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あと、半年。(5)

 12月。

 緩和治療のおかげもあって、彼女はあれから思いのほか元気に過ごしていた。体調が良い日には外出もできた。俺は毎晩彼女に会いに行き、日中も時間を見つけては彼女のところへ通った。休みの日は泊まり込み、朝から晩まで一日中一緒に過ごした。なにより、彼女といられる時間を1秒も逃したくなかった。


 「今日天気いいなー」
 「うん、気持ちい〜…」
 病院近くの川沿いの遊歩道を歩く。つんと冷たく乾いた寒空に、冬の黄色い日差しが暖かい。小春日和、と小学校の先生が言ってたっけ。

 「寒くない?」
 「うん、大丈夫」
 彼女はもこもこの上着に首を埋め、笑ってみせてきた。

 「今日も写真撮ろ?」
 「よし、撮ろ撮ろ」
 上着のポケットからスマホを取り出す。顔を寄せ合って、太陽を背に写真を撮る。

 「逆光じゃない?」
 「ほら、こうしたら」
 俺は自分の頭で太陽を隠してみせた。画面に映る2人の顔が、すっと明るくなる。

 「あ、いい写真〜…これほしい!」
 「はは、分かった」

 写真で見ても、彼女は随分痩せてしまった。それでも彼女は美しく、可愛いかった。まるで、群れから逸れ、たった一本でも健気に咲き続ける白いユリのように見えた。

 「ね、今度は順光で撮ろうよ」
 「おうおう」
 「ちょっと、ちかいー!」
 彼女はカメラから顔を背けて俺の手を引き剥がす。
 「いいじゃん、かわいいよ?」
 「やーだー!」

 俺たちはじゃれ合っている間にも、しばしば通行人とすれ違った。自転車に乗った学生、犬の散歩をする老人、足早な大人。皆、興味がなさそうによろよろと避けていったり、懐かしむように微笑んだり、鬱陶しそうに振り返ったり。表情はさまざまだった。
 きっとこれまでなら、そんな目を気にして俺たちは大人しく並んで歩いていただろう。だけど今は、誰も目に入らなかった。気にも留めなかった。きっと側から見れば、付き合いたてのまだ青いカップルにしか見えなかったただろう。


 俺たちは河原に降りて、少し休むことにした。枯れた草を均してそこに座る。半透明な川が、すぐそこでゆっくりと流れる。

 「晩御飯何かなー…?」
 彼女がふにゃりと言う。
 「病院のご飯、なんか好きなのある?」
 「ん〜あれなんだろ…カレイの煮付け?」
 彼女は髪をさらりと動かしてこっちを向いた。
 「え!それ俺も好きだった!小学生の頃入院してた時にはもうハマっててさ」
 「あはは、そんなちっちゃいのに?渋〜い」
 「俺以外と病院メシ好きなんだよな〜…」
 「なんで!?」
 彼女は両手を口に当ててケラケラと笑った。
 「ちょ、いや、そんな笑うとこ?」

 俺たちはそんなふうに、別段深い話をするでもなく、普段通りの話ばかりをして過ごした。



 「…そろそろ帰ろっか…?」
 俺は彼女の方を見て言った。随分長い間話をしていた。傾き始めて彩度を増した陽に、彼女のシルエットが映し出される。
 「…うん」
 彼女の影がこちらを向き、一瞬間を置いて小さく縦に揺れた。


 俺は立ち上がって、彼女の細い手をとって立たせた。背中についた枯れ草を払ってやる。

 彼女の手は、まだ生まれたばかりの赤子の手のように、優しく温かかった。



 あと、1ヶ月。

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