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11 美味しいジントニックのための6条件

 ジントニックというのは、夕方に喉を漱ぐ飲み物であると誰かが書いているのを読んだことがある。
 その頃私は余所の会社に勉強に出ていて、残念ながら(?)大抵定刻に事務所を後にしていた。かといって真っ直ぐ寮に帰っても何のあてもなく、いきおいブラブラと街を彷徨うことも多かった。新聞社の裏手に位置するそのバ-は、大正年間の創業という老舗で、立ち飲み用のカウンタ-がL字に据えられたシックな店だった。もともと童顔でまだ20代半ばだった私にはちょっと荷の重い店だったが、精一杯背伸びをしながらジントニックで喉を漱いでいた。
 セオリ-通りバ-テンダ-は無口だったが、酒作りや客とのやりとりを眺めているだけで楽しかった。自慢げに女性を連れてきて、「水割り」とだけ注文してすぐに話し始める客に、「何を割りますか?」と彼は尋ねる。予期せぬ問いに男はうろたえ、真っ当な答えを期待していないバ-テンは、「こちらでよろしいですか」と多分その男でも知っていそうなボトルを助け船に差し出す。男がホッとしたように何度も頷くのはいうまでもない。

 で、ジントニックである。そこで飲んでいたジントニックが私の基本なのだが、今となっては遠く離れたその店においそれと通うこともできない。なんとか自分で納得できるものが作れないものかと試行錯誤した結果、美味しいジントニックのための6条件なるものをまとめてみた次第。
 条件①:グラス
  無色透明のクリスタル製でストレートなタンブラ-がよい。ジントニッ
  クは透明感を愉しむカクテルで、クリスタルだと氷の音も心地よい。
 条件②:氷
  余計な匂いが付いてさえいなければ可。できればキュ-ブよりはカチ割
  り氷の方が(気分的及び視覚的に?)ベター。
 条件③:ライム
  必須。レモンだと味が引き締まらない。ちょっと絞るといい。もう一
  つの理由は後述。
 条件④:ドライジン
  ゴードンを推奨。何のことはない、先の店で使っていたから。ジン最古
  のブランドで、最初のジントニックもこれで作られた。
 条件⑤:トニックウォ-タ-
  シュウェプスを指定。ゴードンと同じ黄色いラベルのやつ。これもお店
  の踏襲だけど、これ以外だと、レモンと一緒で味がピリッとしない。

 ここまで揃えば、とりあえず旨いジントニックが作れる。しかし、それを更に美味しく飲むためには、もう一つ大事な条件がある。季節だ。ジントニックは新緑の季節にこそふさわしいというのが個人的見解なのだ。氷の冷たさでちょっとくもった透明なグラス越しに見える、ライムの緑と屋外の新鮮な若葉のシンクロ。それが六番目にして最後の必要条件となる。
 かくして、”目に青葉”とくれば初がつおならぬ初ジントニックに思いを馳せるのが、私の毎年の恒例行事となっている。ステファン・グラッペリのヴァイオリンを聴きながらジントニックを飲んで浮かれていると、ちょうどジンのボトルが空く頃に、やがて梅雨がやって来るという具合だ。

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