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とある5月の朝

 目覚ましが鳴る前に、窓の外の明るさで目が覚めた。カーテンを少し引き上げてみると眩しい青空。この二日ほど冷たい雨が続いていたから、その青がよけい鮮やかに感じられる。が、その分放射冷却で気温は低そうだ。リビングに降りて、朝刊の後にスマホを開くとメールが14件。何事?と思って開いてみたら、学生時代の級友の訃報が届いていた。
 Kは、大学に入った時のクラスメイトだった。大学にもクラスがあることは驚きだったが、次第にキャンパスへの足が遠のいたせいで、私のクラスメイトに関する記憶は入学直後の一時期に限られる。Kは黒縁の眼鏡をかけ、喉にかかったような声で、少し口を突き出すように話す男だった。文化人類学をやりたいんだ、フィールドワークをするには体力が要るからなと言ってラグビーをやっていた。土にまみれた茶色いジャージで教室に現れた姿を覚えている。
 今から10数年前、Kが突然会社に電話をかけてきたことがあった。もう何十年も会っていなかったが、声を聞いてすぐに顔が浮かんだ。クラス会をやろうという話があって、数人の有志でクラスメイトたちの消息や連絡先を確認しているんだとのこと。声は元気そうだったが、当時既にちょっと体調を崩しているようなことを言っていた気がする。それから暫くして定期的にクラス会が開催されるようになり、Kも体調をみながら出席しているようだったが、傍流だった私は不義理を重ね、Kと顔を合わせる機会もないまま訃報を受け取ることになった。
 車に乗ろうと外に出てみると、連休明けにも拘わらずフロントガラスが凍っていた。一度仕舞った雪かき棒をトランクから取り出してフロントの氷を削る。削りながら、ふと「凍結の朝」という言葉が思い浮かぶ。ん?何か似た言葉があったはず…。ああ、「永訣の朝」。凍結の朝、永訣の朝、凍結の朝、永訣の朝、と心の中で繰り返しながらフロントの氷を削る。どこかでKがニヤっとしてくれたなら本望だ。冥福を祈る…。

 フロントが見えるようになって腰を伸ばすと、すぐ近くで今年初めてのカッコーが鳴いた。そんな、とある5月の朝。
 
 

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