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主人公がアパートで音楽ガンガン鳴らしてクレームが来る

下品に笑っている彼女を見るのが好きだった。

その日もスマホを見ながらゲラゲラ笑っていた。
僕が何見てんのと聞くと、「うちの小説のレビュー」とXのコメント欄を嬉しそうに見せてきた。

「小説家ってそういうの見るの?」
「知らん。うち作家の友達おらん」
「傷つかないの?そういう、誹謗中傷?」
「うちにとっては娯楽じゃ」

コメント欄は実にバラエティに富んでいて、あふれんばかりの賞賛とあふれんばかりの酷評で溢れていた。見方を変えれば彼女はそれだけ「売れて」いる。ちょっとだけ胸がちくっとした。そしてそんな自分がどうしても嫌だ。だから彼女の本はほとんど読まない。家にどっさり届く製本を僕が受け取った時ははなるべく視界に入れず、彼女の机に置いておく。彼女も多分、それを察してかあまり触れてこない。そしてそれもまた僕の胸をちくちくと刺す。ああ、みっともないな。

なんてことを考えていると「うちが書いとるものってケッペキな人には受け付けんのじゃよね」と嬉しそうに言った。

「例えば、このシーン。主人公がアパートで音楽ガンガン鳴らしてクレームが来る。でも主人公はそんなのガン無視。自分が作った音で自分を慰める。それでしか自分を生かせないからな。ん、だいぶ端折ったらスカスカなカスみたいな内容に聞こえるな。まあいいか。全部読んだら「作家じゃ」って思うから読んで。680円な。ラインペイでよろ。んで。あ、こいつは音楽作るのが趣味な。別にプロでもなんでもない。んで、そのシーンについてこういう感想が来る」そう言ってコメント欄をスクロールしてあるところで止めた。

そこには「育ちが悪い自分に酔ったイタいやつ。読んでて吐き気がした」とあった。彼女は「これがベストアンチコメじゃ」と嬉しそうに笑った。

なんでそんな嬉しそうなの、と聞くと彼女は短くこう言った。

「吐き気がするのに最後まで読んどるから」

なるほど。

「それにな、みんなどっかしらイカれとるもんじゃろ。イタくて、イカれていて、でもそれを隠して生きてる。……あ、今かっこええこと言うたな。今度インタビューで使おう」

わかりそうでわからない。でもなんとなくわかる。それは目の前にいるやつがその「主人公」だからか。


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