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......傘は1本、アイスは4本760円

こういう日はだいたい雨だった。


***



お向かいさんは真っ暗で、駅の方がかすかに明るい。


外廊下、塩ビの波板、雨をく。


下手くそな打楽器みたいだ。



とととととととと……………………..ダダダダダダダ…………………….っとっとっと…ダダダーーーざーーーーーーーとととーーーーーーダダダダダダ・・・・・・とととととととととととと……………………..ダダダダダダダダダダダダ…………………….っとっとっと…ダダダーーーーーーーーーーーダダダダダダ・・・・・・とととととととととととと……………..ダダダダダダダダダ…………ビューーーー………….っとっとっと…ダダダーーーザッザッーーーダダダダダダ・・・・・・とととととととととととと……………………..ダダダダダダダダ…………ぽつ?………….っとっとっと…ダダダーーーーーーーーーーーダダダダダダ・・・・・・ととととととと……………………..ダダダダダダダダダダダダ…………………ザーザーぽっぽっぽっぽ….っとっとっと…ダダダーーーーーーーーーーーダダダダダダ・・・・・・とととと・・・



時々確認するような音が入る。なんか親近感。




外に出てから傘を忘れたことに気づいた。


君を起こさないよう(どうせ起きてるだろうけど)玄関をそーっと開けるとやっぱりパソコンを持ってキッチンに出てくるところだった。


「お、もう?」
「いや、傘忘れて」
「こんな雨なのに」クックックと笑う彼女。


「それにしても雨の夜に出かけるなんて変わってるよね、きみ」そう言いながらも君はパソコンをテーブルに置き去りにしてスニーカーを履こうとしていた。


「何度も言うけど、傘、1本だよ」

「いいよ、行こう」


うちも好きなんだ。雨の夜。



50cmの小さな傘に二人で一つ。身を寄せ合い肩が触れ合う。


「ドキドキしないなあ」はあ、とため息彼女。
「そもそもしたことあんの?」
「ない」即答。「27年間、一度もない、苦手な科目"恋バナ"」

「ドキドキキュンキュン。一体どこに落ちてるのやら」
「もしあったとしたら心臓発作の時だな」
「間違いない」クックック。
「あれ買っとく?キューシンッキューシンってやつ」
「今度の診察で処方箋に追加してもらっとくわ」


駅舎、無人。タクシー乗り場とアイスの自販機。


茶色く鈍い、旧時代の灯り。


僕はいつも通りアイスを買った。

歯磨き粉味、もとい、チョコミント。そしてぶどう味。380円。


「ここくるときだけ奢ってくれるのなんで?」
「別になんでもいいだろ」
「……へいへい、アザース」


ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「一人で来るときは何してんの?」
「アイス食ってぼーっとしてるだけ」
「変なの」


まあ、なんとなくわかるよ。とアイスに視線を逃してそういった。


時々トラックが横切った。雨の中大変だなあと思った。


なんでたまについてくんの、と聞こうと思ったけどやめた。


無言が心地良い。
それは雨のせいなのか。

いいや。そうじゃない。
雨じゃなくても僕らは無言でも。

…僕「ら」であってほしいな。


さーーー……………………さーーーー…………………..


傘は1本。今が帰りどきかな、と思って立ち上がると「もうちょっと」と袖を掴まれた。


「ん」
「もうちょっと、雨でも観よう」
「……うん」
「今からうちが一番嫌いな言葉言うね」
「なに?」


「今、”エモい”な」


あーーーーー、嫌いそう。
でもわかる。エモいな。ドラマのワンシーンみたいだ。


「ドラマの、ワンシーン、みたいな?」
「そんな感じ」
「カツセマサヒコ的な」
「『ちょっと思い出しただけ』感もあるよね」
「わかるー一、一時期めっちゃ見てたわ」
「BGMは?」
「雨じゃけえ、ソナポケの『rain』」
「それ失恋ソングじゃん」
「え、あれってそう意味じゃったの?」「うーん、じゃあ、やっぱりクリープハイプ」「夜のタクシーって憧れるよな。東京タワーをバックにさ……あ、今度東京行くか。タクシー乗りに。今度の連休いこ」



そういうところ……うん。



雨、やまないな。でもやまないでほしいな。
…と思った自分にちょっとくささを感じた。深夜ってなんでこうなるんだろう。



「……アイス、もうないね」
「あるぞ」彼女の指先数m、光る自販機。

「……2本目はじゃんけんです」
「えー、まあええけど」

負けたので僕が買うことになった。

「歯磨き粉味でいいの?」
「んー、ぶどうで。あおが食っとるやつ」
「……これ、俺は歯磨き粉食えってこと?」
「エモドラで行くならそうじゃ」

僕は歯磨き粉、いな、チョコミントにした。

「うん、ぶどうもいいな。そっちはどうじゃ」
「歯ブラシあったら完璧…」


ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「気になってたんだけどさ」
「なんじゃ」
「途中から広島の、出てたけど、無意識?」
「無意識」
「変なの。混ざる時もあるよね」
「いつもは標準語じゃけど、あおといる時はぽろっと出たり出なかったり」

「好きだよ」
「あ、ごめんさい。丁重にお断りさせていただきたい」
「言葉の方だよ」
「なんじゃそっちかい」



まあ、好きなんですけど。



内緒だけどね。



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