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丸山健二塾第三回(文章をドラマチックに書く) 映像は有料


5770文字・15min



■□■□■□

◉前回丸山健二先生の改稿:
重油の匂いに溢れかえった浜。黒い波が寄せては返す。
カモメの代わりにカラスが群れている。
陽光が虚無を放っている。
風が踊り狂っている。
辺りには人っ子ひとりいない。
いや、誰かがいる。
娘だ。
そうではない、少女だ。
穢れた砂の上に横たわっている。
全裸だ。
僕はひざをつく。まじまじと顔をのぞき込む。知らず知らずくちびるに迫っている自分に気づく。
気配を察した少女は肩を小刻みに震わせる。
「寒いか」と訊く。
相手は黙って頷く。上着を掛けてやる。
しばしの沈黙が重苦しい。目のやり場に困る。
水面の黒光りがなぜか胸に迫る。
僕と少女は光に包まれて消える。

■□

今回の提出原稿(2024/03/16/sat 19:59作成)


いや、消えてなどなかった。
あれは、うばわれたぼくの記憶なのだ。
少女は、そこに、ぶるぶると立っていた。はずだ。
絶対に、ぼくは目撃したはずだ。
風がうばったのだ。
ちがう。ぼくはいったいなにを言っているのだ!
ぼくの記憶から少女が消える前まではぼくは正常だったはずだ。
それもちがうんだ! それなのに… なんてことだ! ぼくは二本しかない腕で、たったひとつだけの頭をかかえて、黒色によせる重油の波にうづくまって、髪の毛を腐臭を放つ油に馴染(なじ)ませるように、むしった。黒色に腐った油が鼻につんざく。油の膜に吐瀉すると、昨日食べた米粒がウジ虫が動いたように見える。

重油の海上に、渦巻く風が、まだ見える。
あまねく風が、ぼくの頭を掻きまわす。まるで鬼が火かき棒で地獄の釜を混ぜるように。風は、ぼくからねこそぎ略奪していったのだ。
ぼくの内部に蓄積していた少女という少女の記憶を、ヤツがみな殺しにしていったのだ。まるで山賊が町女をあいさつがわりに組み敷くかのごとくかんたんに。
ぼくの腹に、おぞましく不吉な怒りの火が、ポッとつく。黒いなにかが、静かに湧きあがる。
あの風だけは許せない。ぼくは少女を忘れることなんてできないんだ。
ぼくは風を睨(にら)み、ゆっくりとうなずく。
ぼくは浜に浮かぶ重油の黒い膜に、ずぶり。足をふみいれた。



2024年4月14日(土)13:00 第三回丸山塾


美しいと思う文章をドラマチックに描く

◉元原稿:
いや、消えてなどなかった。
いや、消えてなどいなかった。

あれは、うばわれたぼくの記憶なのだ。
あれは、うばわれたぼくの記憶なのだ。

少女は、そこに、ぶるぶると立っていた。はずだ。
少女は、そこに、ぶるぶると立っていた……そのはずだ。

絶対に、ぼくは目撃したはずだ。
ぼくは絶対目撃した。
◉丸山流強調術:主観(一人称)のさらなる強調法!
「はずだ」を取ることで、「ぼく」の「思い込み」を増幅させる。
「助詞」と「、」をトル。
絶対「に、」をトル
目撃した「はずだ」をトル。
「ぼくは」主語を前に。

風がうばったのだ。
風にしてやられた。

前に「奪われた」という言葉がある。
➡︎こんどはちかい言葉の文章でおなじ言葉を使わないようにする。
➡︎「風が奪った」をべつの言葉にする。
➡︎ダメ出し、強奪、風が笑い飛ばした、風が嘲笑した、
➡︎「風」を使って
風にしてやられた。

ちがう。ぼくはいったいなにを言っているのだ!(のだカット、「!」から「?」に変える)
ちがう。ぼくはいったいなにを言っている?(じぶんに問うている。「だ」は不要)

ぼくの記憶から少女が消える前まではぼくは正常だったはずだ。(「ぼく」重複、くどい。「はずだ」重複)
記憶から少女が消える前までのぼくは正常だった。(文章をシンプルに整理する)

それもちがうんだ! 「いや、」強調をする。
いや、それもちがう!(じぶんへの問い。「だ」は不要) 

それなのに… なんてことだ!
なんてことだ!(事象への驚き)

ぼくは二本しかない腕で、たったひとつだけの頭をかかえて、(ここで文章を区切る)
ぼくは二本しかない腕で、たったひとつの頭をかかえ込む。(くどい。文章をシンプルに!)

