入れた裕子はこの直後、最後まで黙らされるばかりか、背筋を伸ばして静聴する展開へと。
 
「う、嘘っ……」
上手下手の範疇を超えた河野の歌唱は、2番の半ばからはノンマイクも、大音量の伴奏に押されぬ圧巻の声量。
エンディングの演奏が静かに終わり、静寂が訪れた部屋の中、河野は相変わらず穏やかにニコニコ笑っている。
「あ、あ、あのね……な、な、何なの?」
「カラオケでしょ」
 
そういえば奇跡の再会時から気になっていたのが、同性代の一般人とはかなり異なる、河野の髪型と服装だったことを思い出し、
「もしかしてプロの歌手?仕事で歌ってるの?その格好だからサラリーマンじゃないとは思ってたけど……あ、アンタ何者なの?」
「コウノマコトと申します」
「知ってるよ!」
巧みな話術にこの場面でも助けられ、裕子は顔面に驚きプラス笑顔を浮かべさせてもらっていた。
 
中学時代から決して大口は叩かずとも、絵を描けば校内掲出、文章を綴れば学校代表作品として入選が当たり前。
そんな黙して別格の一面が、河野の不思議な魅力だった。
終ぞエースナンバーを背負えぬまま、今振り返れば真偽が疑わしい自慢話が耳についた白井が、なぜかこのタイミングで思い返された。
「結局好きだと言ってくれた白井よりも、ホントは目の前の河野に惹かれていたんだ……」
なにより自分もまた無意識のうちに、虚栄心から数々の嘘や大口を重ねていたのかと、このタイミングで気づかされた裕子。
 
「そりゃアタシの目の前にアタシが現れたなら、アタシだって関りたくないよな」
一気に意気消沈を隠し切れぬ裕子に対し、河野はこの場面でも態度を変えることは一切なかった。
「お疲れみたいだね。じゃあ今日はお開きにしようか。家まで送っていくから」
寓話の中で設定された時刻を大きく未満過ぎた、午前1時15分。
シンデレラの魔法が解ける時の訪れが、白馬の王子様から告げられてしまった。
 
 
10・スキ
 
「イヤだよ!帰りたくないよ」
裕子の右手の指が河野の左手の指に精一杯絡んで離さない、離そうとしない、離してたまるもんか!
お菓子売り場の陳列棚の前の通路で転がる幼子のように、その場にしゃがみ込んで動かない、動いてたまるもんか!
 
そんな裕子に視線を合わせるように、ゆっくりと屈んだ河野。
「じゃあ、おんぶして送り届けさせてもらおうかな」
クシャクシャの顔を左右に振って、懸命に抵抗する裕子。
その頭頂部をポンポンと2回、優しく撫でるように叩き、そこから小柄な身体を一気に抱え上げた。
突然地面から足が離れた危うさにしがみつけば、そのシルエットはたとえば正義の合体ロボット。
合計年齢百歳手前の、奇妙なおんぶカップルの出来上がり。
それでも暴れて抵抗を試み続ける裕子に、この日初めてやや強い口調で、
「いい加減にしろよ」
驚きから父親に叱られた娘のように、いつしか解けていた自身の右手に左手を添えるように、河野の首回りにしがみついた。
 
「装着完了!いざ発進っ!わはははは」
歩を進め始めた河野の鼓膜に、酒と煙草のニオイのオプション大盛りの、涙と鼻水でグニュグニュの半泣き声が繰り返し続ける。
「ゆっくり歩け!とまれ!とまれ!とまれっ」
裕子の唇が幾度も幾度も河野の頬に触れては離れた。
 
「中尾さん」
「え?」
深夜の住宅街、朽ち果てる手前の中尾御殿が目視確認できる地点での、突然の苗字での呼びかけだった。
酔いと睡魔と切なさに押し切られる寸前だった祐子が、条件反射的に目を見開いた。
 
「今日はありがとうな。遅くまで一緒に過ごしてくれて」
「……」
「誰がなんと言おうと、オマエは中尾裕子だから」
「だから?」
この一言が声にならないまま、半分切れかけて点滅を続ける古い街灯が照らす、2匹だけが待つ玄関前に到達してしまった。
 
