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#28' アナログ('23.7.1)

たとえばその昔
テレビは茶の間に一台だけで
チャンネルを回すたびにガチャガチャ鳴ったから
その音は
こっそり深夜番組を見る少年をヒヤヒヤさせた

たとえばその昔
レコードは一本の溝を辿っていて
その溝は簡単に傷ついたから
レコードの扱いはまるで一つの儀式だった

たとえばその昔
電話のダイヤルは1から0まで
まわる円周が違ったから 
0がゆっくり戻る間に
躊躇いがちにかけた電話を切ることもできた

たとえばその昔
絶版になった本は古本屋にしかなくて
一日中探して見つけた本は
だから宝物になった

たとえばその昔
銀座線は駅の手前で照明が消えて
その一瞬にキスをするというアイデアは
先に誰かの小説になった

たとえばその昔
レイトショーが終わった街の
交差点の信号待ちで二人は出会う
映画館の入り口とその近くの喫茶店で
二人は互いを待っていたのだ
そう言えば約束をしたあと
受話器の向こうで彼女の寝息が聞こえていたっけ

すべてがアナログでリアルだったあの頃
その時代への郷愁を
今、ネットの海にそおっと流してみることの不思議


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