黒色によせる重油の波にうづくまって、髪の毛を腐臭を放つ油に馴染(なじ)ませるように、むしった。
(文章を整理する)
髪の毛「を」腐臭「を」が重なる。
寄せ来る重油の波に圧倒されつつ、髪の毛を異臭に馴染ませるように掻きむしった。

黒色に腐った油が鼻につんざく。油の膜に吐瀉すると、昨日食べた米粒がウジ虫が動いたように見える。
吐瀉が始まる。昨日食べた胃袋の中身がどっとまき散らされる。

丸山流文章術:動詞から物語が始まる。
「吐瀉」から物語は始まる。読者の視点は胃袋のなかに移動する。
吐く行為は「声をだす」
➡︎こんどは「声」を文章に入れる。

荒ぶる声がカラスを怯えさせる。(別の表現をいれて、変化をつける)

胃袋から空間が広がる。

重油の海上に、渦巻く風が、まだ見える(表現が弱い)。
海上に激しく渦巻く風が、今現在をかき混ぜる。
ダメ出し➡︎風がこちらを睨む、睨めている。風が壁のようだ。風が壁だ。

風が、「今」をかき混ぜる。
「文章」に動きをつける。

あまねく風が、ぼくの頭を掻きまわす。(シンプルすぎる。芸がない)
大気の乱れが、ぼくの脳みそを混乱させる

風は「すでに使用した」ので「大気」を使ってみる。
「大気」の乱れが、ぼくの脳みそを混乱させている。

まるで鬼が火かき棒で地獄の釜を混ぜるように。
火かき棒で地獄の釜を混ぜる鬼の姿が目に浮かぶ。(視点=ぼく=読者の視界をあやつる)

読者の眼前に「鬼の姿」を浮かび上がらせる術を。
「目に浮かぶ」

読者に「目に浮かばせておきながら」
こんどは
「見えない何か」を出す。

風は、ぼくからねこそぎ略奪していったのだ。
見えない何かがぼくの何かをねこそぎ略奪していった。(見えない何か=抽象=「風」で不吉な異化効果を増福させる)

ぼくの内部に蓄積していた少女という少女の記憶を、(意味の重複。くどい。シンプルに=主語の前は削る)
少女にまつわる記憶を、
ヤツがみな殺しにしていったのだ。(「みな殺し」の表現が平凡)「皆殺しにして行った」。
ヤツが丸ごと奪い取ったのだ。(丸ごと奪い取った=動きをつける)

まるで山賊が町女をあいさつがわりに組み敷くかのごとくかんたんに。(くさい。カット。)

ぼくの腹に、おぞましく不吉な怒りの火が、ポッとつく。黒いなにかが、静かに湧きあがる。

➡︎語彙が貧弱。じぶんのなかの語彙の引き出しをもっと探ってみる。

「おぞましく」=手垢に塗れたことばに見えてしまう。


◉次回の課題。


ことばを厳選する。
ことばを吟味する。
ことばをおろそかにしない。
ことばを雑にあつかわない。
ことばを安直につかわない。
そのへんに転がっている言葉を拾ってすぐに使わない。
知っていることばをすぐに出す。それは話し言葉だ。

文学的書き言葉とは
「じぶんの頭のなかで目見えた言葉からすぐに拾ってこない」
「じぶんの深層の底に降りて無意識に湧き出すことばを探る」

書き手になったら他人の文章(小説)は読むな!
いい文章には影響をうけてしまう。

書き手になったら自分の文章しか考えない。

不吉な炎が、ぼっと燃え上がる。なにかが、静かに湧きあがる。

あの風だけは許せない。ぼくは少女を忘れることなんてできないんだ。
ぼくは風を睨(にら)み、ゆっくりとうなずく。
ぼくは浜に浮かぶ重油の黒い膜に、ずぶり。足をふみいれた。

