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『「じゃ」へ。』

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恋を知らぬ小説家の女と、 愛を拒絶する隠居男の同居譚
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夢の中、草原とチョコミントを知っていた僕。

夢の中、草原とチョコミントを知っていた僕。

ああ、これは夢だなと思った。

だって中学の制服着てるし。
だって、いつきが横にいるし。

なんでか知らないけれど、二人で、同じ制服で草原にいた。

僕は無地の濃紺のスラックスで、彼女は同じ色の膝丈のスカートで、今より幼い顔をしていて、少しだけ意地悪そうな顔をしていた。

風に吹かれる髪と真っ白で一回り大きなワイシャツと彼女。腰まで伸びた夏草がなびく。

「あおい」と呼ばれた。だけどポケットから薬

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夜のアイスの時間。青いベンチと我ら二人。

夜のアイスの時間。青いベンチと我ら二人。

なんかさー、と彼が言った。

夜のアイスの時間。青いベンチと我ら二人。

「書いててさ」
「うん」
「どう書いても誰かを傷つけるよなぁって思って」
「うん」
「モヤってた」
「ふむ」
「いつきそーゆーのなさそうだけど」

いや、めっちゃある。けど。あるけども。

「ないな」
「でしょ」
「そもそも無理じゃろ」

これは本音だ。

「華やかな学園生活を描けば陰鬱な高校生を傷つけるし、親子愛を描けば毒

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あ、それは資源ごみです。

あ、それは資源ごみです。

「どーせさ、TikTokで”泣ける”だの”エモい”だのデーハーでミーハーなサムネで15秒でよーやくされてポチらせて5分で流し読みされて中古にポンよ、ついでにネットで”安っぽい”って書かれてトドメじゃ」

ふてる彼女と手元の新刊。

「虚しい商売だぜ」と自分の小説を放り投げた。「何ヶ月かけたと思ってんじゃ、15秒で要約しやがって」

なんでこんなに機嫌が悪いかというと、本の帯である。

薄っぺらいコ

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スランプ

スランプ

「なごちゃんスランプらしい」

なごちゃんとはいつきの数少ない友だちで、作家の女性である。

「あぁ、この前来た」
「そうそう」「ダメダメらしい」
「新人なんでしょ?」
「そう」「でも新人だからって、なあ、な世界じゃないけえ」
「まあそうだろうね」
「なごちゃん、今年から専業になったからプレッシャーもあるんじゃろね」
「いつきも最初は緊張してた?」
「今もしとるわボケ」
「全然見えない」
「そう見

