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6 夜の音

 それは北東の角部屋だった。
 もともと、人が暮らすというよりは納戸のようなものだったのだろう。箪笥や布団などを置いた板の間の他に、畳の部分は3畳かそこらしかなかった。北側なので陽は差さないし、すきま風も入って冬は当然寒い。なのに何故か居心地がいいのである。
 私は、受験のひと冬をそこで過ごした。電気炬燵を据え、布団を敷き、眠るときには炬燵に足を入れたまま毛布を被った。不思議に風邪はひかなかった。
 勉強に疲れると、よくゴロンと横になったままボォ~っとして時を送った。家の裏には孟宗竹が生えていて、風が吹くとゆっくりと揺れた。その葉が擦れ合うザァ-っという音は、波の音のようで心地よかった。別の木が発てるギギギギっという音は、あたかも船の軋みのようで、私はいつでも海に漂うことができた。
 夜が更けるにつれて、空気が澄んでいくように少しずつ遠くの音までが聞こえてきた。何キロも離れたところを走る夜汽車の音は、分校の音楽の時間に練習した合唱曲を思い出させた。何もないときにも、夜にはサァ-っという微かな音が流れていた。たぶんそれは、遠くで僅かに動き続けている人達が生み出す音の集合だったのだが、私には、それが夜中に一人でラジオをチュ-ニングしているときの音のように感じられた。
 5時になると、隣町からチャイムの音が風にのって流れてきた。それを聞いてから、大きくひとつ伸びをして毛布にくるまるのは気持ちのいい瞬間だった。

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