ぼくの静けさの中に黒い憎悪が湧き上がる。

★丸山健二流表現:強調のくりかえしは禁物だ。単調だ。くどい。

★丸山健二流表現:文章に動きを。

目から声に。
あらぶる声。
すでに「風」は使った。
「大気」を使ってみる。
荒ぶる声、
風が今を掻き混ぜる。

「僕、私」を多用しすぎだ。
小説において主人公は読者にわかりきっている。
「僕、私」の多用は禁物だ。

語彙が貧弱だ。じぶんの語彙の引き出しを探る。
頭に浮かんだ文字を安直にアウトプットしない。
頭でことばを咀嚼してから語彙をひねり出す。
「波」
荒ぶる波。
波は悲鳴をあげた。
押しては返す波。
踊り狂う波濤。
波は泡を吹き喘ぐ。
波は蟹を蹂躙する。
蟹は波に弄ばれた。
奴隷を打ち付ける鞭のような波。
波の壁。
壁が笑う。波だった。
波がコチラを睨める。

見えない何かがぼくの何かを根こそぎ奪う。

文章に動きをつける。
文章を意味で凝縮する。
一文を物語で封じ込める。

作家になろうと思うなら、本は読むな(影響されるな!)



丸山健二先生:改稿後

いや、消えてなどいなかった。
あれは、うばわれたぼくの記憶なのだ。
少女は、そこに、ぶるぶると立っていた……そのはずだ。
ぼくは絶対目撃した。
風にしてやられた。
ちがう。ぼくはいったいなにを言っている?
記憶から少女が消える前までのぼくは正常だった。
いや、それもちがう! 
なんてことだ!
ぼくは二本しかない腕で、たったひとつの頭をかかえ込む。
寄せ来る重油の波に圧倒されつつ、髪の毛を異臭に馴染ませるように掻きむしった。吐瀉が始まる。昨日食べた胃袋の中身がどっとまき散らされる。
荒ぶる声がカラスを怯えさせる。
海上に激しく渦巻く風が、今現在をかき混ぜる。
大気の乱れが、ぼくの脳みそを混乱させる。火かき棒で地獄の釜を混ぜる鬼の姿が目に浮かぶ。見えない何かがぼくの何かをねこそぎ略奪していった。
少女にまつわる記憶を、ヤツが丸ごと奪い取ったのだ。
不吉な炎が、ぼっと燃え上がる。なにかが、静かに湧きあがる。



ずぶり。油膜は弛んだ。
黒く燃える海に、足を踏み入れる。
何者かがぼくの背中を押す。
だれだ!
ふりむく。鴉は海を威嚇する。
鴉たちを、この浜を、怯えさせるキサマはだれだ! 
海を蹴りあげる。なぎ倒せど風は凍て、皮膚を引き裂く。
黒雲はさかまき、雷鳴の断末魔を上げる。

(ここまで書いて、これは自分の文章ではない。と気づく)


◉すべてが手垢に塗れた(誰でも書ける)文章に感じた。
◉文字を「難読字」に変換しているだけだ。
◉大澤は「じぶんのことばを咀嚼をする」ことが理解できていない。
◉大澤は「物語の語彙」を、主人公の「ぼく」(十五歳)の語彙のなかに収めようとしている。
◉筆者は物語を俯瞰して「ぼく」と一定の距離を取るべきなのか?
◉筆者が語彙(ことば)を客観的(あるいは自由自在に)に操って物語世界を構築するべきなのか?


初稿(スケッチ)


ずぶり。風に背を押され、ぼくは炎へ向けて突っ走る。
風を蹴って走る。横目に少女が映る。
「そこはだめ。いま行くべきじゃない」
横目に少女は手をメガホンにさせ、訴える。
「なんだって? 」
燃える風は少女を丸ごとのみこむ。
「ふりむかないで! 」
燃える風は水面一帯を蹂躙する。記憶は消える。
ぼっ。
嫌な音だった。
前をみる。風は炎と笑う。四本の腕を伸ばしてくる。
からだを
吐いた酸っぱい味がぼくを目覚めさせる。
あれは恐怖だ。怯える
蛇の舌のように。ひゅるひゅる。眼球に触れる。