不用心にも施錠されていない、朽ちた木製の重たいドア。
自身を離すまいとしがみつき続ける裕子を背負ったまま、河野はあの日を思い出すかのように、静かに手を伸ばした。
玄関から続く広い廊下に大荷物のように置かれた裕子は、これぞ懇願の表情で河野の片足にしがみつく。
「今日は白井はいないよ!お父さんもお母さんもいないの!友達も誰もいないの!アタシは独り!独りはもうイヤだああああっ!」
 
もっと騒ぎが大きくなって近所の誰かが気づいてくれたなら、それだけ河野を引き留められるかも……そんな展開に一縷の望みを賭けたい気持ちだった。
されど戦前からの近所の旧家や近年の建売住宅とは違い、少々の大声や物音では外には聞こえぬ中尾御殿。
哀しいかな、今の家主に微笑んではくれなかった。
 
「おやすみ。ちゃんと布団に入って寝るんだぞ」
「わあーっ!」
突っ伏して泣き崩れる裕子の耳に、重たいドアが静かに閉じられた音が届いてしまった。
十五の春のあの日、白井の横顔をそっちのけで追い続けた河野の背中。
今ふたたび、色焼けて褪せた木製扉の向こう側に、静かな靴音を残して遠ざかっていく。
力を振り絞って玄関先へと向かう気力もなく、その場に崩れ落ちた。
パートナーの2匹もまた、はたしてどの距離感でご主人さまを見守り慰めればよいのやら、柱の陰でオロオロするばかりだった。
 
 
11・ヘンカ
 
「返事が来たよ!」
いきなりヘッドロックされた1匹と難を逃れたとこれ幸いのもう1匹に、かわるがわる視線を向けながらハイテンションの裕子。
あの翌日から連日お詫びのメールを送信し続けるも、一向に返事が届かぬ毎日を数え続ける辛さ。
それも自業自得だと、どうにか歯を食いしばり続けること十日目のことだった。
 
「うわははは。許して欲しいのなら、次の3つを有言実行しなさい!だったら今度は、太陽の下のデートの相手に単独指名させていただくよ」
笑顔の絵文字入りで河野が指示した課題はいずれも、現時点の裕子にはかなりハードルが高い難題だった。
 
1・完全禁煙と断酒とは言わないけれど減酒。
1・身だしなみを整え、食生活を含めた生活習慣を改善。
1・中尾裕子は「アタシ」じゃなく「わたし」。
 
まるで生活指導の教師の通信指導みたいなこのメールを、顔相デレデレ崩壊状態で、何時間どころか何日も読み返した。
あの日の迷惑三昧どころでは済まされない言動を許してくれたばかりか、こうして励ましてもらえたことが、ただただ嬉しかった。
「ようし。実らぬ恋とは百も千も承知だけど、いっちょ挑んでやろうじゃないかっ!」
無気力な年月を数え続けてきた裕子の中に、忘れかけていた何かが蘇り始めていた。
 
ほどなくゴミ屋敷一歩手前だったかつての中尾御殿が、本来の佇まいを取り戻し始めていた。
扉や汚れで曇っていた窓ガラスは磨き込まれ、荒れ放題の小さな花壇も整えられた。
雨ざらしで放置されていた物干し竿などの不用品も綺麗に処分。
屋上に見え隠れしていた得体の知れない物体も姿を消し、事務所と喫茶スペースだった痕跡を伝える、朽ちた看板も除去。
汚れ放題で濁った水を満載状態の樽が荷台に積まれたままの軽トラックも、他車に買い替えたかのような姿を取り戻していた。
 
「中尾裕子は独りじゃない。オマエが勝手に独りを選んで演じているだけだ。難しく考えるな。初めて俺と出会った、あの頃の中尾裕子。これだけで十分だから」
追って届いた河野からの激励のこのメッセージを一言一句、頭と心に叩き込んでの数ヵ月間。
それは壮大なイリュージョンに包まれているかのようだった。
 
裕子の身辺は日一日と、すべてがプラスの方向に大きく変化を見せ続けていた。
「生きるのが楽しいかも」
翌朝が待ち遠しい人生なんて中学時代以来だろうと、今この瞬間の自分自身が不思議でならなかった。
 