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雪の絵で自転車で夏のキャンパス

雪の絵で自転車で夏のキャンパス

雪の絵を見て思い出すのが夏の記憶ってどう思うよ。

「フォローしとるイラストレーターさんのな、絵を見たんよ。雪の夕方、下校中の高校生が傘を下ろす絵」

それ見て大学の時のこと思い出したんよ。それも真夏。なぜに??って思うじゃろ。今が夏だからにせよ、雪の絵で?って思うじゃろ。

「無駄に広いキャンパスでな。夏休みじゃったけど研究室でレポート書いてたんよ。センセーおるからうちは通ってた。すぐ聞けるし。

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色付きワイシャツ

色付きワイシャツ

「色付きのワイシャツってええよな。なんか頭良さげだし、青春って感じするわ」

今日も僕が仕事をしている横で漫画を読みながらうっとりしている。

「俺のとこ水色だったよ」
「まじ?」
「まじ」
「写真あるよ」

僕は高校の写真を見せた。自分でも久しぶりに見た。

「…まじだ」
「でしょ」
「制服おしゃれ」
「それ、結構言われてた」
「ちなみに偏差値いくつ?」
「68くらい」
「さすがトーキョー」

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ちょっと褒めたくなっただけ

ちょっと褒めたくなっただけ

「ほらな、言ったじゃろ」
「言ってない」
「じゃけえ、うち先入っとる」

雨の日は水着で二人、風呂に浸かる。

傘のない誕生日に、下着の代わりに水着の彼女。自販機の明かりを頼りに結ばれた半端な髪をほどく。25歳の誕生日。

玄関で体を拭いて、自室で水着に着替え、濡れた服を脱衣所の洗濯機に放り込む。家の電気を全て消して、勘を頼りに戸を開ける。

ガチャガタッと歪な音を立てる浴室のスライドドア。

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びしょびしょの男女が2人、深夜のアイス。髪を結ぶ。

びしょびしょの男女が2人、深夜のアイス。髪を結ぶ。

_____っわっっっ!!!!!!!!!!!!!

飛び起きるとケタケタ笑う彼女がいた。

「あお、ハピバ」

そうだ。誕生日だった。

「今夜、ひま?」
「いつもひまです」
「そっかプーじゃもんね」
「はっ倒すぞ」
「じゃ、お楽しみは夜で」二ヒヒと楽しそうだった。

やっぱり、というか、その日は雨で。それどころか暴風雨で。

僕はイベントの日はいつも雨だった。小学校の遠足に始まり、修学旅行、受験当

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いつぞやの原稿用紙に生を感じる(後)

いつぞやの原稿用紙に生を感じる(後)

「あお、これ見たじゃろ」

ぴらぴらと原稿用紙をつまんでいた。

「あ、ごめん。キッチンにあったからつい」
「いや、怒っとらん」
「ん?」
「あお、うちの小説3本読んだって言いよったけど、どれ?」

僕はタイトルを3つ言った。

「その組み合わせはやばいの」
「全然書き方違うよね」
「それがうちのやり方」
「2人いるかと思ったよ」
「どっちもどれもうち」
「言ってることは似てるけど、文体が全然違う

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いつぞやの原稿用紙に生を感じる

いつぞやの原稿用紙に生を感じる

この前、キッチンにこんなものがあった。

いつきの小説の下書きだった。原稿用紙に乱雑に、暴力的に書かれた彼女の思想の原初。

一見過激なその思想。でもどこか惹かれ、心の底で共感してしまう。

いつきは「言いたいことを書いているだけ」と以前言っていた。

僕はこのメモを見た時に初めていつきの言いたいこと、抱えている地獄を見た気がした。

僕がいつきの小説を読んだことは3回だけだ。

読まない理由は、

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「あ、袋あります」

「あ、袋あります」

旅行ですから。



ICカードはあえて使わず切符を買って改札を通る。

最寄りの駅では入場口でスタンプを押してもらえるから。ICリーダーと人力?のスタイルの融合。僕らは駅員さん。

小さな切符をなくさぬよう、財布の小銭入れに4枚。2人分。

「なくさんてー」と不貞腐れる彼女は説得力0。

4人がけのボックスシートに隣同士に座る。

カップルみたいだ。

我々は進行方向に向いて座らないと酔ってし

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いつき、友人を呼ぶ(2)

いつき、友人を呼ぶ(2)

「ごめんくださーい!!」

元気な声でやってきたのは多分、例の彼女。

うちには呼び鈴がないのでノックとボイス。

昨日の夜からいつきはソワソワしていて寝つくのが遅く、約束の時間なのにまだ寝ていた。代わりに僕が出た。

「え!!!!!」
「え?」
「古賀さんのお宅であっていますか?」
「厳密には僕の家ですが、古賀はいます」寝てますが。
「あのー、旦那さんですか?」
「いえ、違います」
「では、彼氏

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いつき、友人を呼ぶ(1)

いつき、友人を呼ぶ(1)

「今度友だち呼んでええ?」

「友だち?」
「そ、この前の授賞式でなんか仲良くなって、新人の子なんじゃけどめちゃ面白いけえ」
「いいけど、うちで??遠くない?」
「えらい懐かれてな。どうしても1回遊びに来たいんじゃて」

本当はちょっと面倒だと思ったけれど、彼女から「友だち」なんて単語が出てきたのは久しぶりだったし、他の作家を見たことがないので若干のミーハー心でOKした。

「じゃあ片付けないとね

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