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不謹慎だろうか。僕はその瞬間が一番愛おしい。

「美談にするつもりは一切ないよ。でも”これ”があったから小説を書けたのも事実でさ。なんかいやんなっちゃうよ。まったくさ」


***


青はいつもの1.5倍くらい。

銀色のシートはいつもと同じ。
オレンジのカプセル錠剤はいつもの倍はあった。

……いつもより調子が悪いのかもしれないな、そう思った。

僕がゴミ出し担当なのには3つ理由があって、まず第一に彼女が分別を全くしないこと。そして自身のゴミ箱を漁られる(僕に分別される)ことに全く抵抗がなかったこと、そしてこれは後付けであり、結果的にいい方向に働いていたのだが、いつきの状態を知るためでもあった。


詳しくは知らない。


彼女からは簡単な説明しかされていない。それに「調べるな」と強く釘刺されてもいた。


偏見はどうしたって生まれる。「偏見がない」という時点で偏見がある。


もし僕が調べてしまったら彼女にフィルターをかけてしまっただろう。


僕が彼女に言われたこと、頼まれたことは3つ。


まず、薬の説明。常用薬と頓服の薬、各薬の効果。
そして、もし症状が出たら緑色の錠剤を4つ飲ませて欲しいということ。


最後に、僕をフルネームで呼んだら手を握っていて欲しい、ということだった。「あお」ではなく「あおい」と。


毎月第2水曜日、彼女は電車に乗って都市部の病院に行く。
一人で行けない時は僕もついていく。


とても不謹慎な話だけど。
彼女が帰ってきてどっさりともらってきた薬を一緒に仕分けする時間が好きだった。キッチンで、チョキチョキ薬を切り分ける。持ち歩いているポーチには入りきらないので百均の小物入れにもしまう。「あ、これ今回1回2錠になったから」「おけ」なんて。

薬が増えようが減ろうが、「良くなった?」は聞かない。これは僕のエゴでもある。


「大漁大漁」とゲラゲラ笑う彼女をみるのが好きだった。
「高血圧のジジイ並みだな」と出された本人が爆笑している。


仕分けが終わると、早速その日の分を飲んでゴミ箱に捨てた。
「キマるぜ〜!」なんて言いながら飲んでいる時の彼女の背中はとても丸く、小さい。

僕にはわからない。当事者じゃないから。気にかけてはいけない。気にかけないことこそ礼儀であり彼女と対等にいられる条件でもあった。

でも目の前で「症状」が出ている君を何度も見て気にかけないなんて苦痛でしかない。何度もその病気について調べそうになった。治る可能性は、いい医者は、自分に何ができるか、でも寸前で踏みとどまった。今の関係を壊したくない。それならいっそ、彼女自身が崩壊してもいいのではないか。そんな恐ろしいことを考えるまで追い込まれる時もあった。


そんなある夜、「それ」がきた。

その日はそれぞれの部屋で寝ていた。君はドアをなんとか開けて、「あおい」と怯える声で求めた。

僕は君をベッドに入れ、そっと頭を撫でた。
「いつき」と君の名前を呼ぶと「あおい」と手をグッと握り返してきた。

不謹慎だろうか。僕はその瞬間が一番愛おしい。


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