「この前伝えた通り、今度は朝から対応の下で丸一日付き合ってくれないかな?ユッコを連れて行きたい場所があるんだ」
この着信を確かめたのは霜月初旬。
木々が本格的にその彩を緑から鮮やかな紅や辛子色などに変え始めるには、まだ幾分早い季節だった。
  
 
12・ソンナハズハナイヨ
 
「今日が仕事休みでよかったよ・・・・・・とても起き上がれないよ」
最高を越えた極上の夢から覚めて、かなりの時間が経過していた。
「もしも神様がひとつだけ願いを叶えてくれるなら、迷わずこれを正夢にしてもらいたいな」
布団の中から身体を起こすことができぬまま、祐子はその余韻に浸るのではなく、記憶の断片を記憶の中にかき集め続けた。
 
あるはずのない夢。
あるはずのない物語。
それでもヒロインは確かに私だった。
 
夢は叶えるもの?・・・・・・ううん、夢は叶わぬもの。
誰に誇れるでもない私の人生、ひとつだけ学んだことがあるとすれば、これだろうしね。
 
今一度自身に言い聞かせつつ、裕子は記憶のフィルムを巻き戻し、瞼の裏で夢の再放送を慈しむように振り返り始めていた。


12.5(←)・アリエナイユメ

誠さんのご両親にお目にかかるのは2度目で、しかも今回は私から望んだ、お義母さまと2人だけのおしゃべりタイム。
正確には『来年からお義母さん』なんだろうけど、細かいことは気にしないのが私の良いところと言うか、太っ腹……
披露宴に向けてダイエットしなきゃ。

「裕子はなんでもかんでも言葉にし過ぎるから、まあ失敗してこいよ。俺のオカンは色んな意味で半端なく手強いぞ」
誠さんのそんな忠告もしくは激励のような一言も、スルーこそしないけど、今はちょっと横に置いておいて。

だって今回は単独訪問。
男の人には理解できないだろうな……この説明のつかない緊張感。

こんなふうに肩に力が入りまくっているのには、実は理由があったりするんだ。
私的には粗相したつもりはないんだけど、誠さんは思わず頭を抱えてしまった場面だったらしくって。

それは前回2人そろって結婚報告に訪れたときのこと。
玄関でどうにかブーツを脱ぎ終えて室内を見渡した私は、台所からいいにおいが漂っていることに気づいたの。
「今日のおかずは何ですか?」
自分としてはごく自然に出た一言だったし、共通の話題で高感度アップ、って展開も一拍置いて期待したんだ。

ところが帰路誠さんから、
「あれじゃお腹を空かした裕子が、ただ心待ちにしているみたいだったぞ」
こんなふうにダメ出しされてしまって。

ちなみにあの場面では、
「お手伝いすることがあれば、おっしゃっていただけますか?」
こんなふうに言うべきだった、って諭されたんだけど……

そうかな?
正直、今も腑に落ちていない私。

たとえばその理由として、お義父さまは私のこの一言がお気に召されたらしく、
「息子よでかした!最高のお嫁さんだ!オマエには勿体ないから俺によこせ!」
いきなりのリアクションだったと聞かされているし、お義母さんも笑顔だったから、結果オーライだと思うんだけどな……

だけどここは三歩下がって主人の言うことを聞く良妻であらねばと、この一件のリベンジもまた、この日の私の大きな使命だったの。
だから思い出せる限りのポジティブな記憶を引っ張り出して、自分自身を精一杯鼓舞しながら、力強く歩を進めているつもり。
だけど現実は流行る気持ちと裏腹に、現在進行形で徐々に減速中。

やっぱ心細いかも?
こんなことなら中学時代に遊びにお邪魔して、顔と名前を覚えておいてもらうべきだったかな?
だけどあの頃は・・・・・・エヘヘ・・・・・・正直自分が河野姓を名乗ることになるなんて、思いもしていなかったし。 

なんて結局この場面でも不安ばかりが頭の中を駆け巡ってしまい、気づけばご自宅前に到着。
前回ほどではないにせよ、やっぱ半端ない緊張感に、今にも圧し潰されそうに。
「ばってん女は度胸たい!えいやっ!」
博多女じゃないんだけど、こんな調子で呼吸を整える間合いを取らぬまま、勢いにまかせてインタホンを押していたわ。

