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小説の切り抜き、つまり手抜き

『シュノーケルおじさん(書いたの私です)』より抜粋

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「吉川純也」は町田駅から少し離れた路地裏の雑居ビルの四階にあるマジックバーで朝を迎えた。「普段は飲まない」のだが今日は「弟が大学に受かった」ので気分が高揚し珍しく深酒をしてしまったのだった。昨夜10時の緑茶ハイから始まってマジシャンでもあるバーテンダーの町田健と一緒にタバコを吸いながらおしゃべりをし、日付が回った頃からはカクテルに移行、飲みやすさに調子に乗ってフレンチ75を5杯も飲み、途中からの記憶を無くし気がついたら朝の5時になっていた。
「純也さん、純也さん、朝ですよ。もう閉店ですよ」
 町田は吉川が起きると彼の寝ぼけ顔が面白かったのかニヤニヤしていた。
「あれ、寝ちゃってた?」
「そりゃもうぐっすり」
「まじかー、けんー、俺なんか言ってた?」
 町田はマジシャンがお客にネタを見せる時のようにニコッとして「何も?」と言った。
「そっか、じゃあ、おかんじょー」
 ドラえもんの声真似をしながら四次元ポケットから秘密道具出すように財布を出した。「弟」から誕生日祝いでもらったダンヒルの二つ折りの財布から1万円を出して「釣りはいらねえよ」とドスを効かせて差し出した。町田は「規則でダメなので」ときっぱり断って2300円の釣りを吉川に「はい、吉川さん」とニコッと渡した。吉川は「チェー」と口を尖らせながら財布にそれを無造作に突っ込み席を立って出口にふらふらと向かった。
「まったく、気をつけて帰ってくださいよ」
「うん、またな」
 町田がドアを開けてエレベーターまで吉川を送った。
ゴウンゴウンと年季の入った音を立てて「チーン」と四階到着を告げ扉が開いた。
 フラフラした足取りでエレベーターに入って吉川は町田の方に振り向き、こう言った。
「町田さん、ありがとうございました」
「いえ、それではお気をつけて、三田さん」
 エレベーターが閉まり地上に向かう中、ワックスでゴワゴワになった髪を手櫛で整え再び「チーン」と到着を告げドアが開いた。革靴をコツコツ響かせながら雑居ビルを出て、「三田太一」は駅に向かった。
 雑居ビルから町田駅までの道中、といっても5分程度だが、朝の町田は夜のそれとはまるで姿が違って落ち着いている。落ち着いているというよりは「夜の残骸」があちこちに見られる。酔い潰れたサラリーマン、あるいは嘔吐物、パンツが丸見えで電柱を背に爆睡しているキャバ嬢、疲れ切ったバーテンダー、これから帰宅するであろう半目の寝ぼけた学生。町田は日中と夜中で本当に同じ街なのかとさえ毎回思う。日中は親子連れや学生で賑わうエリアが多いのだが、暗くなる頃には徐々にサラリーマンが進入、完全に夜になるとコワモテの客引きや酔っ払い、ヤクザまがいの金髪と真っ黒なベンツが家族3人で歩いていた歩道に駐車している。このあまりにも差のある光景に街の二重人格を感じた。
 「三田太一」は小田急線町田駅の北口改札付近のコインロッカーに「弟」からもらった財布を入れ、代わりにスウェットが入った小袋を取り出しトイレに向かった。トイレの個室でスーツを脱ぎ小袋にいれ、ナイキのスウェットに着替えた。他に人がいなかったので水道で髪をとかし軽くタオルでふき、ニューエラのキャップを後ろ向きに被った。トイレをでてホームに向かう前に12本余っていたタバコをゴミ箱にすてた。

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