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13 最終講義

 大学に入って驚いたのは、大学にもクラスがあることだった。それは第二外国語によって分けられ、代々脈々とつながっているらしかった。春には、世話好きな先輩がオリエンテ-ションまでしてくれる。この講義は楽勝だとか、あの教授は厳しいだとか。みんな仲良くがんばろ~みたいな。勘弁してよという感じだった。
 その講義は土曜の一限にあった。ただでさえ面倒な時間な上に、先輩の有り難い情報によれば、けっこう試験が厳しいということだったので、当然受講生は少なかった。私がその講義を取ったのは、テーマの他に、みんなで楽な方に流れることへの抵抗もあったように思う。まだ若かったし、要はひねくれ者だったのだ。
 面白いことに、その講義には、普段大教室にはめったに姿を見せない同級生たちが結構顔を出していた。類は友を呼ぶというやつだ。担当の教授は、小柄でやせた老人だった。セピア色(?)にやけた白衣をまとい、白髪まじりの短い髪は、およそ櫛を通すという行為とは無縁のようだった。いかにも人生の大半を研究室で過ごしてきたというふうで、その外見は、出世とか金儲けといった言葉からは最も遠い世界を連想させた。
 目をクシャクシャとさせながら、いかにも気が短いと言わんばかりに早口でしゃべるのが彼のくせだった。せわしなく動くその小さな瞳は、まるで穢れを知らない少年のようだった。
 その日も、彼はいつものように早口でしゃべっていた。内容はよく覚えていないが、植物のことからいつしか話は恐竜のことにまで及んでいたように思う。話しているうちに、図らずも気持ちが昂ってしまったというような感じだった。時間がくると、ブツンと音が聞こえるかのように話を断ち切り、彼はそそくさと教壇を後にした。その後ろ姿は、何となく目に見えない何かに苛立っているかのような印象を与えた。

 彼がその年定年で、それが彼の最終講義だったと知ったのは、それから何日か経ってからだった。

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