どうしても伺いたかったことの一つ目は、お義母さまの料理の腕の秘訣。
「オカンの料理だけは素直に凄いと思うな。全品おふくろの味の極み、って感じだから」
そう話す誠さんも、学生時代はバイト先の調理場を任されていたんですって。
一緒に暮らし始めてからの私は、日々ふくよかさを増して女らしく……おっと。
これじゃ奥様失格だから頑張らなきゃダメなんだろうけど、家事分担を隠れ蓑に、掃除や洗濯係に逃げてしまうんだな。

どうやら私からの質問を先刻お見通しだったらしく、淀みなくこんな話を聞かせてくださったの。

天に召されて久しいお義母さまのお父さまは、家族親族だけでなく、周囲一同が呆れるほどの堅物だったんだって。
「壊れかけの瞬間湯沸かし器」
唐突に意味不明な癇癪を起こしては、昭和のスポ根漫画で流行った『ちゃぶ台返し』が炸裂する繰り返し。
「食事は黙ってさっさと食え!旨いだの不味いだのとグチャグチャ言うのは行儀が悪い!」
そう怒鳴りつつも、自身のマナーは目を覆いたくなるほどだったとか。
箸で皿を引き寄せる、片肘をつく、大きな音を立てて咀嚼するなどの繰り返し。
果ては皿から溢れるほどに調味料を注ぎ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜたかと思えば、
「要らん!」
自ら片手で払った料理がひっくり返り、テーブル上から足下に散乱したことに腹を立て、そこから必殺技のちゃぶ台……

とうとう我慢の限界を超えてしまわれたのか、やがてお義母さまのお母さまは台所に立たなくなってしまったそうなの
そこから両親の離婚問題も、一時期は現実味を帯びていたんだって。
家族のお弁当や日々の食事をつくるために、長女だったお義母さまは中学生の頃から料理と向き合うことに。
そのせいで友だち付き合いもままならず……辛かっただろうな。

そんな苦労もあくまで笑い話と響く話術で聞かせてくださったのは、持ち前の明るさから?……ううん、違うと思うな。

誠さんが話してくれた、人間としての凄みと深さ。
少しでも近づけるように努力しなきゃ。

 そしてもう一つが、お義父さまとの馴れ初め。
「最初はオヤジに騙されたと本気で思っていたけど、どうやらオカンが望んで、自ら押しかけ女房だったらしくって……俺も正直よくわからないんだよ」
誠さんは無関心みたいだけど、それを無視できないのが女心なんだな。

そんなこんな、を思い返してしまった時間が、実は長過ぎたのかも?
この場面で私の悪い癖が出てしまって、妙な沈黙タイムが続いてしまって。
さっきまでとは一転して目の前のお義母さまは、なぜか沈黙を守って無表情になっていらっしゃるし。

触れちゃいけない話題だったのかな?
またやらかしちゃったのかも?
誠さんもいないし、マジ絶体絶命の大ピンチ!?

夏の入道雲が積み上がる様子の早送り画像みたく、不安感が胸の中で一気に膨らみ始めたタイミングで、
「なんでも物凄く美味しそうに、いちいち過剰に感動しながら食べる人だったからよ」
助け舟を出してくださったかのようなこの一言に、とっさに相槌が打てなかった私。

外食に連れていってもらえることもなく、食に関する情報が遮断されていたらしい、お義父さまの子ども時代。
料理から微かな湯気が立ち上り、クラスメートの笑顔に囲まれた給食は、お義父さまにとって至極のご馳走であり、嬉しい時間だったんですって。

温かいご飯をほとんど知らない子ども時代?
私自身の生い立ちでは、正直すぐにイメージできなくって。

お義父さまの食事作法など我関せずの振る舞いなど、ベタすぎる恥ずかしい場面も、繰り返し経験されていたみたい。
ドリアやガムシロップなど、お義母さまと知り合って初めて覚えた料理や調味料で、世の中が一気に広がったんですって。

男の人って知らない料理には腰が引けてしまいがちだけど、恋人時代のお義父さまは、とにかくチャレンジ精神旺盛だったとか。
「これ何?見たことも聞いたこともないから、俺、食べてみるわ」
適量がわからず大量のガムシロップを注いでしまっても、
「うわあーっ!初めてだよ。美味いなァこれ!」
お腹を空かせた幼子のように、瞳を輝かせて一心不乱に食べる仕草と表情。
お義母さまは心を掴まれてしまったと、穏やかな笑顔で話してくださったの。

