0316_私のホクロ
私のホクロが消えた。
私の左肩にはホクロがあった。きれいで霞むところのない真ん丸の黒。私の自慢のホクロ。だが、露出の多い服装を好まないので、私のホクロは日の目を見ない。余程近しい人しか、その存在を知らない。
つまり、近しい人は、それを知る。
その、ホクロが消えた。
右の肩を探してみてもいない。もう一度左の肩に戻ってもやっぱりいないのだった。思い出すようにして、肩の、その部分を人差し指で触れて、小さな膨らみを感じてみるも、感触なく、余計に悲しくなった。
「最近は見てないからなぁ」
「あれ、左だったっけ?右じゃなくて?」
「先週の木曜日にはあったはずだよ。僕は見た」
「一昨日触れたときには、確かぷっくりとしていた気がするなぁ」
以上が近しい一部の証言である。一昨日まではあったらしい。おそらく多分。
私は、どうだったかなぁ。身近にありすぎて、今日はそれがあったか、明日もそれがあるのか、気にしたことがなかった。そもそも、体の一部、肌の一部がある日気づくとなくなるものだとは思ってもみなかった。そして、ないと分かると寂しいものだと言うこともはじめて知った。
「私のホクロ」
そっと呟いてみるが、ホクロの彼、もしくは彼女は出てきてくれない。私は服を全て脱ぎ捨てた。裸になり、風呂場に備え付けてある全身鏡に写してみた。
ホクロより何より、私は随分と年をとったものだなぁと愕然とした。なんと言うか、全体的に下がりつつあるのだ。毎朝の洗顔時に顔のその感じについては薄々は分かっていたけれども、体もそうなっていたとは思わなんだ。少々ショックである。
仕方がないと思いつつ、垂れかけている肉に触れながら、全身を確認していく。私のホクロはどこにある。
肌や肉に触れながら、私は、自分のからだを全身、これほどじっくりと見たのはいつ以来だろうと思う。左肩の一つさえまともに見ていなかったのだ。私は今の自分をよく知らないのではないかと急な不安が込み上げた。妙なところにある青あざ、どこでつけたのが、うっすら血のにじんでいるかすり傷。治りかけの黄色い傷跡もある。小さな点のようなホクロも随分と増えたようだ。こんなの、いつからあったのだろう。
私は、やっぱり私のことを知らなすぎる。
「あ」
左の肩の真下、つまり脇の中心辺りにきれいな丸いホクロがあった。こんなところになかったはずだ。
移動したのか、新しいホクロなのか。
もうどちらでも良いと思えた。私は全身を丁寧に触れ、ホクロを確認する。他の誰でもなく、私はちゃんと私を知ってやる。
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