おとしものを探しに(短編小説)



今日も丘の上にあるいつもの公園にやってきた。
たぶん、現実逃避だ。


この公園の静けさが好きだ。
あまり手入れされていない花壇も、
古びたブランコも、
レンズを覗けば色鮮やかになる。

小高い丘になっているから
風も柔らかくて気持ちがいい。
街を見下ろせるベンチは、
考え事をするには丁度良い場所だ。




このままカメラマンを続けたい。
街を撮るのも、人を撮るのも好きで、
大学を卒業してから5年間
がむしゃらにカメラと向き合った。


基本的にはSNSでの活動が主だが
たまにカメラマン仲間の仕事を手伝う。

最初は良かった。
写真の撮り方をまとめたショート動画や
スマホで簡単に出来る写真の色味修正動画が
たまたまいろんな人に見てもらえて、
フォロワーが一気に増えた。
カップルフォトやマタニティフォトなどを
だんだん任せてもらえるようになり、
忙しい時はSNSでの依頼に追いつかない程だった。


毎日色んなところへ行って、
様々な人を撮った。
実家周辺の風景を撮ってほしいと頼まれることもあった。


しかし4年目を迎えた辺りから仕事は激減し
ここ1年間、コンビニバイトをかけ持ちしながら毎日を過ごしている。



このままでいいのか




この言葉を頭の中で反芻する。


カメラが好きで、写真が好きで、
ただ撮りたいと思う気持ちがある一方

安定した生活を送りたい
親を安心させたい
結婚だってしたい
そんな気持ちももちろんある。



子供の頃から、好きなことを仕事にしなさいと教わってきた。
母親は英語が好きで、英語教師になった。
自分もそういうふうになれると思っていた。


だけど、カメラを好きになってしまったのが間違いだったみたいだ。

好きなことを仕事にできない人は、
どうやって生きていけば良い。
と、心の中で愚痴る。


もうカメラを辞めて就職するか。
随分前からそうすべきだと分かってはいるのだが、決めきれない。
まだ、カメラで生きていく希望を捨てきれない。



1人でぼんやり考えていると、

公園に4人の小学生がやってきた。


しまった、もうこんな時間か。
平日の16時頃になると、この公園には大体小学生が遊びにやってくる。


いつもならボールを持ってきて走り回っているのだが、
今日は1人が座っているのを残りの3人が囲み、 覗き込んでいる。
中心にいる子の手にはゲーム機があった。
新作のソフトでもプレイしているんだろう。




そろそろ帰ろう。

カメラをバッグにしまい込み公園を後にした。


丘を降りていると女子高生2人組が後ろにいることに気づいた。
会話が聞こえてくる。

「いやそれってさ、余計なお世話じゃない?」
「ほんとに、いちいち口出ししてこないで欲しい父親のくせに」
「分かるーもう子供じゃないんだからさ」

どうやら親の話をしているようだ。
僕からしたら、まだまだ子供だよ…と言いたくなったが、不審者扱いされては困るので聞こえていないふりをした。





またしばらく坂を下っていると、
買い物袋を両手に持ったおばあさんが向こうからやってきた。
中には果物が入っているのか見るからに重そうで、
荷物を抱えたおばあさんが上るにはこの坂はしんどいだろう。


「手伝います。」
そう声をかけ荷物を持った。

おばあさんが僕を見上げて、
「まぁ、ありがとう」と言う。

なんだか満たされた気持ちになった。




その後はおばあさんと世間話をしながら
来た道を戻り、坂を上って行った。

彼女は、水戸さんという名前らしい。

荷物を手放した水戸さんはさっきよりも多少楽そうだが、
足腰を痛めているのか歩くスピードは相当ゆっくり。


歩幅を合わせているのに気を遣わせないように、
僕も小さい歩幅でゆっくり歩いた。


どうやら、さっきまでいた公園の近くに家があるようだ。
一人暮らしの家に中学生の孫が遊びに来るから
果物を買って待っていようと思ったらしい。
それならわざわざ丘を下らなくても
近くにスーパーあるのに…と思ったが
何も言わなかった。