ふたたび静かな時間が流れ始めて、そんな空気感に耐え切れなかったわけじゃないけど、ちょっと泣きそうになってしまって。
あわてて顔面の筋肉を駆使してこさえた無理矢理の笑顔で、その場を繕ったつもりだった私。
だけどそんな余韻を残さないのが、人生の先輩の懐の深さなんだろうな。
「男って単純な生き物だから、胃袋さえ掴んでしまえば女の勝ちよ。美味しい餌に勝るものはないわね」
料理が苦手だからと逃げ回り続けていた私にとって、この一言はお義母さまらぬお姑さんからの愛ある忠告。

ところが私ときたら、ここでも条件反射的に耳の痛さを誤魔化そうと、
「わかりました!私もお料理勉強します!そして誠さんをアイアンクローしてみせます!」
自分なりに精一杯の言葉遊びだったと、心の中で独り善がりのガッツポーズ!
加えて無難な優等生的発言のつもりだったんだけど、悪戯っぽい表情のお義母さまからの切り返しのひと言が。

 「チッチッチッ……ストマック・クロー。胃袋掴みよ」

誠さんの予言的中。
 しょぼくれた表情を隠し切れず白旗状態の私の目の前に、お義母さまの顔が急に近づいたかと思った次の瞬間、何かに操られたかのように、

「さ・ん・ざ・ん・苦労っ」

寸分違わぬテンポで二人の声が重なり、そのままにらめっこ状態へと。

互いに笑い出すでもない数秒間の静寂の中、目尻で踏ん張っていた涙くんもついに力尽きたのか、万有引力に誘われてポトリ。
一気に勝負化粧は大崩落。
顔面クシャクシャのまま両手で覆い隠すことすら忘れ、泣きじゃくってしまって。

女の最終兵器とされる涙すら、こんなふうに無駄遣いしかできない私。
誠さんはこんな私の一体どこを気に入ってくれたのかな?

これが今現在、心身包み隠さぬ、すっぴんの私です。
今はこんなですが、これから精一杯努力します。
不束者ですが、どうぞよろしくお願い・・・・・・

ここで目が覚めてしまった。

なんだよこの夢!?
これもすべて、河野があんなメールをよこしたからだ!
また泣いちゃうぞ!!
あの日みたく大声で泣きわめいて困らせてやるからな!!!

 
13・タイヨウノシタノケッコン?
 
「これじゃ人間の子どもを見に来たみたいだね」
「でも人間ウォッチングって飽きないわよ。動物よりよっぽど面白かったりするし」
そろそろ秋の遠足も一段落の閑散期だろうとの河野の読みは大ハズレ。
近隣の保育園や幼稚園児だけでなく、お揃いの学生服や体育帽が集合整列と離散を繰り返す、賑やかな園内。
そんな来園者の元気な声は、多種多様な動物の個性的な仕草や鳴き声を封じ込めてしまうほどだった。
 
「だけどよく覚えていたわね。私の子どもの頃の夢」
獣医さんになりたいと卒業文集に裕子が綴っていたことを、河野はしっかりと記憶してくれていた。
太陽の下とは無縁の、スーパー勤務から焼鳥店の毎日。
ようやく一区切りついたかと思えば、今度は実父の介護と清掃作業の日々。
そんな暮らしを長年続けていた裕子にとって、数十年振りの動物園は格別に心地好く素敵な空間だった。
 
「こっちこっち。ここからよく見えるよ」
裕子が手招きしたのは、ガラス張りの前で弾き飛ばされてしまい泣き出す手前の、小柄な見知らぬ園児だった。
「申し訳ありません」
「いえいえ、私も小さい頃から小さくって。今も小さいですけどね」
「横幅はその限りではありませんが」
「うるさいっ!ライオンに食われるかゾウさんに踏み潰されてしまえっ!」
ブランクもなんのその、夫婦漫才顔負けのやりとりに笑いを堪え切れない引率の先生は、顔とお腹を両手で抑えたまま。
「ウケたみたいだけど、ここはやはり」
「逃げるが勝ちっ」
速足でその場からスタスタ逃げ出した阿吽の呼吸は、ここでもバッチリ。
 
