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ビスターリ

 ビスターリというのは、ゆっくりとかのんびりとかいった意味のネパール語らしい。ネパールで山歩きをしてきた知人が、ガイドさんからよくそう声をかけられたと話してくれた。いい言葉だなと思って記憶に残った。
 30歳になった頃、仕事仲間から「あなたは急ぎ過ぎている」と言われたことがある。具体的な個別の仕事についてではない、多分生き方の話だ。何をもってそう言われたのかは分からないけれど、確かにあの頃、私は何者かになりたくて焦っていたのかもしれない。何になりたいのか分からなかった分猶更に。
 例えば旅行の計画を立てたとき、いつの間にかその予定をきちんとこなすことにエネルギーを費やしてしまっている自分に気付いたりする。露天風呂で寛いでいる友人を見て、ああそうだ、一つ一つの時間を楽しむために来てるんだったと、当たり前のことに思い至ったりするのだが、暫くするとまたスケジュール進行係に戻ってしまっていたり。
 先日も自分は義務優先で生きているみたいなことを書いたけれど、要は、こうしたいという芯が希薄な私は、こうすべきと認識したことをうまくこなすことに必要以上に注力してきたのかもしれない(そう言う割には、気分と思い付きで結構我儘に生きてきたような気も…)。お陰で大きな破綻は無かったかもしれないけれど、その代わりもっと大事な何かを見過ごしてきた可能性はある。全く馬鹿げた話だ、急ぐ必要なんて全然なかったのに。
 でも、今更気付いても後の祭りだ。(野田秀樹さん曰く)覆水と親不孝者は盆にかえらない。還暦を過ぎてようやく少し心の余裕も出来てきたので、せめてこれからの下り坂はゆっくりと眺めを楽しみながら歩きたいものだ。尤も、これまで大して登ってもいないし、むしろこれからが上り坂だったりして?それに、同じ道でも登りと下りとでは見える景色が全然違ったりもするんだけれど。ともかく、ビスターリ、ビスターリ、ビスターリ、…。

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