「あの先の青い屋根がうちでね」
水戸さんは横断歩道の先の家を指さした。
かなり大きな家。

あそこに1人で住むのは寂しいだろうな、と思った。



横断歩道を渡っていると、
青信号が点滅し始める。


しまった。
ちょうど半分くらいまで来ていて
このスピードでは
戻るにしても間に合わない。


待っているのは大きなトラック。
運転手を見上げると、どうぞ、というふうに手を差し出してきた。


僕はホッとし、歩みを進める。

あと少しで渡り終える所まで来た時、




プーーーーーーーーー



クラクションが鳴った。
僕はびっくりして周りを見渡す。


トラックの運転手もびっくりした顔。
しかし僕たちが渡り終えたのを確認し、
走り出していった。



振り返って気がつく。


あぁ、後続車だ。


トラックの後ろに、黒の軽がいた。
僕たちがまだ渡っていることに気付かず、
青になっても進まないトラックに対して
クラクションを押したのだと知った。








「ありがとね〜ほんと助かったよ」
水戸さんは何も気にしていないようだった。
家に入ってお茶を飲んでいくよう誘われたが、バイトがあると言ってお断りした。


水戸さんの家の庭には、
綺麗なえんじ色の花が咲いている。

なぜだか、この花を撮りたいと思った。


「この花と水戸さん、カメラで撮ってもいいですか?」

水戸さんは驚いた顔をして、
すぐに承諾してくれた。


僕は急いでシャッターを切る。
花はいい感じに撮れているのだが、
水戸さんの表情が固い。
被写体に慣れていないんだろう。



僕はレンズを覗きながら言った。


「さっき、クラクション気づきました?」


「クラクション?なんかいねそれ?」


不覚にも笑ってしまった。
そうか、クラクションにピンと来ないのか。

もう聞こえていたかどうかなんてどうでも良くなって、笑ってしまった。


僕につられて水戸さんも笑う。


その時シャッターを切った写真を、
水戸さんの笑顔を、
多分僕は一生忘れないだろうと思った。







家に着いた僕は、
押し入れからスーツを取り出す。



明日は早く起きて、ハローワークに行こう。
どんな仕事が待っているかは分からないが、
いろんな自分と向き合ってみるのも悪くない。



カメラに割ける時間は今までより
少なくなるかもしれないが、
とりあえず、続けてみようと思う。


写真を仕事に出来なくても、
今日みたいな日を、笑顔を、
切り取れる人でありたい。

だから、
今日も、明日も。
いつまでも、シャッターを切ろう。




久しぶりに、小説を書いてみました。


現実と理想との間で揺れ動く主人公に
私自身とっても共感できて、
スルスルっと自然に言葉が出てきたので
とっても楽しかったです。



主人公がカメラを仕事にするのか
はたまた趣味で続けていくのか
どういう結末にするのが正解か
それをすごく迷いました。


こういう結末にしたのは、
きっと、カメラを使って
人を幸せにすること自体が、
主人公にとっては至福の時間なんだろうなと思ったから。


生きていくために
たとえ現実を選んだとしても、
理想どおりの道に行かなかったとしても、
ちゃんとそこで幸せになれるってことを
証明したいなと思ったからです。


そして、こういう人生における学びというか
生き方に関する決断ができる時は、

酸いも甘いもどっちもあって、
誰が良いとか悪いとかじゃないという、
この世界の多面性、流動性に気がついた時。


必ず幸せな道なんてなくて、
全部やってみなきゃわからないのに、全てを経験することなんて出来やしないから

どんな道を選んだとしても
そこにある生活を大事にできることこそ
本当に幸せなことだと、主人公は気がついたんだと思います。




私も最近、
人生のほとんどは恩返しって言葉、
誰が言ったのか知らないけど
身に染みて分かります。


私も、私の人生を
周りの人を幸せにするために使いたい。


家族や友達や、彼が
私のそばにいてくれて
いつも味方でいてくれる事そのものが
私にとって
何より幸せなことだと気づいたから。




P.S.
ちなみに今回出てきた水戸さんは、水戸百合子さん。めちゃくちゃ前に書いた小説のおばあちゃんの、10年後くらいを想像して書いてみました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?