行く先々で子どもたちに混じって大盛り上がりの連続から、鳥類のゾーンに辿り着いてみれば、なんとも微笑ましいハプニング未満に遭遇することに。
大勢の視線もなんのその、色鮮やかな番のインコが互いの大きな嘴をパックリ開いてディープキスのように絡める、独特の愛情表現の真っ最中。
 
すると突然、1人の園児が付近一帯に響き渡る大声で、
「あーっ!?ケッコンしてる!パパとママも夜になると、いつもケッコンしてるんだよ!」
周囲の大人達は適切なリアクションに窮しつつ、その空気感から逃げ出すかのように散り散りとなってしまい、その場は河野と裕子だけに。
 
「あーっ!?この人間たちもケッコンしてるぞ!?」
今度は檻の内側のインコカップルが、目の前の光景を確かめてこんなふうに。

 
 14・ジャアネ
 
「以前いただいたお話、今頃ですが……お付き合い、こちらこそよろしくお願いします」
裕子からのようやく以上のこの返事に、一瞬キョトンとした表情に続いて心底嬉しそうな笑顔を浮かべたのは、勤務先の還暦間近の同僚だった。
その仕事振りで社内の評価が一際高いその男性は、離婚歴や自己破産歴ゆえに、裕子への思いを言葉にできない季節を数えていたようだった。
ところが数ヵ月前を境に突然明るく美しく輝き始めた裕子を目の当たりに、玉砕覚悟で交際を申し込んでいた。
彼の世代からすれば、告白といったありきたりな表現とは一括りにされたくない、自らの人生を賭けた大勝負だった。
 
「しばらく考えさせてもらえますか?」
全く想定外の男性からの突然の申し出に、こう返すのが精一杯だった理由は、
「次の奇跡が届くのなら、残りの人生のわずかだけでも河野と歩んでみたい」
そんな夢物語を断ち切れない、叶わぬことは百も承知の未練心に他ならなかった。
 
動物園デートの直後に河野のメルアドが替えられたらしく、音信不通になっていた。
それはあの日ベンチに腰掛け、この男性の存在を相談した際の河野のリアクションから、十分覚悟できていた展開だった。
だからこそ電車の車窓越しに河野を見送るときも、無理なく笑顔で手を振ることができた。
着信拒否なんて残酷な対応はされなくとも、自分からの電話にはもう出てはくれないだろうことも、冷静に受け止められていた。
 
「三十数年前は私がフッたみたいで、今度は私がフラれて・・・・・・これでイーブンだぞ!」
暫し以上にためらった後、寿命を超えて頑張り続けているガラケーの『か』行に登録された愛おしいデータを、強く瞼を閉じて消去した裕子。
その結果繰り上がって一番上に表示された『小林さん』に、自宅の2匹のパートナーを紹介する日が、はたして訪れるのだろうか。
「流れに身を任せてみるのもアリなのかも」
好意を伝えてもらえたことは素直に嬉しかったし、河野という存在が目の前から消えてしまった今、やはり独りは寂しかった。
 
「気の早い話と笑われるでしょうが、将来は僕の生まれ故郷で一緒に静かに暮らしたいと考えています」
プロポーズどころかまだ手探りの交際スタートから間もないタイミングでのこの一言も、朴訥真面目で不器用な人柄ゆえ、なのだろう。
話題に困って河野と行った動物園の話を持ち出してみれば、
「僕の故郷の岡山県下にはこの夏、猫が狸の赤ちゃんを育てた動物園があります」
郷土愛なのか負けん気なのか、意外とそんなのが強い人みたい?
「僕の故郷の観光のキャッチコピーは、旅をするたび虜になる『またたび』ですよ」
「それだったらウチの猫も狸と仲良くできますかね?」
返事に窮した小林は黙り込んだまま、重苦しい時間が滞留してしまった。
 
「これじゃ河野との掛け合いみたいなやりとりは無理確定だな。それにしてもなんだかアイツが考え出しそうなコピーだな」
裕子の心、未だ河野を忘れられず。

 
 15・ソシテ
 
「お腹空いたよぉ……」
綺麗に磨き上げられた年代物のダイニングテーブルの脚付近から、先日来お気に入りのキャットフードを催促する、力ない鳴き声が。
「ゴメンゴメン。すぐにあげるから、もうちょっとだけ待ってよね」
近日オープンが告知されたスーパーマーケットの採用試験と面接時間が押してしまい、帰宅が大幅に遅れてしまった、この日の夜。
裕子は着替えも後回しで、大急ぎで開封から差し出していた。
 
