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(詩)ネオン街をよこぎって

ねえ、きこえてる
受話器を通して
ねえ、こっちの音
そう
あなたの好きだった東京の音
今わたし
新宿駅の公衆電話からかけているから

ええ相変わらずよ
土曜日の夜だからすごい人波
でもわたしは仕事だから

これから駅の地下道を抜け表に出て
イルミネーションの海を人波をかきわけ
ネオン街をよこぎって
オフィスのあるビルにいくの
ええ、元気よ

ビルのエレベータをまっすぐに上がり
オフィスに辿りつくと
そこは人影もなくしずかで
暗闇の中にてさぐりで
照明のスイッチをさがす

パソコンの電源を入れ
コーヒーを沸かし
そうして窓から見おろす
新宿の街を眺めながら

春が過ぎ夏が訪れ
秋が去り冬がまたやって来る
そのしずかなくりかえしの中で

きのうきゅうに
あなたの歌を忘れてしまっていることに
気付いてね
なんだかおかしくて
わたしの詞に
あなたがつけてくれたメロディだったのに
どうしても思い出せなくて

それで電話してみたの

わたしたちの夢だったあの歌の
東京が大好きだったあなたの
いつか世界中をふるわせてみせると
語り明かした若かりしわたしたちの

そして今はただ新宿のかたすみ
深夜人影のないオフィスで
ひとりたたずむ女の唇を
ふるわせているだけの歌なのだけれど


今もネオン街をよこぎる時
風俗店の看板を持ったあなたが
そこにいるような気がする

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