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12 スカボローフェア

 初めて女の子と二人でデートしたのは、確か高校1年の時だった。観に行った映画は、当時リバイバルで上映されていた「卒業」。ダスティン・ホフマン演じるベンジャミンが、最後に教会で「エレ~イン!」と叫ぶあの映画だ。
 そこにたどり着くまでには、今ではおよそ想像もつかないような苦難があった。彼女は中学の同級生で、3年間9学期の内、実に6学期を半ば意識的に前後左右の席で過ごした仲だった。卒業を機にお互いの気持ちを打ち明けて、そこまではバラ色だったのだけれど、放っておいても毎日顔を合わせられる環境が無くなって、ハタと困ってしまった。
 二人は男子校と女子高に分かれ、お互いの家は遠く離れていた。そこを結ぶバスも(勿論電車も!)なく、当時はメールもスマホも無かった。家に1台だけの電話は居間にあって、そこでの会話は家族全員に聞こえる仕組みになっていた。残された手段は手紙のみ。それだって届いたことを家族に知られるのだが、(多分)中身までは見られまい。今なら1分のLineで済むことを、何日もかけてやりとりをした。やっと約束をしても、まだ心配はあった。当日の天気だ。どちらの家もバス停から離れていて、雨の休日にわざわざ出かける言い訳を考えるのは容易ではない。「潮騒」のような訳にはいかなかったのだ。
 幸い当日の雨はなくて、やっと映画館に入ると、なんと!彼女はイスを一つ空けて座るのだった。多分それは彼女の恥じらいだったのだけれど、情けないことに、その隙間をすぐに詰める行動力がその時の自分にはなかった。少しして、館内が混んできたことでようやく隣同志になれたものの、勿論手を握りあう訳でもなく、二人でスクリーンを眺める時間が流れた。新作のロードショーではなく、たしか「カッコーの巣の上で」が同時上映だった。およそ高校生が最初のデートで観る映画とは思えないが、何となくそれも最後まで観て、さて喫茶店にでも行って話をしようと思ったら、彼女が用事があるから帰ると言い出した。ええっ!と思ったけれど致し方なく、バス停で彼女を見送って最初のデートはあっけなく終わった。
 それから何年も経って、同級会か何かで彼女に会ったとき、彼女が言った。「私、あの日とてもつまらなかったの!」まさに衝撃の告白!たぶんこんな感じ方はおかしいんだろうけど、そういう風に思ったり言ったりするのアリなんだという気付きが新鮮だった。勿論、楽しませることが出来なかったのはこちらが悪い。不徳の致すところだ。でも、それを言うならこっちもつまらなかった。もし、あの頃お互いがそんなふうに正直な気持ちを言い合えていたら、その後の展開も変わっていたかもしれないなあと今となっては思う。
 映画には、サイモンとガーファンクルが唄うスカボローフェアが流れていた。この曲を聴くと、ベンジャミンが遠くからエレインを見つめていたシーンと情けない初デートを思い出す。


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