小林との交際を丁重に辞退から、次の仕事も白紙の状態で所属先の清掃業者を退職。
小林が零さなかったにせよ、閉鎖的で歪んだ人間関係が厄介な職域。
尾ひれ満載の無責任な噂話は避けられず、
「開き直ってしがみつくような仕事でもないし、後先考得るまでもなく、今が潮時だわ」
この状況下、よもやのこのタイミングで舞い込んだ急募情報に、迷わず飛びついた裕子。
 
さらには当初の予定から一転、区画整理着工予定が大幅に日延べされることとなり、当面はこの家で暮らせることに。
直近数日のこの急展開で、ピンチから一転大逆転の予感!?
「この追い風に乗らずしてどうするのよ!」
大袈裟でなく人生の勝負所だと、裕子は無我夢中の毎日と向き合っていた。
 
特に郷土愛に溢れているわけでもないし、振り返れば楽しい思い出よりも真逆の記憶の方が断然多いこの町。
強制立ち退きから賃貸住まいとなれば、2匹の相棒たちとのお別れを視野に入れざるを得ず、それだけは是が非でも回避したかった。
体ひとつでの上京も選択肢のひとつも、自身の年齢やスキルを思えば、とても独りで生きていけるとは思えなかった。
 
そしてこれも単なる偶然なのか、新しい仕事先は河野の自宅の徒歩圏内。
不思議と腰が退けるどころか、一縷の望み未満が捨てきれない自分自身が可笑しかった。
 
奥さんやお嬢さんと一緒に、買い物に姿を見せてくれるかも?
意外と尻に敷かれていて、運転手兼荷物持ちだったりして?
もしも来店してくれたなら、精一杯の笑顔でお出迎えして、ビックリさせてやるんだ。
強がりの証なんかじゃない、これが今の私なりに精一杯の……
 
視界が潤み表面張力で目頭に涙がしがみつくも、最後まで零すことはなかった。
「私は生まれ変わって、これからもこの町で生きる、って決めたんだから。想い出にすがるんじゃなくって、これからも新しい思い出をつくっていくんだから……」
 
一気に空腹を満たし終えて満足気な2匹は、そのままそれぞれ身体を丸めて食後の休息モード。
その時めずらしく、古びた玄関のインタホンが鳴った。
 
「裕子ちゃん、帰っていてよかったわ。肉じゃがこさえ過ぎたから、ちょっと助けてくれる?食べてくれるかな?」
声の主は幼い頃からお世話になりっぱなしで、生活が荒れていた時期も唯一変わらず接し続けてくれた、ご近所の人生の大先輩。
「ありがとうございます!それからちょっとご報告したいことがあるので、お時間があれば話を聞いていただけますか?」
「どうやらいいお話みたいね。それじゃお邪魔しようかしら。冷めないうちに食べながら聞かせてもらおうかな」
「はい!」
「それから私からもちょっと相談したいことがあるんだけど、お話が長くなっても構わないかしら?」
「はい!全然大丈夫っていうか、嬉しいです!」
 
そんな突然の来訪者をチラ見から、2匹はそれぞれ今宵の夢の世界へと。

 
16・ユウノウナジンザイ?
 
「今日もご苦労さまです」
「あっ、店長!お疲れさまです!」
閉店時間を過ぎて十数分、最後の来客が店を出たタイミングで届いた労いの言葉。
長年孤独な直行直帰の清掃作業に勤しんでいた裕子には、こんな何気ないやりとりもまた、明日への活力だった。
 
「レジ閉め作業は他の人たちに任せて、ちょっと来てくれるかな?」
店長自ら同僚に許可を仰ぐ形で、持ち場を離れることに。
その足で誘われたのは、半年前に緊張の面持ちで採用面接を受けた、小さな別室。
その際には粗相があってはならぬとガチガチだったけれど、今ではすっかり打ち解けて久しい、年下の上司。
それでも職場である以上、礼節はキチンと守らなければと、裕子は自身に小さく言い聞かせていた。
 