第三稿


➡︎回想を挿入させる。
➡︎「何者か」=「恐怖」をパラグラフの最初に配置した。
➡︎「物語展開」のやり直し
➡︎「丸山塾で真文学描写」を習得する。だが、描写だけだとストーリーの推進力は弱まる。
➡︎「純文学表現」を要にしながら「物語の推進力とは何か?」を念頭に書いている。
➡︎「物語の推進力」を勉強したい。

■□

ずぶり。油膜は弛んだ。
黒く燃える海に、足を踏み入れる。
何者かがぼくの背中を押す。
だれだ!
ふりむく。鴉は海を威嚇する。
鴉たちを、この浜を、怯えさせるキサマはだれだ!
恐怖だった。

海を蹴りあげ、倒せど波は凍て、風は皮膚を引き裂いた。
黒雲はさかまき、雷鳴は断末魔をあげる。まるで狂った女の笑い声のように。
風に背を押され、ぼくは炎へ向けて突っ走る。
迫る風と四つを組み、殴り倒され、薙ぎ倒す。
立ち上がり、また走りだす。
横目に少女が映る。手をメガホンにさせ、訴える。
「そこはだめ。いま行くべきじゃない」
「なんだって? 」
燃える風は少女を背後から丸ごとのみこんだ。まるで蛙の卵を一息で飲んだ大蛇のように。
「ふりむかないで! 」
燃える少女はうやむやのなかに消えた。
数秒前までの記憶が削られていた。それでもからだの震えはおさまらない。脈動のなかで滾る血が沸騰している。
「てめえ! おれの女になにしやがる! 」
風は焔を纏い笑う。
ぼっ。
炎は風に風は炎になって四本の腕を伸ばしてくる。
吐いた酸っぱい味がこのおれを目覚めさせる。
あれは恐怖だ。怯える存在を蹂躙する恐怖だ。
恐怖は蛇の舌のように。
ひゅるひゅる。
笑い声をあげてぼくを嘲笑う。



第四稿(提出原稿)


ずぶり。油膜は弛んだ。
黒く燃える海に、足を踏み入れる。
何者かがぼくの背中を押す。
だれだ!
ふりむく。鴉は海を威嚇する。
ぼっ。海に火がつく。
あの火は恐怖に違いない。恐怖で怯える存在を蹂躙(じゅうりん)する己自身だ。
海を蹴りあげ、倒せど波は凍て、風は皮膚を引き裂く。
いつしか黒雲は総毛立ちさかまき、雷鳴は産声じみた断末魔をあげる。
涼風に背を押される。広がった焱はケケケと嗤う。まるで狂った狐憑きのように。腹を抱えて恐怖の上を転げまわる。立ち上がれど鎌鼬(かまいたち)に切り倒される。四つに組んだ旋毛風に放り投げられ、体躯は宙に舞った。海面に、虚無を放つ太陽の光が反射するのが見える。あの弓なりは現実に絶望する己のシルエットだ。ばしゃっ。暴風は獰猛(どうもう)な雄叫びをあげて海上を恫喝し、驚いた水面に腰を強かに打つ。それでもぼくは立ち上がる。慄き笑う足に、激を飛ばす。急駛(きゅうし)する。
横目に少女が映る。掌をメガホンにさせて、冀求(ききゅう)する。
「そこはだめ。いまは行くべきじゃない」
「なんだって? 」
「ふりむかないで! 」
瑞風が背後から忍び寄ってきて少女をのみこんだ。少女は瑞風にうっとりと憑かれ、触ると灰になって崩れた。
ざざっ。
目の前に晴れた海が広がる。
ぼくはなにを見ていた?
躯のなかで《何か》が叫んでいる。滾(たぎ)る脈動。血が沸騰している。
水平線を見据える。
いた。ヤツだ。風だ。
「てめえ! おれの女になにしやがったァ! 」
風は凪ぎ、緋色の舌をぺろりと出して嗤う。焔はまた絶望に火を燈(とも)す。
焱は旋風に、暴風は業火となって四本の腕を伸ばしてくる。
吐いた酸っぱい味がなにかを目覚めさせる。
ひゅるひゅる。
焔の中から、ぼくは笑い声をあげる。
風の中から、己に刃向かう弱いじぶんを嘲笑った。

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