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あお、指輪せえ、お出かけじゃ

GW編1

***

「あお、指輪せえ、お出かけじゃ」

時計は6。カーテンの隙間から朝陽が漏れる。最近、日の出が早くなった。急に春が終わって急に夏が来るわけじゃないんだなあ、なんて当たり前のことをぼんやり考えていたら叩き起こされた。

「まだ6時じゃん、てかどこいくの」
「東京」
「は?」
「東京に旅館とった。いくで」
「は?」
「ゴールデンウィークでな、夫婦割ってのがあったから」
「夫婦じゃないだろ。そもそもカップルでもないだろ」
「一緒に住んでんだから夫婦みたいなもんだろ」
「タイホされない?」
「間違えました、でいいでしょ」
「……」
「新幹線、熱海で10時にとってるからそろそろ出ないと間に合わん」
「……」

諦めて、行くことにした。

2泊するらしいので着替えと、念の為PCをリュックに入れた。彼女はすでに準備ができていた。海外でも行くのか、というくらいばかでかい荷物だった。

「はい、指輪」
「この前の”結婚ごっこ”のやつね」

1個500円。銀色の輪っか。

スマホで天気予報を見たら、どうやら2、3日は夏日らしい。濃紺のジーンズ、白いスニーカー、ユニクロの無地の黒の半袖を着た。「マネキン」と笑った彼女は黄色のフレアスカートに、ナイキのサンダルに、真っ白なTシャツだった。肩まである髪を一つに束ねていた。

フラミンゴみたいだな、と思った。首がスッと長くて、細身で、軽やかで、こうしてみると、やっぱり女の子なんだな、と思った。モテるだろうな、と口に出そうになったのをクッと抑えた。

僕は電気とガスを、彼女は窓をしっかり確認して、家を出た。

アパートの急な階段を落ちるように降りると、真下に住んでいる大家さんとバッタリ。

「あら、おでかけ?」
「そうなんです。せっかくの連休なので」
「いいわねえ、うちの主人なんてね・・・・・・」
「……あ、電車もうきちゃう。じゃあ、また!」

「悪い人じゃないんだけどな」
「魚くれるしな」
「まあ、話し相手がいないんじゃろ」
「偽装して割引使うやつよりはだいぶ善人だよ」

1時間に3本しかない電車にはなんとか乗れた。
連休だというのに電車内はスカスカで、いつもの、平日の、日常が流れていて、ちょっと拍子抜けというか、安心もした。

「指輪してる?」
「してるけど、これずっと?」
「今回の旅行はずっとです」なぜか誇らしげな彼女。「”夫婦”じゃ」

別にいいけども。

熱海まで出て、新幹線にも無事乗れて、昼過ぎには東京駅に着いた。
電車内ではずっと喋っていたけれど、何を話していたかは全然覚えていないし、多分彼女もそうだと思う。でも楽しかった。だから、いい。

東京駅には人がたくさんいた。そりゃそうだ。東京だから。

「どう?久しぶりの故郷は」
「故郷って、俺、地元多摩だし」
「あ、そっか、なんちゃって東京人か」
「怒られるぞ」

お目当ての旅館にチェックインして荷物を預けた。特になんの確認もされずあっさり割引が適用された。「な?」と彼女は偉そうだった。

「こういうんはやったもん勝ちじゃ」ダメだろ。

我々は・・・・・・





いや、ちょっと思い出すからここでやめとこう。


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