「最近イライラが我慢できなくってサ!」
「おっ?原因は旦那か!?」
「変なこと言わないでよ!ウチはアンタのところと違って、ラブラブだからね」
「あーっはっはっはっ!」
細い通路を移動中に通り過ぎた、帰り支度時間の女子更衣室から、お約束の掛け合いが聞こえてきた。
 
「ところで中尾さんのご主人は何してる人?」
これまで一通り尋ねられて一通り答え終えているから、自分には関係ないし。
でもこれが私と同年代の平均的な女性の、他愛ない日常会話なんだろうな・・・・・・
 
「すっかり仕事にも慣れられたみたいですね」
「はい!みなさんサポートしてくださるので、毎日が楽しいです」
「私たちから見ていても、中尾さんのスキルは群を抜いていますよ」
店長のこの言葉に嘘はなかった。
 
明るく迅速丁寧な接客とレジ作業と全方位への細やかな心配り。
なにより明るいそのキャラが人気を博し、裕子が立つレジを目指す来客が常に長い待ち列を作る、いわゆる中尾現象。
反対に人気が謙虚なレジは、待ち列形成どころか近づく客も見当たらず、
「こちらにもどうぞ・・・・・・」
力なく呼び込むも現実は残酷で、裕子目当ての最後尾が伸び続けるばかり。
これは多くの店舗に見られる現象も、スタッフ全体の士気その他を鑑みれば、企業として見過ごせない命題だった。
 
「単刀直入に相談です。いきなりの辞令ではない、あくまで相談ですが・・・・・・」
瞬時に全身に緊張感が走り、背筋を正した裕子。
「何だろう?知らないうちに何かやらかしていたのかも?どうしよう・・・・・・」
頭の中を超高速で、色々な思いが駆け巡り始めていた。
 
「いやいや、そんなに構えないでください。実はですね・・・・・・」
流石は企業が勝負を賭ける新店舗の店長に任命された人物。
裕子の心理状態をすぐさま見抜き、ワンクッションからゆっくりと本題を切り出した。
 
「中尾さんに本部所属の教育係を引き受けていただきたいのですが?」
「はあ?」
鳩に豆鉄砲状態の裕子に対し、その理由が続けられた。
 
店長以下管理職全員の目に、万能な人材だと映った裕子。
それはこれまでの人生を通じ、無意識のうちに培われたスキルなのだろう。
同時に現在のレジ勤務のままでは、裕子ばかりに負担が集中してしまう現実。
歴史の浅い新店舗だからこそ、いわゆるお局的存在も見当たらず、人間関係もまずまず良好な環境。
だからこそ柔軟な人事ができるメリットを、企業側も活かしたいところだった。
50歳手前という裕子の年齢も、20代の若いスタッフからすれば母親世代。
世代ギャップから煙たがられる年齢差も、明るくフランクな性格の裕子を姉のように慕う者も多かった。
 
「当社は実力主義です。学歴年齢性別を問わず、有能と判断すれば正社員として中途採用から、重要な職責を与える社風です」
裕子の頭の中は、俄にパニック状態手前。
「あの・・・・・・店長のおっしゃっていること、日本語としてもバカな私にはむつかしくって・・・・・・」
この場面にはいささか場違いなこの一言に、一拍置いて互いに小笑い。

 
17・ヒトリゴト
 
私、レジのままがいいな。
お給料も今のままで十分だし、上に立って物言えるような人間じゃないし。
それにね・・・・・・もうしばらくは、レジに立ち続けていたいの。
毎日仕事を終えたその時から、明日もこの場所に居られる!ってね。
この数十センチ四方の立ち位置が、私の居場所であり、私の生き甲斐なんだ。
 
ここまで待ち人来たらず。
 
私がお休みのときに来ていたとしても、待ち人来たらず。
私が離れているときに来ていたとしても、待ち人来たらず。
私が待つことを止めてしまえば、この叶うはずもない、叶ってはいけない片想いが、そこで潰えてしまいそうだから。
 
最初で最後の「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」から「今度こそ本当の本当のサヨナラ」になっても構わない。
 
見てもらうんだ。
たった1度だけでいいから。
あの日アイツが言ってくれた『中尾裕子』を生きている、アタシじゃない私の姿を。
 

 
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(※本文総文字数=20994)

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