見出し画像

ちいさいおみせ① 青子さんと猫

森のいりぐちからすこし入ったところに、
ちいさいお店がありました。

一本の常緑樹がお店の横にあるのと、
赤い屋根がめじるしです。

手づくりの楕円の看板が
ドアノブにかけられ
『もりのれすとらん』
と書かれています。

お店をやっているのは、青子さんという女の人。
あるひとたちは彼女のことを
まだ結婚前のうら若き乙女だと思っているし、
またほかのひとたちは
子育てのひと段落したおかあさんだと思っています。
なかには、おばあちゃんだと思っている人もいます。

森の近くに住んでいるひとたちは、
このおみせが、いつからあったのか、いつのまにできたのか、
わかりません。
通りかかって、こんど行ってみようと思ってさがしても
見つからなかったり、
たてものごと消えてしまうこともあれば、
ほどよい具合にお客さんがはいって
こおばしい香りと心地よい音楽がながれて
森をかがやかせることもありました。


そんな不思議なおみせができたのは、
じつは森の精霊たちとお月さまのおかげでした。

青子さんはとてもやさしくて素直な心をもっていましたが、
お金がなく、丈夫な体もなく、働き先もなく、
自分ひとり生活するのがやっとな暮らしをしていました。

しかし青子さんのやさしさといえばたとえようがないほどで、
青子さんのおうちでは
椅子もベッドも柱も屋根もみんな幸せでした。
おうちのまわりの花や草や木々も本当にしあわせでしたし、
そこを通る風も光も、
動物たちも、
とてもしあわせなきもちに包まれるのでした。
心が傷ついたひとは深く癒され、
怪我をした動物たちも、治ってしまいました。

森のみんなが、青子さんを慕っていました。
「青子さんにも、もっと幸せになってもらいたい」
そう願った森の精霊たちは、
ある新月の夜、みんなでお月さまに祈りを捧げました。
そしてつぎの月が満ちた晩、
お月さまから遣いの者がやってきました。
こがね色の猫でした。

猫は青子さんのおうちのドアのまえで
にゃあと鳴きました。
青子さんには「ごめんください」と聞こえました。
そして大切なお客様を迎えるようにして
おうちのなかに猫を招きいれました。

猫はにゃあにゃあと言いましたが、
その言葉は青子さんにはよく伝わりました。

「わたくしは、お月さまのつかいのものです。
この森の精霊たちの祈りを聴いたお月さまが、
あなたの願いごとをひとつ、かなえてさしあげるようにと、
わたくしに魔法をさずけてくださいました」
猫は澄みきった夜空のような瞳で、青子さんに言いました。
「ですから、あなたのねがいごとをひとつ
わたくしにたくしてください」

「まあ……なんてすてきなお話なのでしょう。
ありがたいわ。一度だけの魔法なのね。
そうね、ミルクをいれるあいだだけ、考えさせてくださいな」
青子さんはちいさなお鍋でほんのすこしミルクをあたため、
それを土色の器にうつすと
「どうぞ」と猫にさし出して、また椅子に座りました。

猫がミルクをのみ終えると、
青子さんは瞳を輝かせていました。
「わたしのねがいごとは、やっぱりたったひとつだわ!」

「お花に囲まれたお店をもってみたかったの。
材料のある日だけでいいから、おいしいごはんと
あったかいスープを用意して、
食べてくれたひとがいいきもちになれる、
そんなお店をつくってみたいんです」

「それは、とてもすてきな願いごとですね」
猫もしあわせなきもちになりました。
「朝、目がさめたら、きっとなにかのお花が咲いていることでしょう」

猫は青子さんに「おやすみ」をつげると、
お月さまにかえってゆきました。













よろしければサポートお願いします。 いただいたサポートは、ひらめき探しに使わせていただきます。